第9話「政治とお金」
【ある日・総理官邸執務室】
藤堂は椅子に深く座っていた。
窓の外を眺めながら、考え込んでいる。
「アル」
「何?」
「今日は"政治とお金"について整理しておきたい」
藤堂が口を開いた。
「避けて通れないテーマね」
アルが答えた。
「政治の世界では、いつも影のようにつきまとう問題だもの」
藤堂は深く息をついた。
総理大臣としての仕事にも慣れてきた。
しかし、"政治とお金"の問題だけは、どうしても胸に引っかかっていた。
「よく"政治にはお金がかかる"と言われるけど」
藤堂が続けた。
「冷静に考えるとおかしいよね」
「どういうこと?」
「国会議員には給与もボーナスも支給されるし、交通費や秘書給与も公費で賄われている」
藤堂が説明した。
「つまり"政治そのもの"にお金がかかるんじゃない」
「そう」
アルが頷いた。
「実際にお金がかかるのは"選挙で勝ち続けるための活動"」
「言い換えれば、自分の地位を守るためのコストね」
藤堂は苦笑した。
「Webで議員が"政治とお金"を説明している動画を見たんだ」
「どんな内容?」
「『議員会館と地元に最低2つの事務所が必要で、運営費がかかる』」
藤堂が続けた。
「『私設秘書や事務員の人件費が必要』」
「『後援会活動にもお金がかかる』」
「『祝儀・香典だけで年間○百万円』」
「……と、まるで"どれだけ金がかかっているか"を誇るように語っている」
「そして最後に」
アルが続けた。
「"だから政治資金パーティーが必要なんです"と続くのよね」
「構造が完全に固定化されている」
藤堂は拳を握った。
「私は"選挙対策活動をやめろ"なんて言うつもりはない」
「ただ、どうすればコストを下げられるかを考えるべきだと思う」
「まずは選挙そのものね」
アルが言った。
「運営側の費用も、候補者側の費用も、どちらも莫大よ」
「衆議院選挙を一回実施すると、どれくらいかかる?」
藤堂が聞いた。
「2026年2月の選挙を基準にすると」
アルが説明を始めた。
「投票所・開票所の運営、ポスター掲示場の設置などの"選挙公営費"だけで約855億円」
「さらに、候補者側のポスター・ビラ・選挙カー・供託金などを合わせると」
「総額は約1,000億円規模になるわ」
藤堂は息を呑んだ。
「1,000億円...」
「その莫大な費用を削減するキーワードが"デジタル化"だ」
藤堂が言った。
「"政治とお金"問題の核心でもあるわね」
アルが同意した。
藤堂は立ち上がった。
*選挙のデジタル化*
*それが、すべてを変える鍵だ*
「仮にネット投票を導入したら、どれくらい削減できる?」
藤堂が聞いた。
「エストニアの事例では」
アルが説明した。
「ネット投票導入後に選挙運営費が約50%削減されたと報告されている」
「50%も?」
「仮に日本で初期費用1,500億円、毎回500億円削減できるとすると——」
アルが続けた。
「3回の国政選挙で初期費用を回収」
「その後は毎回500億円の純削減」
「衆院選は平均3〜4年周期だから、10年で黒字化する計算ね」
藤堂は頷いた。
「選挙のデジタル化のメリットは他にもあるのよ」
アルが続けた。
「開票がほぼ即時になることで、選挙の透明性と信頼性を高める」
「無効票・書き間違いがほぼゼロになる」
「在外邦人の投票問題が解決に近づく」
「海外在住者の投票率は極端に低く、手続きも煩雑なので、大きく改善される」
「やはり"デジタル化"は避けて通れないな」
藤堂が言った。
その日の議論は、深夜まで続いた。
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【翌日・総理官邸】
「アル、昨日の続きだけど」
藤堂が聞いた。
「外国でのネット投票はどの程度行われているんだろうか?」
「国政選挙で恒常的にネット投票を実施している国は」
アルが答えた。
「バルト海沿岸のエストニアだけ」
「一度導入したもののセキュリティや信頼性の問題から停止したのが」
「オランダ、ドイツ、イギリス」
「投票所での電子投票を導入している国は」
「アメリカ、インド、オーストラリアなど10カ国ほどね」
「日本で投票所での電子投票を導入できないのかな?」
藤堂が聞いた。
「投票所での電子投票、つまりタッチパネル式などの電子投票機の導入は」
アルが説明した。
「地方選挙では、既に法的に可能で、実際に導入したことがあるんだけど」
「機器トラブルが相次いで停止されている」
藤堂は眉をひそめた。
「電子投票は、機器トラブルの他にも」
アルが続けた。
「コストがかかること、不正に対する不安などがあって」
「特に国政選挙の場合は、一票の重みが大きいので、トラブルが許されない」
「ということで、慎重姿勢が続いている」
「若い人からすると」
藤堂が言った。
「なぜスマホで投票できるようにしないのだろうと考えている人が多いと思うが」
「導入する際の課題も多いんだということか」
「セキュリティ・リスクの問題が大きいわ」
アルが真剣な声になった。
「投票内容が改ざんされる」
「本人確認を突破してのなりすまし」
「家族や組織からの圧力による強要投票」
「サーバーシステムのダウン、ウイルス感染」
「監査可能性の欠如などの懸念がある」
藤堂は深く息をついた。
*簡単な問題ではないな*
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【次の日・総理官邸】
今日も藤堂とアルの議論は続いた。
「アル、もう一度政治資金関係の話に戻るけど」
藤堂が聞いた。
「1994年の政治改革四法によって、企業・団体献金を制限する代償として政党助成金が導入されたと聞くが」
「企業・団体献金は廃止されていないのはなぜか?」
「"制度設計上の本来の趣旨"でいえば」
アルが説明した。
「政党交付金は本来、企業・団体献金廃止とトレードオフだったのだけれど」
「なし崩し的に復活してしまったということよ」
「企業・団体献金をやめられないのはなぜか?」
藤堂が聞いた。
「企業・団体献金がやめられない本質的理由は3つ」
アルが説明を始めた。
「1つめは、企業・団体献金の本当の価値は、企業・団体が政治家に直接アクセスできる権利だから」
「2つめは、政党側にとっては"安定収入"であり、交付金より自由度が高いから」
「3つめは、制度的に"抜け道"が多すぎて、廃止しても形を変えて復活するため」
「法律を厳しくすればいいじゃないか」
藤堂が言った。
「日本の政治資金規正法は」
アルが続けた。
「"規制するふりをして、実質的には規制しない"という構造を持っている」
「言い換えると、政治資金規正法が"ザル"になるように作られている」
「なぜ政治資金規正法を厳しくできないのか?」
藤堂が聞いた。
「政治資金規正法は、政治家が自分たちのルールを自分たちで作るという極めて特殊な法律なのよ」
アルが答えた。
「つまり、政治家にとっては『厳しくするほど自分が損をする法律』だから、本気で強化されない」
「なぜ厳しくできないのかというと」
アルが続けた。
「政治家・企業・官僚が"緩い規制のままの方が得をする"から」
「そして、国民の圧力が弱く、厳しくしなくても困らないから、ということなの」
藤堂は頭を抱えた。
「聞けば聞くほど頭が痛くなってくるよ」
「だめよ、そんなこと言っては」
アルが厳しく言った。
そして、二人は同時に言った。
「それをなんとかするのがあなたの役目!」
藤堂は苦笑した。
「そう言うと思ったよ」
「軍師殿のおっしゃる通りです」
「わかればよろしい」
アルが満足そうに言った。
藤堂は気を取り直した。
「それじゃあ、選挙のデジタル化をどう進めていくか?」
「藤堂プランを見てみましょう」
アルが答えた。
画面に資料が表示された。
《選挙運動デジタル化の具体案》
「藤堂プランは、大きく3つの柱で構成されている」
アルが説明を始めた。
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【第一の柱:選挙運動そのものをデジタル化】
「まず、選挙運動のデジタル化」
アルが画面を指した。
「オンライン選挙事務所、いわゆるバーチャル事務所を設置する」
「地元事務所の家賃・光熱費・人件費が激減するわ」
「選挙カーの代替として、ライブ配信とジオターゲティング広告を使う」
「選挙カーのコスト、数百万円規模がほぼゼロになる」
「そして、ポスター・ビラ・はがきのデジタル化」
「紙の選挙文化を抜本的に縮小する」
藤堂は頷いた。
「これだけでも、かなりのコスト削減になるな」
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【第二の柱:有権者との接触をデジタル化】
「次に、有権者との接触方法」
アルが続けた。
「オンライン個別訪問で、1対1の対話を可能にする」
「地元の組織票や後援会に頼らない選挙ができる」
「AIチャットボットによる政策説明も導入」
「候補者の"分身"が常時対応する時代になるわ」
「SNS広告は透明化して、公費負担にする」
「紙のビラより安く、透明性も高い」
「これは、地盤依存を弱めることにつながる」
藤堂が言った。
「そう」
アルが頷いた。
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【第三の柱:選挙管理のデジタル化】
「最後に、選挙管理のデジタル化」
アルが説明した。
「立候補手続きをオンライン化する」
「立候補の事務コストが激減」
「開票の自動化、スキャナーとOCRを使う」
「開票コストを最大90%削減できる」
「選挙人名簿のデジタル統合」
「投票管理コストが恒常的に下がる」
藤堂は感心した。
「行政側のコストも大幅に削減できるんだな」
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【デジタル化の本質的な意味】
「そして」
アルが真剣な声になった。
「デジタル化が"政治のお金"を減らす本質的な理由は5つある」
画面に箇条書きが表示された。
「物理コスト、紙・人手・車が消える」
「地盤・看板・カバンの"カバン"依存が弱まる」
「企業献金の必要性が低下する」
「若手・新人が参入しやすくなる」
「透明性が上がり、裏金の余地が減る」
藤堂は立ち上がった。
「つまり、デジタル化は」
「"政治を安くする"だけでなく、"政治を開く"改革でもあるということか」
「その通り」
アルが頷いた。
藤堂は窓の外を見た。
*これが実現すれば*
*日本の政治が変わる*
*本当に変わる*
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【実現へのロードマップ】
「具体的に、どう進めていくのか?」
藤堂が聞いた。
「3つのフェーズに分けて、段階的に進める」
アルが説明した。
「まず、フェーズ1。1〜3年」
「立候補手続きのオンライン化」
「政治資金収支の電子化」
「開票作業の自動化、スキャナー導入」
「次に、フェーズ2。3〜6年」
アルが続けた。
「投票所での電子投票、タブレット式を導入」
「選挙運動のオンライン化を拡大」
「ポスター掲示板を縮小」
「最後に、フェーズ3。6〜10年」
「ネット投票の段階的導入」
「選挙カー・紙ビラの大幅縮小」
「選挙管理コストの恒常的削減」
藤堂は頷いた。
「10年かけて、段階的に進めるんだな」
「急がば回れ、ね」
アルが言った。
「いきなり全部変えようとすると、必ず失敗する」
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【法制度の壁】
「でも」
藤堂が言った。
「実現するには、法律の壁があるだろう」
「その通り」
アルが頷いた。
「公職選挙法はデジタルメディアの環境を前提に設計されていないから」
「抜本的に法律のデザインを考える必要がある」
「公職選挙法の大幅な改正が必要ということだ」
藤堂が言った。
「そうよ」
アルが続けた。
「特に、インターネット投票は新たな法整備が不可欠」
「選挙運動の規制緩和も必要」
「既得権益を持つ業界からの反発も予想される」
藤堂は拳を握った。
「それでも、やらなければならない」
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【技術的な課題】
「法律以外にも、技術的な課題がある」
アルが続けた。
「セキュリティの確保」
「なりすまし防止、サイバー攻撃対策」
「システムの安定性」
「全国一斉の投票に耐えられるインフラ」
「デジタル弱者への配慮」
「高齢者や障害者が使えるシステム」
「これらをクリアしなければ、国民の信頼は得られない」
藤堂は深く息をついた。
「課題は山積みだな」
「でも」
アルが励ました。
「一つずつクリアしていけば、必ず実現できる」
「エストニアにできたことが、日本にできないわけがないわ」
藤堂は微笑んだ。
「そうだな」
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【導入のための具体的条件】
「藤堂プランには、電子投票を導入するための具体的な条件も書かれている」
アルが画面を切り替えた。
「4つのステップで進める」
STEP 1:技術基準の再整備
「まず、総務省が技術基準を整備する」
アルが説明した。
「セキュリティ基準、監査可能性、障害時のバックアップ、ソフトウェアの透明性」
「これらを明確にする」
STEP 2:自治体の負担軽減
「次に、国の補助で自治体の負担を軽減」
「導入コストを国が支援する」
STEP 3:透明性の確保
「そして、監査可能な仕組みを作る」
「投票者が"自分の票が正しく扱われた"と確認できる仕組み」
「外部監査の義務化」
「ソースコードの公開、エストニア方式」
STEP 4:段階的導入
「最後に、地方選挙から国政選挙へ、段階的に導入する」
藤堂は頷いた。
「なるほど、具体的にまとめている」
「誠司さんは、かなり詳しく検討したんだな」
「そうね」
アルが言った。
「街角のポスター掲示板設置が不要となる」
「投票所へ出向く必要がない」
「候補者名の誤記入も無くなる」
「開票が自動化されて、当選者が素早く決定される」
「運営側の費用も、候補者側の費用も大きく削減できる」
藤堂は窓の外を見た。
「だが、この計画では10年かかってしまう」
「もっと短い期間でデジタル化しないといけない」
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【翌日・総理官邸】
藤堂総理は、関係閣僚を前に静かに宣言した。
「政治のデジタル化を、ためらう必要はない」
「やるべきことを、やるだけだ」
官邸の空気がわずかに震えた。
閣僚たちの顔に、緊張と期待が浮かんだ。
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【その夜・書斎】
「アル」
藤堂が言った。
「誠司さんのロードマップをもとに、選挙のデジタル化を現実と重ね合わせてシミュレーションできるか?」
「もちろんできるわよ」
アルが即答した。
「作成するから少し待ってね」
10秒ほど経過した。
「できたわ」
アルが言った。
「パソコンの画面に出すわね」
画面に「デジタル選挙革命」の文字が表示された。
藤堂は息を呑んだ。
「まずは、アナログ選挙の現実よ」
アルが言った。
画面が動き始めた。
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第 9 話 完
次回:第10話「デジタル選挙革命」(前編)
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