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白銀の影の影④

 捜査は何の進展も見せぬまま、瞬く間に数日が経過した。

 何度か軍との協議、例の親友や名探偵からの情報提供を待ったが、事件解決への糸口は見つからない。それどころか捜査を嘲笑うように聖銀の犯行は続けられた。

《厄介者の群》と《白百合》社の監視は相変わらず続いている。それでもヒーデュローと《白百合》の二番手が牽制しているお陰で、直接的な妨害には発展していない。

 膠着が続く真っ只中、ディードとシェラはザッカーマンの護衛に向かっていた。

「しかし、なんだって午後からの予定を急に繰り上げやがったんだ?」

「おそらく情報漏れを考慮したのだろうが……」

 愚痴のように呟くディードに、シェラも釈然としない調子で答える。

「どうにも腑に落ちないから、酔っ払った冷血眼鏡が全裸で電柱に説教してる写真を旦那に送りつけてやるか」

 取り出されたディードの携帯が木っ端微塵に炸裂した。開け放たれた窓から、封の開いていない缶珈琲が車外へと飛び立っていく。

「もう送信済みだが?」

 しれっと言ってくるディードに、シェラは極寒の視線で応えてやる。

「妙、だな」「確かに」

 二人は異変に気付いた。ディードは電動車を運転しつつ、鏡ごしに背後を窺う。

 先ほどから後方に漆黒の単車が見えていた。跨る人物はボディスーツで首元から爪先までを覆い、頭部はヘルメットで完全に露出をなくしている。身長は高く、腕や脚周りは筋肉で膨れ上がっていた。布地を押し上げる胸部は、乳房なのか胸筋なのか判別できない。

 電動車が速度を上げれば、単車も離されないように速度を上げる。電動車が速度を落とせば、単車も追い抜かぬようにと速度を落とす。

「ACCの監視か?」

 尋ねるディードに、シェラは「いや」と答えた。

 単車が速度を上げた。単車の人物は拳銃を取り出し、電動車の車輪に連続発砲。

「例の脅迫者だ!」

「何でザッカーマンを狙っている連中が俺らを襲うんだよっ!」

 叫びつつ、ディードは電動車を操縦して銃弾を回避する。電動車が左右に身を振るたび、アスファルトが銃弾に穿たれ、ディードは遠心力に振り回される。

「……これは不味いな。追跡に留まっている場合には、ザッカーマンの居所が分からないので我々を尾行しているとも考えられた。だが、案内役である我らを排除しにきたということは」

「ザッカーマンの居所を知っていて、俺たちを合流させないための足止めか!」

「変身」

 拳銃を撃ちつくした追跡者は、左腕に装着された銀色の手甲に視線を向ける。手甲の肘裏に配置された非環珠が網膜を照合して変身。全身が白い光に包まれ、銀一色となった追跡者が姿を現す。まるで近未来物語に出てくるような、機械人間じみた容姿には見覚えがあった。

「追跡者が銀炎だと? 《白銀の影》は関係なかったはずだろ!」

「くそっ、想定外もいいところだ!」

 シェラは忸怩たる呻きを発した。

 しかしディードはそれを上回る疑問を覚え、眉根を寄せていた。今はそれどころではない。疑問を棚に上げ、思考を切り替える。

「それでどうする? 銀炎が俺たちの足止めに現れたってことは、ザッカーマンを殺しに聖銀が向かっているはずだ」

「貴様は先行してザッカーマンを護衛しろ!」

 答えは隣の助手席ではなく後方、単車の上から聞こえてきた。

「ここは私が食い止める!」

 シェラと単車は開け放たれた後部扉から車外に飛び出した。競技用車のような流線型の単車は、着地と同時に方向転換、銀炎目がけて速度を上げる。

 追跡する銀炎と、逆走するシェラが接近。前回の経験から、シェラには出し惜しみするつもりなど最初から存在しない。単車に視線を合わせ、「変身」と短く発する。

 シェラの下半身と単車が一体化し、上半身が流線型に変化。自由になった両腕でゼドノギラスを構える。

 火薬庫の兵錬武《ゼフィラーダ・モデル(シルバー)》が、ソニス市を駆けていく。



 ディードは電動車の消音装置を作動させ、ザッカーマンの隠れ家へと近付いていく。少し考えて、電動車を停止。電動車を降り、用心しつつ碁盤の目のような路地を歩いていく。

 ザッカーマンの隠れ家が位置しているのは、人の出入りも夥しい倉庫街だ。今は使われていない倉庫を改修して、人間が身を隠すための住居としていた。

「業者を装えば自然に出入りできるわけか。警備部、並のACCより優秀じゃねえか」

 しかしこれほど有能な警備部を持ちながら、どうしてザッカーマンは外部に醜聞を曝してまで戦力を調達したのだろうか?

(ザッカーマンは《ゾルキス》社の開発局局長だ。その《ゾルキス》社は軍式兵錬武開発企業の一角で、《厄介者の群》がクラーブと組んだ情報を手に入れるのも可能。

《白銀の影》に脅迫されたから、真製兵錬武を頼ったってことか……?)

 しかしそれとはまた別の違和感がある。どうにも違和感の正体が摑めない。

「ディード君!」

 物思いに耽るディードの前に、突如としてアイゼリカが姿を現した。ディードは考えを一旦保留、疑問顔を浮かべる。

「どうしてアイゼリカさんが? 今日は休暇のはずじゃ?」

「会談の準備に手抜かりがあって、急に呼び出されたのよ。

 それよりも、《白銀の影》に狙われているのだとしたら、ここも知られている可能性が高いわ。私は撤収の手伝いをするから、ディード君は周辺を見回ってくれる?」

 ディードに指示を飛ばし、自身は隠れ家に戻ろうとするアイゼリカ。ディードはその腕を摑み、「ちょっと待って下さい」とアイゼリカを強引に引き止める。

「今、人影が見えた気が……」

 ディードの視線は遠く、一際巨大な廃倉庫の窓に向けられていた。アイゼリカは怪訝に眉を歪めて、ディードの視線を追いかける。

「気のせいじゃないかしら? それに、関係のない人かも……」

「万が一、ってこともあります。アイゼリカさんもきて下さい。もしも相手が聖銀だったら、ザッカーマンの近くにいないほうが安全ですから」

 ディードはアイゼリカの手を強く握った。決してアイゼリカを放してしまわぬよう、ともすれば握り殺してしまいそうなまでの力を籠める。

 ディードは足取りも慎重に、ゆっくりと倉庫に近付いていく。ときどき大きく息を吐いては、早鐘になった鼓動を落ち着かせる。

 二人が到達した倉庫は、巨大な抜け殻となっていた。外壁と天井しか存在しない伽藍に、巨大なコンテナがまばらに放置されている。

「ディード君、人影が見えたなんて嘘なんでしょ?」

「実は、アイゼリカさんと二人きりになりたかったんですよ」

 そう言ったディードの瞳は、いまだかつて見せたことのない翳りを宿していた。獲物を定めた殺人鬼のように黒い感情を燃やしている。

 アイゼリカは無性な不安を覚えて、ディードの手を振り払った。ディードは抵抗せず、アイゼリカが離れるのに任せる。

「そ、それで……私に何の用があるの?」

 怖い。何故だか分からないが無性にディードが怖い。体の芯からくる震えが止まらない。

 ディードは深呼吸。小細工はしない。最初から核心を尋ねる。

「アイゼリカさんが〈聖銀〉ですね」

「ええ、その通りよ」

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