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厄介者の群③

 ディードとシェラを乗せた電動車が、ソニス市の街並みへと走り出す。

 その様子をビルの窓辺から見下ろす女がいた。

 逞しい女だ。上背があり、全身は鍛えこまれた筋肉の塊。背広などという大人しい服装が雰囲気にそぐわうはずもなく、爪先から首元まで一体化した、肉体美を強調するようなボディスーツを着用している。

 さりとて女らしくないわけでもない。桜色に染めた髪の毛は丁寧に整えられ、耳飾りや口紅が女性的な色香を見せていた。

 レッドと同種、美しい野獣を連想させる女だ。

 女の名はフィオナ・オーベル。《ミリオンAC》に属する免許持ちの一人だ。

《厄介者の群》と《白百合》社の周囲には、フィオナ以外にも複数の人影があった。似通った美貌を持つ半裸の双子、多機能車椅子に磔刑となった包帯の少年、秘境の権力者のように煌びやかな衣装をまとった仮面の人物、そして路肩に停まる電動車内部の怪紳士などなど。

「まったく、中堅どもは他人の足を引っ張ることしか考えてないのかねえ? 第二集団としちゃ、伸し上がるより蹴落とすほうが楽なんだろうけど」

 フィオナは呆れ気味の感想を漏らしつつ、双眼鏡ごしに《厄介者の群》を観察していた。手近に置いた籠に手を伸ばし、手ずから作った具挟みパンを頬張っていく。

 携帯が鳴った。《ミリオンAC》からの業務連絡かとも思ったが、違う。

 鳴っていたのは本携帯とは別、架空名義で契約した違法携帯のほうだ。

「何か用かい、〈聖銀〉」

『あまりその呼び名を多用するべきではない。それとも、私も〈銀炎〉と呼ぼうか?』

 携帯の彼我で、《白銀の影》の二人が談笑を交わしていた。

『あなたが《ミリオンAC》に入社すると言ったときは驚いたが、意外と誰も気付かないな』

「ソニス市は十年前の《大戦》と八年前の革命で、市民の戸籍簿をほぼ全て紛失したからね。そのせいで各種戸籍確認が極端に甘いのさ。

 そのあたりの緩さも、犯罪者が集まってくる理由の一つなんだろうけどね」

 灯台下暗しというやつだ。まさか大手の《ミリオンAC》に《白銀の影》の一人が潜伏しているなど、誰もが夢にも思っていないだろう。

 フィオナが《厄介者の群》の監視に志願した理由はただ一つ。その目で敵を見極めるためだ。

「アタシが危険を冒して《ミリオンAC》に入社したのは、道楽じゃないからねえ」

『その点はあなたに感謝している。《新生の轍》から真製兵錬武と仇の情報を与えられて始まった復讐だが、あなたが正攻法での強さを手に入れていなければ、私の能力だけで復讐をここまで進められたとは思えない』

 聖銀はフィオナの働きに感謝を述べた。そして復讐の進展と、何よりもフィオナの無事に、心からの安堵を浮かべていた。

「それで? まさか世間話をするために連絡してきたわけでもないだろ?」

『では訊くが、昨日の行動は何?』

 聖銀の声は非難の感情を含んでいた。

『復讐に関係のない者には手を出さないのが、私たちの規則だったはず』

 それは自分たちが理不尽な暴力によって肉親を奪われたからこそ、新たな復讐者を生み出すわけにはいかないという戒めの誓いだ。

『あなたの行動で軍と《厄介者の群》、《白百合》社が提携してしまった』

「顔を見られたかもと焦ったのは認めるよ。軽率だったさ。反省してる」

 言葉の内容に反して、フィオナの表情には楽しげな成分しか表出していなかった。いや、安堵の笑みと言うのが正しいか。

(困る。困るんだよ。敵は強くなけりゃ困るんだ。

 だって敵が強くなけりゃ、惨めだけれど悪に立ち向かって正義の復讐をしているんだって、アタシは自分を誇れない)

 フィオナにとって、悪とは強者の代名詞だった。弱者は悪とは成りえず、強者が弱者を虐げるからこその悪なのだ。強者の側にどんな正論があろうとも、弱者を力で弾圧すれば、それは悪以外の何者でもなかった。

 フィオナにとっての正義とは、強大な悪に屈せぬ気高い弱者を意味していた。

 暴力によって家族を奪われたからこその善悪観と言えるだろう。

 だからこそ、フィオナにとって敵は強くなければならない。敵が強ければ強い悪であるほど、彼女の正義は輝きを増すのだから。

 銀炎であるフィオナは《白銀の影》でも好戦派の一方、聖銀は穏健派だ。復讐という同一の目的を持っていても、決して《白銀の影》も一枚岩ではなかった。

『私も終わったことを責めすぎるつもりはない』

 フィオナの思想を理解している聖銀は、諦めと許しを等分した言葉をかけた。

『だけど、終わってしまったことが覆せないのも事実。二社の戦力をどう見る?』

「はっきり言おう。アタシらみたいな少人数は正面衝突しただけで壊滅する」

 フィオナは身震いしていた。自身が《ミリオンAC》に所属しているからこそ、ACCという集団の脅威は熟知している。

 ACCを敵に回したくないと思っていたのはフィオナも同じ、いや、最も恐れていた。だからこそ目撃者を消して証拠を隠滅するしかないと、暴挙に走ったのかもしれない。

『私たちは彼らを避けるべき? それとも排除するべき?』

「あいつらはアタシらの同類だ。できれば敵に回したくないけど、」

 そこでフィオナは歯切れ悪く口籠もった。何かを躊躇っているように言い淀む。

『それは無理。なぜなら対立を避けたいと願っている私たち自身が、心のどこかで彼らの不幸を願っている』

 聖銀は羨望と憎悪のせめぎ合う複雑な感情を口にした。

「そうだね。正直、あいつらが羨ましいし、妬ましい。

 あいつらは復讐に走らずにはいられないほどに大切なものを奪われなかったとも言えるし、復讐心を乗りこえたとも言える。

 アタシらが摑めなかった幸せな生活を送ってもらいたいと願っている反面、アタシら以上の不幸に叩き落してやりたいとも思っている。

 できれば関わりたくない類の人間だね」

『だけど、私たちは関わってしまった。だから戦うしかない。殺して、奪って、地獄の道連れにするしかない』

 フィオナと聖銀は悲壮な決意で頷いた。決断したからには、考えなければならない。

『私たちは奇襲を主体としてきたし、あなたが評したように正面衝突は避けたい』

「だったら中堅ACCと同じように、急所につけ入って足元を掬うべき、か……」

 フィオナは渋い顔をした。まさか自分で卑下した行為を、自分自身が行うことになろうとは。

「だけど、アタシらにはそれ以外に堅実な手段が存在しない。アタシらは闘争者じゃなくて復讐者なんだ。復讐者は復讐者らしく、意地汚くいこうじゃないか」

 フィオナは唇を歪めた。ともすれば卑屈な印象を与えかねぬはずが、フィオナのそれには体裁をかなぐり捨ててまで勝負に出ようとする武人めいた潔さがあった。

「それに必勝とまではいかなくても、幾つか有利な要素はある。

 まず、事件の担当者であるディードは大学を出たばかりだ。経験が圧倒的に足りない」

 フィオナは廃墟街での戦いを思い出す。懸念があるとすればディードが自分たちと同じ真製兵錬武の使い手であること。

 だが、装備の質が同じなら勝敗を決するのは実力だ。この点については問題ない。

「それに《厄介者の群》と《白百合》は対立企業だ。対抗意識で競うように働いてくれるが、ここぞという場面では相手を出し抜こうとして足を引っ張るのは目に見えている。

 同じように軍も二社の手綱を握って手柄を独り占めしようと考えているはずだ。

 奴らは協力関係にあるが、その実態は牽制と騙し合いに近い」

『加えて、外部から邪魔を仕かける連中もいる。例えば《ミリオンAC》のような』

「おいおい、それは言いっこなしだって」

 聖銀の一言で、二人の間に笑いが巻き起こった。くすくすと、携帯の彼我で笑い声が交わされる。その笑い声が不意に途切れた。

『注意して』

「ああ、分かっているさ」

 フィオナは神妙な面持ちで頷いた。各社が《厄介者の群》と《白百合》社を監視している今の状況は、間接的に自分も複数人から監視されていることに他ならない。《白銀の影》として活動する際には、細心の注意が必要とされていた。

「そっちこそ、準備はいいのかい?」

『細工は流々、というところだ』

 携帯から聖銀の含み笑いが漏れ聞こえる。それだけ仕かけに自身があるということだ。

「それじゃ、手品の観賞と参りますか」

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