--第14話「アビリティーの時代」
夜明けの光が、灰の野営地を淡く染めていた。
風は冷たく、どこか鉄の匂いがする。
焚き火の名残がまだ燻っている中、ハルヒは静かに剣を握りしめていた。
――《六人の英雄》との初陣から、一夜が明けた。
彼の頭の中には、昨夜のレオンの言葉が残っていた。
『アビリティが人の価値を決める』
それは、ハルヒの知る常識を根底から覆す言葉だった。
彼の世界では、“魔力値”と“魔法適性”がすべてだった。
だがこの時代では、魔法よりも、もっと原初的な“魂の力”――アビリティが支配している。
その差を、痛感せずにはいられなかった。
「おい、朝の訓練だ。ぼんやりしてる暇はねぇぞ」
声をかけたのはガルドだった。
ハルヒは頷き、剣を携えて外に出た。
野営地の外――岩場の開けた演習場では、すでに英雄たちがそれぞれの能力を試していた。
セリアの放つ矢は、空中で分裂し、光の残滓を描きながら標的を貫く。
ユグノアは魔導陣を重ね、重力を自在に操作し、巨石を宙に浮かせていた。
ミリアは光の粒子を操り、負傷した兵の傷を瞬時に癒やしていく。
――すべてが、人知を超えた“力”だった。
「これが……アビリティ……」
ハルヒは小さく呟いた。
だがその手の中にあるのは、ただの鉄剣。
魔力の流れも、特異な加護もない。
“無魔の剣士”――それが彼につけられた渾名だった。
レオンが、訓練を終えて振り返る。
「お前の剣、見せてみろ。どれほどの“無”なのか、興味がある」
「無、って……あまり良い響きじゃないな」
「だが、“無”は原点でもある。
アビリティのない人間がどこまで戦えるのか――それもまた、俺たちに必要な答えだ」
ハルヒは一瞬迷ったが、静かに構えを取った。
風が頬を撫でる。
次の瞬間、彼は地を蹴った。
レオンの剣が閃き、火花が散る。
衝突のたびに、地面が裂け、空気が震えた。
速度も、力も、明らかにレオンが上。
だがハルヒの剣筋には、異様な“冴え”があった。
――彼は一度として、無駄な動きをしない。
まるで、時間の流れそのものを“読んでいる”かのように。
レオンが剣を止め、笑みを浮かべた。
「やはりか……お前、ただの“無魔”じゃないな」
「え?」
「剣の流れが異常だ。
相手の動きを、まるで未来から逆算してるみたいだ。
お前……“時間”を、感じ取っているんじゃないか?」
ハルヒは息を呑む。
その瞬間、胸の時計がカチリと音を立てた。
針が一瞬だけ止まり、再び動き出す。
(……まさか、俺の力って……)
だが考える暇もなく、遠方で警鐘が鳴り響いた。
「警報!? 何が――」
「北方戦線の防衛線が突破された!」
伝令が駆け込んでくる。
「魔族軍の主力が《時の谷》を越えてきました! 指揮官の指示を!」
レオンは即座に立ち上がり、剣を抜いた。
「全員、出撃準備! 戦線は《レガリア第二区》! ――戦場の規律を守れ!」
その声に、空気が一瞬で張り詰める。
兵たちは走り、武具を取る。
ガルドが笑いながら拳を鳴らし、セリアが矢筒を背負う。
「ようやく、“時”が動き出したようだな」
ユグノアの声が、ハルヒの耳に届く。
そしてハルヒもまた、剣を握り直した。
自分に与えられた“無”の意味を、確かめるために。
そして――この時代で、自らの“存在理由”を見つけるために。
陽光が昇り、戦場へと続く地平が赤く染まる。
その先で、時を巡る戦いが再び幕を開けようとしていた。




