教育実習生への恋心 (高校三年生女子 @書道室 (その2))
「好きです」
優香は努めて真面目に先生の目を見つめた。
冗談とかふざけているとか思われたくない。
小さな胸の中だけでは仕舞い切れない真剣な思いを正面からぶつけたい。
「それは昨日聞いた」
先生は一寸もうろたえることなく、まるで用意していたように即答した。
「ちょっとぉ。生徒の一世一代の告白を何だと思ってるんですか」
優香は机を叩いて身を乗り出した。
頑張って言ったのに、ちっとも相手にしてもらえない。
「お前の『好き』は一時の気の迷いだ。もう少し自分の気持ちを冷静に分析してみろ」
「気の迷いなんかじゃありません。先生のことが四六時中頭から離れないんです」
こんなことは生まれて初めてなのだ。
周りの生徒には感じたことのない気持ち。
だからこそ、今は照れたり、躊躇したり、ましてや冷静に分析などしている場合ではない。
先生は明日でこの学校に来なくなってしまうのだ。
そうなったらもう会うこともままならない。
今日中に今後の二人の関係を築き上げないと、張り裂けそうなこの気持ちを無理やり抑え込んで、苦しみに悶えながら時の流れに風化させられるのをひたすら待つしかなくなる。
そんなの嫌だ。
「お前の気持ちが本物だったとしても、悪いが俺は応えられない」
先生は冷酷に宣告した。
「先生……」
はっきりと断られた。
喉元に強い圧迫感があり、じわっと涙が溢れそうになる。
でも、まだ勝負は終わっていない。
諦めたら、そこで試合終了だ。
何とか突破口を探せ。「私が高校生だからですか?」
「まあ、それも一つの要素だ」
「先生。私、昨日寝る間を惜しんで調べたんです」
「何を?」
「淫行について」
さすがの先生も頬が赤くなった。
女子高校生から「淫行」という言葉を聞いて、動揺している。
可愛い。「法律や条例、それから最高裁の判例にも当たりました」
「ほう……」
「私、高校生ですけど、もう十八歳になってます。だから未成年ではないので青少年保護育成条例の対象ではありません」
「ふむ。なるほど」
先生は少し感心したように腕組みをして頷いた。
これは少し脈があるのかもしれない。
ここが突破口か。
押せ、押せ。
先生の心をこじ開けろ。
「だから大丈夫なんです」
「何が?」
「先生が私とする同意のもとでの淫行は法律上何ら問題ありません」
「プラトニックな恋愛だって存在するぞ」
「お言葉ですが、私の辞書に淫行のない恋愛なんてありません」
「どんな辞書なんだよ」
先生は苦笑して、また眼鏡の位置を直す。
「だって、そうじゃないですか。せっかく付き合っても淫行しないんじゃ、私の体に興味がないんじゃないかって悩んで苦しんじゃいます。ありのままの姿を見せあうから相手への理解も深まるし、お互いに相手を気持ち良くしあうから絆も強くなると思うんです。適宜適切な淫行こそが充実した恋愛の鍵なんです。それが恋愛の醍醐味じゃないですか」
「淫行、淫行うるさいな。こんなところで誰かに聞かれたら、俺の立場がなくなるだろ」
「だって……」
「十八歳は成人だとしても、高校生である以上、教師と生徒間の不可侵な関係は厳然とそこにあるんだ。その立場を無視して付き合うなんてできない」
「先生……」
駄目か。
一瞬、いけるかと思ったけれど、甲本先生の壁は相当に厚い。
失恋の二文字が眼前に迫ってきて、背中が炙られるような焦燥感が生まれてきた。
「冬には受験だろ。俺のことは忘れて、しっかり勉強しろ」
「できません……。できませんよ、そんな……」
優香は溢れ出てきてしまった涙を手の甲で拭った。
書道室の中に沈黙が訪れた。
女子高生の涙を前にしてはさすがの先生も言葉がないのだろうか。
「困った奴だな」
先生はどこか諦めたような口ぶりだ。
「私、先生が……いな……いと駄目……なんです」
嗚咽が邪魔をして上手に喋れない。
「じゃあ、携帯の番号を教えろよ」
「へ?」
「卒業式の日に電話してやるよ。その時に、お前の気持ちをちゃんともう一度聞かせてくれ」
「え?」
「卒業式までまだ半年以上ある。その時でも気持ちが変わらないのなら、一時の迷いじゃないって認めるよ」
「えーっ!」
優香は口を両手で覆い、湧き上がる喜びで目を大きく開いたが、すぐに肩の力を抜いた。「あー。でも、半年以上もあるのかぁ。悶々として気が狂いそう」
「んな、大げさな」
「甲本先生。お願い」
優香は自分の顔の前で合掌した。
「何だ?」
「チュウして」
「はぁ?」
「ここでチュウしてくれたら、耐えられる」
優香は机に手を突き、目を閉じて先生に向かって唇を突き出した。
先生は「お前なぁ」と盛大にため息をついた。
しかし、優香は「ん。ん」と諦めずにキスを求める。
「お前にはこれをやる」
優香の唇には先生の唇ではなく、紙の感触があった。
墨のにおいが鼻腔を刺激する。
目を開くと、一枚の半紙。
「えっと、これ何て読むんだっけ?」
そこには美しい字でこう書いてあった。




