聖なる銀①
「それじゃあ教えてくれるかしら? どうやって私の正体を見破ったの?」
アイゼリカの雰囲気が一変していた。表情や物腰こそ変わらないものの、とてもアイゼリカと同一人物だとは思えない。目の前の人物は、《白銀の影》の〈聖銀〉となっていた。
親しい人物の豹変に、ディードはぎりりと歯を鳴らした。心臓が張り裂けそうな激痛を訴えてくる。この激痛が怒りと憎悪なのか、喪失感と感傷なのか、ディードには区別できない。
「まず俺が疑いを持ったのは銀炎の足止めだ。おそらく予定時間の繰り上げが誤算になり、聖銀に余裕がなくなったんだ。だとしたら俺にも何らかの時間稼ぎをしてくると考えた。
そこに現れたのがアイゼリカさん、あんただ。案の定、あんたは俺を周囲の警戒に誘導して厄介払いしようとした」
「一番の腕利きを警戒に当たらせるのはありえる戦術よ」
「確かに。だけど疑いを持ってかかると、休日に呼び出されたってのも不自然に聞こえた。本当にアイゼリカさんが聖銀なのだとしたら、襲撃があっても自分が殺されない日、つまり休日だった今日を選ぶのも理に適っている。
決定的だったのは、『《白銀の影》に狙われてる』って台詞だ」
「そうかしら? 私は特に不自然さを感じないけど?」
「実は俺、道中に携帯を壊されましてね。襲撃の連絡を入れてないんですよ」
「……これはとんだ落とし穴だわ」
アイゼリカは呆れの微笑を零した。くすくすと笑うその様は、ディードのよく知るアイゼリカと何も変わらない。
目の前の人物がアイゼリカなのだと再確認してしまい、胸の痛みが激しくなる。
「でも、ディード君はあまり頭がよくないわ。お仲間の前で暴露すればよかったのに」
「だからですよ。大勢の前で問い詰めればアイゼリカさんは絶対にはぐらかす。だけど俺一人なら殺せば口封じができる。隠しごとをする必要がなくなるんだ」
「あら? 何も殺すだけが口封じじゃないわよ?」
アイゼリカはふふと、意味ありげに含み笑った。
「見逃してくれない?」
「それは……できない」
「返答に間があったということは、少なくとも考えた、迷ったってことよね? つまりディード君だって、被害者は殺されて当然だと思っている」
「勝手に俺の内心を分析しないでくれ!」
ディードは怒声で会話を拒否した。鋭い視線でアイゼリカを睨みつける。
「全ての復讐が終わったら、私たちは自首する。それじゃ駄目かしら?」
ここがアイゼリカに出せる最大の譲歩だ。この一線をこえてしまえば、そこから先に対話の余地はなくなってしまう。
「駄目だね」
それでもディードは首を縦に振らなかった。全身を強張らせて拒否をしめす。まるで子供が精一杯の威嚇をしているような、恐ろしさゆえの拒絶だった。
「俺は八年前に決めたんだ。この手で兵錬武犯罪者を殺しつくしてやるってな。
それにアイゼリカさんたちだって、先に自首するって選択肢はないんだろ?」
「言われなくても。法的な手段で制裁できるなら、私たちは殺人に手を染めていない」
「だったらもう、殺し合うしかないじゃないか」
ディードは泣き笑いのように表情を歪めていた。両目に宿るのは熱のない殺意、存在するだけで否応なしに犠牲者を求める、危険薬品のような色の視線だった。
「使えよ。抵抗もしない相手を殺すのは気が引ける」
「特に知り合いは?」
ディードの内面を抉りつつ、アイゼリカは挑発的にスカートをたくし上げる。白い太腿に固定した鞘から、剃刀のように薄い刃の短剣が抜き放たれる。〈聖銀〉の異名に違わぬ、銀一色の美麗な短剣だ。
「これが私の兵錬武、聖銀の兵錬武《シャルピニオ》よ。変身」
シャルピニオが起動し、アイゼリカが白い光に包まれる。
網膜を貫く光の乱舞を、しかしディードは怪訝な表情で直視していた。銀炎のときと同様、強烈な違和感がある。
光が収まり、姿を現したのは、女騎士を髣髴とさせる兵錬武だ。全身甲冑に、腰から伸びたスカートの意匠、しなやかな四肢、膨らんだ胸元、兜に収まる聖女像のような顔。
女騎士が手にしている剣は、美術的な造形の短剣から、実戦的な形状の長剣に変化していた。その長剣の先から銀色の水流が迸る。
アイゼリカが剣を振り下ろし、剣に繫がれた銀血が鞭となって飛翔。ディードは横手に跳んで回避し、直後蹴り脚に激痛。しなやかな鞭だったはずの銀血が鋭角に方向転換し、鋭い錐となってディードの右足甲を貫通していたのだ。
「私の兵錬武シャルピニオは、銀血を操る」
ディードは歯軋りとともに銀の凶器を切断、銀粒子と刃の摩擦で火花が散る。銀血を押し退けて大量出血が始まり、傷口から激痛と体温が溢れ出る。
銀血が無数の錐となって降り注ぎ、ディードは床上を駆け回って回避し、大斧の側面で受け止めて防御。態勢を立て直すべく大型コンテナの陰に飛びこみ、体勢を崩して膝をつく。
大型コンテナが銀血に串刺しにされ、ディードの脇腹が切り裂かれていた。逃げるディードを追って、乱舞する銀血の刃が大型コンテナをナマスのように切り刻んでいく。
全ての攻撃を完璧には避けきれず、ディードは体の各部から鮮血を滴らせていた。
シャルピニオの能力は厄介だ。銀血を操るということは、つまり他人の体内を巡る銀血すら操れる可能性を示唆していた。アイゼリカはたったの一言でディードの変身を牽制したのだ。
アイゼリカの戦闘力は、免許持ち級の銀炎にはほど遠い。しかしそれを補って余りある兵錬武の天敵性を有していた。
「私たちの行いはかつての《シュバリエ》と同じ、正義の代行よ。ディード君に私たちを止める正当性はあるの?」
「勝手に《シュバリエ》を代弁するなよ」
喉元目がけて飛びかかってきた銀血を鉄鎚で打ち払い、ディードは苛立ちを口にした。
「《シュバリエ》は法律じゃ止められない連中を止めるために、必要悪として存在していたんだ。だからACC法の制定に伴って姿を消した」
銀の鞭が枝分かれして八頭の蛇となり、銀色の上顎となって八方からディードに襲いかかった。八本の牙が床を破砕し、濛々とした粉塵が巻き上がる。
その粉塵から飛び出すディード。ディードの体にまとわりついた粉塵の白が赤で洗い流されていく。ディードの首元から腹部にかけて二筋の裂傷が走っていた。
「だけどあんたらは《血の王庭》事件の真相を暴こうともせずに、私怨で復讐に走っている。そんなものは必要悪ですらない、ただの悪だ」
「言ってくれるじゃない」
ディードを追って粉塵を突き破る三匹の銀蛇、遅れて二匹。
ディードは追いすがる三匹を鉄鎚で叩き潰し、遅れ気味の二匹を大鎌で刈り取る。
ディードの足場が爆発。三匹の銀蛇が地中を潜行し、ディードの足元から噴出したのだ。
逸早く察知していたディードは後方跳躍で回避。跳躍の終点、壁を足場に再度の跳躍。前転しつつペルテキアを振り抜き、下方からの三匹をまとめて叩き切る。
切断しても切断しても、その断面から新たな銀蛇の頭部が顔を出してくる。二人の周囲は駆逐された銀蛇の残骸によって銀色の血の池となっていた。
ディードはその銀血の血溜まりを凝視する。
(やはり、剣から切り離された銀血は操作できないか)
ディードの口の端に邪悪な笑みが貼りつけられる。要は体内の銀血に接触されなければ、負傷しなければいいだけなのだ。
滞空時間を終え、ディードは着地と同時に疾走。一目散にアイゼリカへ接近する。
「はぁあっ!」
必殺の気迫を察知し、アイゼリカは気勢とともに刺突を放った。銀の刃が無数に枝分かれし、剣山となってディードの全身に殺到、貫通。
ディードを磔刑に処したかと思われた剣山は、しかし虚空を貫いていた。剣山を背面跳びの要領で回避していたディードがアイゼリカと交錯、勢い余って大幅に飛びこえる。
ディードが着地するのと、アイゼリカの肩口から銀血が噴き出したのは同時だった。
「嘘? 私が傷を負わされた? あの手数で?」
「一つ、アイゼリカさんたちの勘違いを訂正しておこう」
アイゼリカに振り向いたディードは、口の端を吊り上げて邪悪な笑みを浮かべていた。




