準備なんて出来る訳ないから全てを行き当たりばったりでやることに決めた
理不尽にもほどがある。
頬がじんじんする。
まさかビンタを食らうとは思わなかった。
ヒュースは胸元を押さえたまま壁を向いているし……。
えぇ、俺が悪いのか?
「あの、大丈夫ですか? カガミヤさん」
「リヒト、この頬にできたモミジは消せないのか?」
「…………消してはダメな気がするので、ごめんなさい」
なんでだよ。
俺がお願いしているというのに、なぜ治してくれない。
まだじんわり痛いんだぞ。
せめて跡はそのままでいいから、痛みだけでも消してくれ。
「今のは、なんとなくカガミヤも悪い気がするんだが」
「う、うん。私も……そう思う」
「なんでだよ。俺は倒れ込んできた皇子を支えてやっただけだぞ? その時にたまたま当たっただけじゃねぇか。しかも、こいつに膨らみがあるなんて誰が想像できる」
まったく……。
まぁいい。痛みも引いてきたし、本題に戻ろう。
しゃがみ込んでいる皇子を呼ぶと、涙目のままゆっくり振り向いた。
「お前、色々事情があるみたいだな。詳しく教えてもらえるか?」
「…………なにが聞きたい」
話す気はあるらしい。
「まず、お前のその格好は趣味なのか?」
「そんなわけないだろう」
ほぉ。
なるほど、無理やり男装させられているわけか。
それなら話は変わる。
「把握した。なら、俺はお前に協力してやる」
「え?」
王族の細かい事情は知らん。
だが、今の会話で大体察した。
こいつをアグリオス家の跡取りにするため、男として育てられた。
婚約はおそらく政略。
同性でも利害が一致すれば押し通すつもり――そんなところだろう。
「なぁ、アルカ。この世界では同性でも婚約できるのか?」
「制度上は認められてる。けど、周囲の目は賛否両論だな。だから公表しない人が多い」
「どこ情報だ?」
「色んな奴との世間話だ」
「なるほどな」
……だが、困ったな。
俺たちの立場で王に直接物申せば、最悪消される。
慎重にいくしかないが、時間もないんだよなぁ。
母親の事情もあるし、慎重にも限度がある。
「……ぬしは今、何のために何を考えている」
「九百万を手に入れるため、最短の解決方法を考えている」
「金が欲しいなら、今回はこちらまで来させた迷惑料として私が払おう」
「それはありがたく頂戴しよう。ちなみに、いくらだ?」
「「おい!!」」
アルカとリヒトの鋭いツッコミが飛ぶ。
だが俺の考えは変わらん。
金はもらう。
当然だ。
「んで、いくらだ?」
「そうだな。さすがに大金を動かすことはできないから、五十万程度だ」
「そうか。まぁ、五十万も俺はもらう」
「なら、あとでギルドを通して支払う。今日はもう帰って構わない」
「は? なに言ってんだてめぇ」
「? 金は払うと言っている。なら、ぬしがここにいる理由はないだろう」
三人が俺を見る。
いや、お前らなぁ。
俺がこいつの“迷惑料”だけで満足すると思うか?
馬鹿野郎。
俺は、もらえる金は全部もらう。
どんな状況でもだ。
しかも、今回の依頼は九百万だぞ。
九百万が五十万に変化して納得するわけないだろうが。
「九百万+五十万をもらう。そのために今回の依頼を、両者納得いく形で達成する。それまでは帰らん。これは揺るがない」
ヒュースは目を見開く。
リヒトとアルカは顔を見合わせて笑う。
なに笑っとるんじゃ。
「んじゃ、案内頼むぞ。ヒュース皇子」
背中を軽く押す。
俺たちは、依頼主の待つ城へ向かった。
※
街の中央へ近づくほど、城は威圧感を増していく。
白い外壁は傷一つない。
細部まで作り込まれた装飾。
正門には門番が二人。
巨大な木製の扉が閉ざされている。
「王族かぁ。勝てる気がしないな。諦めるか?」
「早速揺らいでるじゃねぇか。報酬はどうする?」
「アルカは俺の扱いが分かってきたな。行くぞ、俺の報酬のために」
まぁ、最悪この依頼は断ってもいい。
他で稼げる。
……だが。
ヒュースを見ると、俯いている。
怖いのか。
覚悟しているのか。
わからないが、放っておくのは後味が悪い。
「行くぞ。お前がいないとどこに行けばいいかわからん」
「……わかっている」
門番はヒュースを見るなり敬礼した。
「ヒュ、ヒュース皇子!? なぜ外に……」
「ぬしらには関係ない」
声色が変わる。
冷たい。鋭い。
「余計なことを口にするな。機密を漏らせば、この場に立てないと思え」
「りょ、了解しました……!」
門が上へと開く。
中へ入ると、門番たちが小声で話し出した。
「おかしいだろ。外に出すなと言われていたのに」
「部屋の鍵は外からしか開かないはずだぞ……」
なるほど。
監禁に近いな。
「もし俺たちが来なかったら、どうしてた?」
「逃げるなど負けを認めるようなものだ。途中まで従い、婚約の場であることないことを吹聴し、相手側から断らせるつもりだった」
「過激だな」
庭園を抜け、豪華な廊下を進む。
やがて、明らかに“格”の違う扉の前で止まった。
でかい。
重い。
絶対に王がいる。
入りたくない。
「中に入ってもいいか?」
「人の話を聞かない頑固な王だ。気をつけろ」
「了解」
炎の拳は出すな、俺。
感情的になっても、ダメだぞ。
会社に勤めていた自分を思い出せ、上司にむかついた時は頭の中だけで殺せ。
ヒュースが声をかける。
「父上。冒険者の方々がおいでです」
『……なに? ………………詳しい話は後だ。通せ』
戸惑っていたな。
ヒュースがこちらを見る。
準備はいいか、と無言で問う。
できてないが、まぁいい。
小さく頷く。
ヒュースが前を向き――大扉が、ゆっくりと開いた。
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