大空の時代②
ザッカーマンは口の端を吊り上げる。研究者の笑みだった。
「兵錬武を憎悪するということは、兵錬武や《始まりの十一人》、《新生の轍》に興味があるという意味だ。君たちは《始まりの十一人》について、どの程度知っている?」
「どの程度、だと?」
「我々が製造している量産型兵錬武と真製兵錬武には、性能面で埋めがたい開きがある。しかしその二者以上に、《始まりの十一人》が使っていた兵錬武は桁外れの性能を有していた」
ザッカーマンに言われて、ディードとシェラは《始まりの十一人》について考える。〈ツェゲテヘラ2〉に〈ソニス4〉、〈ゼフォランテ6〉に〈サバノーヴァ10〉と、確かに途方もない戦闘力の持ち主だらけだ。
「《始まりの十一人》が使用していた兵錬武は、真製と比べても異常な高性能だ。しかし三者が使っている非環珠は、根本的には全く同一の理論に基づいていると考えられている。
つまり我々は、《始まりの十一人》級の性能を実現させうるはずの非環珠を、十全に機能させる段階にすら到達していないのだ」
ザッカーマンが語ったのは恐ろしい仮説だった。ディードとシェラは冷や汗を流す。
「その仮説を突き詰めると、つまり全ての兵錬武は最初から《始まりの十一人》級の戦闘力を潜在させている、ってことになるのか?」
「ならば凶暴眼鏡の言うように、兵錬武の研究など進展しないほうがいい」
補給を必要とせず、半永久的にエネルギーを生み出す非環珠の登場によって、世界のエネルギー問題は一気に解決の兆しを見せていた。
非環珠は兵錬武そのもの以上に日常生活と密接に関わっている。都市の電力を賄う非環珠発電所しかり、大型船舶や電磁列車の動力部しかり。
世界中に溢れ返るそれら一つ一つに、大陸を焼け野原にする性能が秘められているなど想像すらしたくない。世界中に《始まりの十一人》級の兵錬武が大量出現し、そいつらが暴れ始めるなど、この星が滅びを迎える光景に他ならなかった。
「非環珠が無尽蔵にエネルギーを生み出すとしても、兵錬武の構成物質を一から創造するのは不可能だ。兵錬武は自身の構成物質を消費して兵錬武体を構築しているが、それと同時に足りない分量の各種物質を量子分解して保有している。でなければ〈ゼフォランテ6〉のような超巨大兵錬武は、未起動状態でも同じく超巨大であるはずだからだ」
「なるほどね。変身の解除によって衣類や手足が復元されるのも、銃弾などの消耗品が必要なのも、実際には変身の前後で総合的な質量の変化は起こっていないから、ってことか」
ディードとシェラは長年の謎が解けたという風に、それぞれの仕草で頷いた。
「彼我には圧倒的な技術力の差があり、我々には量子化した物質の大量保存は難しい。
ほぼ全ての兵錬武が等身大で、巨大な個体でも三m級、最大でも五m級までしか存在しないのはそのためだ。技術力と量産性の妥協点が等身大なのだ」
三者の違いに、ディードは改めて内臓が冷たくなるのを実感した。複製兵錬武と真製兵錬武の違いは木刀と真剣の差だが、《十一人》の兵錬武は刀の形をした未知の兵器だと言われているようなものだった。
「お話し中のところすみません」
会話を遮るように扉が叩かれたのはそのときだ。扉が開かれ、警備部の責任者を務める中年男性が姿を現す。責任者は緊張気味に表情を引き締めていた。
「不審者を捕らえました」
責任者の報告に、アイゼリカとザッカーマンは驚愕を浮かべて硬直した。まさかこの世界一安全な個室が危険に晒されていたなど、思いも寄らなかったからだ。
一方、シェラは淡々とした調子でディードの肩を叩いた。
「密航者、という事件は起きたな」
「うるせいやい」
ディードは不貞腐れ気味に吐き捨てた。
「不審者の確認をなされますか?」
「……そうだな。幸いここには免許持ちもいる。連れてこい」
威勢のよい敬礼を発して、責任者が扉の外に姿を消す。しばらくして数人分の足音が近付いてきた。
扉が開けられ、一同の前に不審者が突き出される。お縄を頂戴された不審者を前に、ディードは目の前の光景を理解しかねる、といった風に眉を寄せた。
「……なぜ、名探偵がここにいる?」
不審者の正体は、(自称)名探偵のウラル・ウル・ウルトルガだった。
「お前らの車に隠れていたら、いつの間にか飛行船が飛び上がっていたからだ」
「……なぜ、隠れる必要があった?」
「それは俺が名探偵だからだ!」
名探偵は凛々しい表情で断言した。
「これぞ探偵殺法奥義の弐『名探偵は見ていた!』だっ!」
ディードは思った。(あ、こいつ気障眼鏡と同じ類の人種だ)と。
「しかし上空の大気は冷たい。体力と糖分を補充するため厨房を漁っていたら、不覚にも捕まってしまったというわけだ」
ディードはウルの名探偵振りに頭上を仰ぎ、顔を手で覆った。脱力がすぎて、暴力で解決する気にもならない。「知り合いか?」というザッカーマンの問いにも、正直答えたくなかった。
「その男は我が社の協力者で、あー、信用できるかは微妙だが、腕は確かな探偵だ。解放してやってくれないか?」
「できるなら、毛布と暖かい飲み物を下さい」
情けない顔で泣き言を垂れるウルに、警備員もさすがに刺客の類ではないと判断した。乗務員に毛布と飲み物の指示を出し、最低限の人数だけを残して巡回に戻っていく。
「うう、人の優しさが身に沁みるなぁ」
毛布に包まり、アルコール入りココアをちびちびと啜りつつ、ウルはほろりと涙した。
「しかし、随分と無用心だ」
一転、唐突なウルの一言が室内に影を落とす。世界一安全な個室にあって、意味を図りかねる不可解な発言だった。
「どういう意味だ?」
「意味も何も、そのままだ。地上から飛行船を撃ち落とせる兵器は極端に少ない。だが、地上数百mから地表に激突しても命に別状のない兵錬武は存在する、ってことだ」
ウルの忠告にディードとシェラは背筋が凍りつく思いだった。ウルの言葉通り、飛行船は外部からの攻撃よりも内部からの工作で墜落する危険性のほうが遥かに高いのだ。
「考えてみれば、地上や船舶と違って飛行船には逃げ場もない。ここは世界一安全な個室から、世界一高い場所の棺桶になっていた可能性がある」
「乗りこんでいたのが俺で、命拾いしたな」
ウルはしてやったりとばかりの笑みを浮かべた。どうにも癪に障る表情だった。
ディードとシェラは互いに顔を見合わせて、
「なんかムカつかね?」
「この場で名探偵を始末してしまえば、侵入を許したという汚点も濯がれる」
「じゃあ、空中廃棄の方向で」
「お前らどこまで悪の秘密結社だ!」
名探偵が二人の対応に猛烈な抗議をして、
そのときシェラの携帯が鳴った。それも非常事態を告げる緊急回線だ。シェラは即座に通話を始めて、思わず間抜けな顔を浮かべる。
「……はっ? ロナが《白銀の影》事件の重要参考人として連行されただと?」
驚愕の内容に、ディードとウルも間抜け面を浮かべていた。




