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君が幕を開けるのだ  作者: 鈴木たまき
第一幕 異界の門

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第1話 はじまりの章

 僕は、主人公にはなれない。物語の中の、輝かしい光を放つ主人公には、なれない。


 ――これは、ひとつの物語。

 空っぽな主人公の、物語である。


◇ ◇ ◇


 風なんて無いはずの洞窟の底で、蝋燭の炎が歪んでいる。まるで、風に吹かれて揺れているかのようだ。


 ――そこは、一般的には、ダンジョンと呼ばれる場所である。


 ダンジョンは、明かりが無く、ひどく暗い。だが、ダンジョンの最奥にあるこの部屋だけは、事情が違った。

 まさしく大広間と呼ぶに相応しい大きさを誇るこの部屋は、煌々と輝くとまではいかずとも、部屋全体が、それなりに明るく照らされている。


 地面には赤いカーペットが敷かれ、天井からは黒く豪奢なシャンデリアが下げられていた。

 壁に設置された蝋燭たちは、異様なまでに明るく、ずらりと並んでいる。


 そして、部屋の奥の、入り口から最も遠い場所に、その玉座は鎮座していた。


「そろそろ、勇者が召喚される時間だな……」

「えぇ、そのはずですね。介入する準備は、順調ですか?」


 誰にともなく呟かれたのだろう男の声に、青年が、にこにこと笑いながら返答する。


 男は、実に凶悪そうな見た目をして、堂々と玉座に腰掛けていた。


 黄金の装飾が施された漆黒の鎧に、暗黒を煮詰めたかのような黒いマントを羽織った男だ。

 マントの裏地は鮮血のように赤く、その色は、この男が喰らってきた人間たちの痕跡、あるいは勲章のようである。


 人々は、この男のことを、世に蔓延る危険生物たるモンスターたちの元凶にして、人類を滅ぼし得る最悪の敵、すなわち「魔王」と、そう呼んだ。


「俺を誰だと思ってるんだ……無論、計画は順調だ。そんなことより、お前のその嘘くさい笑顔は、どうにかならんのか」

「嘘くさい? 失礼ですね、私はずっと本心で喋っていますよ」


 魔王が座る玉座の傍で控えている青年は、いかにも好青年といった風貌で、決して笑みを崩さない。

 人間の貴族のような衣装を身に纏った青年だ。


 魔王は青年の返事に呆れたような溜息を零してから、ゆっくりと重たい腰を上げ、玉座から立ち上がった。


 立ち上がった魔王は、おもむろに空中へと手を伸ばす。

 手を伸ばした先、魔王の指先で、およそ魔王という名に相応しくないだろう輝かしい黄金色の光が、ぱち、と弾けた。


 青年が、魔王の様子を横目で確認する。

 どうやら、計画は順調に進んでいるらしい――勇者召喚の儀式への介入は、ここに、成功した。


 弾けた光のひとしずくが、音も無く、地面に滑り落ちる。

 その幻想的な様子をぼんやりと眺めていた青年が、ふと、何かに気付いて、「いかがなさいましたか」と魔王へ問いかけた。


「計画変更だ。俺はコイツを弟子にする」

「……弟子、ですか?」


 青年は訝しげに、魔王のほうへ視線を向けた。

 魔王が安易に、思いつきで弟子を迎えるような性格ではないことを、青年は知っている。青年は訝しげな表情もそのままに、魔王の視線を追いかけた。


 魔王が見つめる先では、地面に落ちた光が広がって、ひとりの人間の姿を模ろうとしている。

 やがて光は、立ち上るように集まって、少年の姿になった。学園の制服らしきものに身を包んだ、端整で、ゆえに特徴がない顔立ちの、十代と思しき少年だ。


「え、なに、ここ。っていうか、だれ?」


 少年は、その表情に困惑を滲ませつつも、やけに冷静な態度で周囲を見回した。やがて、数秒も経たない内に、「ふーん」と頷く。


「ゲームの世界じゃん、ウケる」


 ウケる、と言いながらも、少年の声は淡泊だった。表情だって、能面のように微動だにしない。


 少年は、異質だった。それは、少年が「勇者召喚という特殊な儀式によって、この世界に紛れ込んだ異物である」という意味ではない――少年は、人間として異質なのだ。


 魔王は、少年の言動に顔を顰める。

 無感動に「ウケる」と宣う少年が、その心の内側で何を思い、何を感じているのか――魔王には、少年が抱いているはずの感情の、その一切合切、全てが分からなかった。


 少年には、恐れがなかった。未知への恐れが存在せず、かといって、興奮しているわけでも、歓喜しているわけでもない。

 これが、興奮によって一時的に恐怖を感じていないだけなのであれば、まだマシだったのだ。だが、少年はただ、淡々としていた。それを感じ取って、魔王は顔を顰めている。


 魔王には、少年の感情の一切が分からなかった。よしんば理解できたとして、共感することはできないだろうことを、感じ取っている。


 魔王は自身の隣を見た。そこには、相変わらず笑みを崩そうとしない青年がいて、魔王は「この腹黒め」と小さく愚痴を零す。

 その声に反応して、青年が魔王へ目を向けた。ふたりの視線が交わって、青年は、ふと、目元を和らげる。


 青年は、即座に少年に向き直った。魔王が言うところの「嘘くさい笑み」を浮かべて、少年に呼びかける。


「やぁ、少年。今日は良い天気だねぇ」

「ん? そうだね。……そうなの? まぁ、いいや――僕は勇者召喚側にとってのイレギュラーってところだね」


 そうでしょ、と続けた少年の声には、不安も混乱も存在しない。

 代わりに、確固たる自信を携えて、純黒の瞳を青年へと向けている。


 青年の笑みが深まった。

 魔王は、小さくなって頭を抱えていた。


◇ ◇ ◇


 ――これは、ひとりの少年の物語。

 空っぽな彼が、生きるための、物語。

初日は3話分を投稿します。

投稿スケジュールについては、活動報告(https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/3120793/blogkey/3689247/)をご確認ください。

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