第3話:【序章】聖女キヤ誕生③(完)
〇王宮内・一室
王国の大臣や、女神教会の幹部が集まって密会をしている。
「くそ……まさか、あんなに早く聖承の儀を行うとは!」
「ぐぬぬ、あの小娘に出し抜かれましたな……」
「夢見がちな子供だと思って油断したわ!」
聖女ルミナリア様は強引なスピードでキヤへの聖承の儀を行った。
この事で、裏から国を乗っ取ることを画策する大臣たちの裏をかくことができた。
しかし、普段控えめなはずの彼女が、ここまで強引に動くという事は、
彼女にもう時間がない事の裏返しであるというのは、誰の目にも明らかであった。
「ぬうぅ……このままでは、傀儡として扱う事の出来る、聖女候補を用意までしていたのが、水の泡となってしまう……」
「いや、諦めるのはまだ早い。あのキヤという獣人族の娘は、どこの馬の骨ともわからぬ、施設出身の者らしいではないか。
聖女学園内の成績もいたって平凡……失脚させる理由はいくらでもある。」
「そもそも、ルミナリアはなぜあんな小娘と知り合いだったのだ?……そのあたりも当たってみるか」
〇王宮内・中庭
「キヤちゃん。ちゃんと聖女の衣装に着替えて!タンクトップで走り回らないで!
シグルーン、キヤちゃんを捕まえて!」
ルミナリア様は動けるうちに、キヤに聖女のすべてを教え込もうとするが、
キヤにはよくわかっていない。
ただルミナリア様と一緒にいられることが嬉しいようだ。
「聖女様!これからはずっと聖女様と一緒に暮らせるのか?嬉しいのら!!」
「いいから!ちょっとこっちに来なさい!大人しくしなさい!!」
掴みかかってくるシグルーンの腕をひらりとかわし、庭の中を逃げ回るキヤ。
「キヤちゃん!おやつ丸が焼けたみたいよ!」
ルミナリア様が言うと、キヤが飛んできた!
「わーい!おやつ丸なのら!一緒に食べるのら!!」
ルミナリア様は、もう逃げられないようにキヤを横に座らせる。
二人でおやつ丸を食べる。
一つの菓子を半分に割って、キヤに与えるルミナリア様。
「私はもう全部食べられないから、半分こにしましょう」
「おやつ丸を聖女様と半分こにするのら!聖女様と食べるおやつ丸が一番おいしいのら!!」
「聖女はキヤちゃんでしょ?私は、引退した元聖女よ」
「???聖女様は聖女様なのら!!」
二人で顔を合わせて、笑い合うキヤとルミナリア様。
それを見守るシグルーンの表情は少し悲しげだった……
数日後、ルミナリア様の容態が急変してしまった。
その表情に力はなく、あれほど爆発的に高かった彼女の魔力はもはやゼロに近い。
ここぞとばかりに大臣たちが責め立ててきた。
「ルミナリア様の容態が悪くなったのは、聖女キヤのせいだ!!」
「そうだ、どこのウマの骨ともわからぬ、あんなガキを傍に置いたせいで病が進んでしまったのだ!!」
「そもそも、得体のしれぬ獣人族などに聖女が務まるものか!!偽りの聖女キヤを追放しろっ!!」
「追放など生ぬるいわ!国家を転覆させようとした刑に処すのだ!聖女の間に乗り込め!!」
〇聖女の間
ベッドの上で横たわるルミナリア様。
息もかなり苦しそうである。
「聖女様!!元気を出してほしいのら!」
「キヤちゃん……私はもうだめだわ……あなたを巻き込んでしまった事……許してね……」
弱々しくキヤの手を握るルミナリア様。
「何を言っているのら?ダメって何がダメなのら?聖女様、元気を出してほしいのら!!」
「……ごめんね……キヤちゃん、これを……」
玉璽を取り出すルミナリア様。
「これはこうして使うのよ……」
傍のテーブルに置いてあったおやつ丸を手に取り、玉璽をあてて最後の魔力を込めると、淡い黄金色の光が溢れ出し、おやつ丸の表面に王国の聖なる紋章が深く刻印された。
もちろん、玉璽は書類などに押すものであって、お菓子の焼き印ではない。
しかし、おやつ丸に焼きつけられた刻印は、少女の未来を照らすための、祈りの証に見えた。
それを見たキヤの顔が驚き、そして笑顔になる。
「っ!?聖女様の印入りのおやつ丸なのら!高級品なのら!!」
そのキヤの笑顔を見て、ルミナリア様は少しだけ満足そうに笑った。
それは自分の力で、最後に目の前の少女を笑顔にできたというルミナリア様の想いだったのかもしれない……
「キヤちゃん、アナタは今すぐ聖女として、巡礼の旅に出るのよ。
あの日お話ししてくれた、あなたのお母様のこと……きっとどこかで生きて、あなたの事を想っているはずだから……
お城の者に絶対に捕まってはダメ」
そう言って、弱々しく玉璽をキヤに握らせるルミナリア様。
「この玉璽とおやつ丸で、世界中の多くの人たちを笑顔にしてあげて、ね……」
そう言いうとルミナリア様は静かに目を閉じた。
16歳という異例の若さで聖女になり、歴史にも名を遺すレベルの大聖女になる慈愛と素質があったルミナリア様……
19歳というあまりにも早い病死は、すべての人類にとって大きな損失であった……
だが、その死顔は安らかな笑顔だった。
「聖女様!?聖女様!!起きるのら!!キヤは父上も母上もいなくなってしまったのら。
聖女様!元気になって欲しいのら!一人にしないでほしいのら!!」
ルミナリアに泣きつくキヤを引っ剥がすシグルーン。
「早く旅に出なさい!ルミナリア様のおっしゃる通り、あなたのお母さまもどこかで生きているわ。
お母さまを探して旅を続けなさい!」
「女神への祈りがないと、大地が荒れ果ててしまうんじゃないのか?」
キヤの疑問はもっともである。聖女であるキヤが毎日女神に祈る必要がある。
シグルーンは少し笑うとキヤに小声で伝えた。
「ルミナリア様は、ご自身が崩御した後は、当面は私にあなたの指導をさせる事を考えておられたわ。
だから、聖女の権限の一部は私に引き継がれているの。
それであなたが聖女として成長してきたら、改めて私からあなたに聖女の引継ぎをする予定だったのよ」
「……?じゃあ聖女様のお姉さんが、新しい聖女様になるのか??」
「だーかーらー……ってもう、めんどくさいわね!
とにかく女神への祈りは当面はアタシがやっておく。お城の事は心配しないでいい。
でも新聖女はあくまでアナタよ!!お城が落ち着いたら必ず呼び寄せるから。それまで生き延びなさい!」
その時、聖女の間の外からドタドタと、多くの足音と怒号が聞こえた来た。
「さあ!早く行きなさいっ!!」
お城の二階にある聖女の間の窓から、白のタンクトップと薄茶色の短パン姿で叩きだされるキヤ。
「せ、聖女様のお姉さんは、いつもめちゃくちゃ乱暴なのらっ!!」
二階から落下するキヤ。見上げると、窓から顔を出すシグルーンが、とても悲しそうに笑っているのが見えた…
どさっ!と庭の芝生の上に落ちて、そのまま走って城の外に逃げていくキヤ。
城の大臣たちにも見つかってしまう。
「オイ!獣人族の偽聖女が逃亡したぞ!」
「くくく、ならばこちらにとっても好都合よ。新たな聖女をたてやすくなるではないか」
「い、いや、笑っている場合ではないぞ!ヤツは玉璽を持ち出しおった!!」
「な、なんだとぉ!!あれが無ければ、我らの立てる傀儡を、聖女として認めさせることができぬではないかっ!!
……追え!追えぇ~いっ!!」
城門の近くの街道に止まっていた乗り合い馬車。
「帝国国境行きの馬車、出発するよぉー」
キヤはその馬車に飛び乗った。
それを確認して、出発する馬車。
「待て待てぇ~い!そこの馬車!止まらぬか!!」
御者は鼻歌を歌いながら、馬車を走らせる。
自分の馬車の事とは全く気づいていない。
大臣達はどんどん馬車から離されて小さくなっていた。
キヤは、聖女様の焼き印入りのおやつ丸を胸元から出して、手に取って眺める。
──玉璽とおやつ丸で、世界中の多くの人たちを笑顔にしてあげてね。
聖女様の最期の声が聞こえたような気がした。
「聖女様ぁ……
……わかったのら。キヤはみんなを笑顔にするのら。」
おやつ丸を頬張ると、中から出てくる甘く優しい餡子の味に、ルミナリア様の優しさを思い出して涙ぐむキヤ……
しかし、キヤは涙を拭いて空を見上げた。
王国の空にはキヤの魔法で、優しく笑う聖女ルミナリア様の似顔絵が雲で描かれていた。
聖女キヤのおやつ丸と笑顔を届ける放浪の旅路が、今、ここから始まった。
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