白銀の影の影②
「今回は災難だったな」
「いえ、シェラならワタシを信じてくれると、そう信じていましたから」
取調べから解放されたロナは、緊張の反動から脱力していた。三人は休憩室に移動して、息抜きのひとときをすごす。
シェラは無表情を柔和な笑みに変えていた。シェラの笑みに誘われて、ロナもはにかむように笑みを浮かべる。ロナの強張りは目に見えてほぐされていた。
「シェラはシェラですわね。『田舎者』と苛められていたワタシを助けてくれた、あのときのままです」
「また古い話を……」
「何だかんだ言って、冷血眼鏡は世話焼きだからな」
そこに自販機からの飲み物を携えたディードが姿を現した。ディードは両手の紙杯をロナに差し出し、ロナが無糖珈琲を受け取ったことに驚きを浮かべる。
「ロナさんって、珈琲に砂糖と牛乳を大量投入する人だと思ってた」
「人参もピーマンも大好物ですよ?」
「……人は見かけによらないな……」
ディードは砂糖と牛乳の大量投入された珈琲を一啜り。甘すぎて脳が爛れそうだ。
ディードは自分を見てくるシェラに気付いた。じぃ、と見つめるその視線は、『私の飲み物は?』と語っていた。ディードは顎で自販機をしめしてやる。
ディードは先ほどの会話を思い出していた。同じ《大戦》の被災者同士とはいえ、ディードと二人の間には温度差があった。
片や生家と両親を失ったとはいえ、姉や友人は生き残った者。片や記憶を含めた全てを失った者、見知らぬ土地で天涯孤独となった者。シェラとロナの苦労は、それでも恵まれていたディードなんかには推し量ることができない。
「二人は……兵錬武を憎んでいるのか?」
唐突なディードの問いに、シェラとロナは怪訝さを見せながらもそれぞれに頷く。
二人が兵錬武を憎んでいないわけがない。兵錬武を憎んでいるからこそ、ACCや科捜研という兵錬武に関わる仕事を選んだはずだ。
「だけど一方的に憎むだけじゃなく、犯人たちへの理解も忘れない。罪を憎んで人を憎まず、か。俺なんかとは違って、ロナさんは凄い人だな」
ディードはしみじみとロナに尊敬をしめした。シェラの「私も尊敬せんか」という催促には、断固として口を閉ざしておく。
ロナは清廉な人物だ。だからこそロナを陥れた《白銀の影》に憤りを覚える。
「実は今回の件で、一つ気になっていることがあります」
唐突なロナの発言に、ディードとシェラの視線が注がれる。
「人的被害がなかったのは偶然だったのでしょうか? ワイゼルさんの話ではワタシ、あ、偽者のワタシは、積極的に職員を追い出そうとしていたそうなのです」
「……それは、あまり歓迎したくない仮説だな」
ディードもシェラも複雑な顔をした。ロナが言う通りなのだとすれば、《白銀の影》は無関係な犠牲者を望まない高潔な精神の持ち主だということになる。
《白銀の影》は、いや、全ての犯罪者は邪悪な集団でなければならない。でなければ命を奪うことに躊躇いを覚え、躊躇いが取り返しのつかない事態を招いてしまうかもしれないのだ。
ディードは虚空を凝視していた。シェラは疑問の視線を向ける。
「どうした凶暴眼鏡、ついに空想で猟奇殺人を始めるようになったのか?」
「ん? いや、俺たちが命をかけて《白銀の影》を止める必要はあるのか、ってね」
「それは、犠牲者を見捨てる、ということですか?」
ロナは信じられないといった面持ちだ。
「エルレイド革命は世界で最初に兵錬武を使用した大規模事件だった。国を変えるような大事件は常に二面性を併せ持っている。あれの善悪は、俺なんかが決めちゃいけないことだ」
ディードは虚空を見つめて過去を回想していた。実際、革命という転機を挟んだことで閉塞感が打開され、その後の急速な復興に結びついたのだ。王族と貴族たちの命と、その他大多数国民の生活を引き換えにして、果たしてどちらが正しかったのだろうか?
「だけど《血の王庭》事件に関してだけ言えば、あれはただの虐殺だ。例え連中が政府の要人だからって、無視していいはずがない」
「だが、権力者の罪を暴くのは難しいぞ」
「だからだよ。連中が罰せられないのなら、俺は《白銀の影》こそが、唯一連中を罰することのできる存在だと考えている」
「仕事を失敗するACCは信用されない」
「正論だな。だが業務的だよ」
淡々と言葉を続ける二人は平行線となっていた。ディードは罪の落としどころを、シェラは職務の責任を、それぞれの主張を曲げようとはしない。
「被害者に非があるとしても、彼らにも家族や大切な人がいたはずです。どんな理由があれ、《白銀の影》の行為は肯定されるべきではありません」
ただ一人、ロナだけが遺族の観点に立って憤慨をしめした。二人はロナの考えなど意に介さない。それでもシェラは、親友に肩入れするように言葉を続ける。
「凶暴眼鏡、被害者のこともあって、貴様は《白銀の影》に肩入れしている気がする。貴様は《白銀の影》を殺せるのか?」
「俺は被害者も罰せられるべきだと言っているだけで、《白銀の影》が許されるべきだと言っているわけじゃない」
ディードは断言した。断言してから、少し迷って、念を押すように再び頷く。
「俺が《白銀の影》に共感しているのは否定できない。だけど連中が兵錬武を使って復讐を成し遂げようとしている時点で、俺と連中は敵対するしかない。
単純な二極対立っつうより、それぞれが敵対している三つ巴ってところだな」
「貴様の周りには敵しかいないのか?」
「世界は敵味方や善悪だけじゃ割りきれない、ってことだろ」
シェラの嫌味に、ディードは溜息混じりの結論を返した。
ディードの考えを突き詰めると、肉親や恋人、親友や仲間とすら敵対しなければならない場合があると言っているに等しいのだ。
「それは、とても悲しい世界です」
「しかしそれが、我々の生きている世界だ」
ロナは痛ましい表情で、シェラは凍えた感情で、それぞれの心情を発する。
ただ一人ディードだけが、懐中に短刀を忍ばせているような、覚悟の顔付きだった。




