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第四十八話 月夜




 日課の鍛錬も終え、昼食後のゆったりとした時間が流れる中、ラッセルは愛剣の手入れの準備をしている。

 当初は魔力による強化しか出来なかったが、鍛練を積んだ結果最近は表面にシールド的なものを付与する事ができるようになった。

 そのため、刃こぼれなど起こす事も無くなっているが、結局ベースとなり力を受け止めるのは剣自身であり、その手入れを怠る事はできない。

 日差しが入るテラスの手前に作業台を置き、念のために光球を魔法で浮かべておく。

 光源の角度を調整し、まずは剣身のゆがみとサビを確認する。

 問題ないと判断したのでまずは古布で剣身を何度か拭ったが、古い油が少々残っており度数の高い蒸留酒をつけて取り去った。

 別の布に油をつけて、ゆっくりと指先に集中しながら挟んだ剣身を引いて油を均一に塗っていく。

 もう一度剣身を確認して、再度油を塗って最後に確認してお終いだ。

 投擲用のナイフに関しては鬼人族の職人が研ぎ上げて手入れをしてくれているし、軽鎧などの装備も懇願されたので任せている。

 ここの鬼人族達はドワーフなみの技術を持っており、火竜一族のお抱えである事を誇りにしている。

 その事が外界に知られているわけではないのだが、本人達はそんなことはどうでもいいとばかりに日々技術を研鑽して過ごす。

 手入れ道具をしまい、汚れてしまった手にクリーンをかけてテラスに出ていると、部屋の中から声がかかった。



『だんなさま、ちょっと出かけませんか? 今宵は良い月夜になりそうですよ?』



 言われてみれば、東の空低くには丸い月が昇っている。

 今はまだやや黄色みがかかっているが、中天にかかる頃には白金に輝く事だろう。



「フレアがいれば危険と言う事はないだろうけど、もう晩秋にさしかかりつつある...寒いんじゃないか?」


『ふふっ。結界も張れますし。お忘れですか? わたくしは火竜ですよ、暖める分にはどうとでもなります。』



 この人はしょうがないわねぇと言わんばかりにくすくすと笑いながらフレアが返すと、ラッセルは今更気がついたのか、はっとした顔をして続ける。



「それもそうか...でもカーラは昼寝してるんじゃ? あの子は力がある分だけ用がないときは寝てしまうだろう?」


『かもしれませんが、たまには二人きりで出かけたいのですよ。いいかげんに覚悟を決めて、わたくしにも乗ってくださいまし。いつもうらやましくて嫉妬を抑えるのが大変なんですから。カーラだって、こちらの顔色をいつもびくびくしながらうかがってるんです。』



 カーラとはラッセルがよく騎竜としている飛竜の一頭だ。

 桜色の体色を持つ珍しい個体でもあり、ゴールドとオレンジのオッドアイを持つ美しい飛竜である。

 人からしてみれば飛竜は畏怖の対象であるが、すでにラッセルとバイオレットは彼らにとって敬愛と服従の対象であり、二人から向けられる細やかな愛情がその事に拍車をかけている。

 二人に何事かあれば、火竜達から指示がなくともその場に全速力で駆けつけ、例えその身がどうなろうと全てを蹂躙するであろう。



「しょうがないか、支度するからちょっと待って。でも鞍は?」


『魔力具現で対処しますわ、ご心配なく。中庭でお待ちしてますわね。』



 フレアの退出を見送った後、ラッセルは冒険者服に着替え、愛剣を佩いた。

 その上から外套を羽織り、片手にゴーグルを持って中庭へと移動する。

 途中、会釈する鬼人族達へフレアと出かけてくる旨を伝えると、意味ありげな生暖かい笑顔で見送られた。



「承知いたしました、厨房へはシチューとパンの準備をしておく様に申し伝えておきますので、フレア様にもその旨お伝えくださいませ。転移でお取り寄せいただけますでしょう。」



 きょとんとした後、ラッセルは礼を言って回廊を進む。

 その口元には苦笑が浮かんでいた。

 だが、寒空のもと屋外で食べられる温かい食事もまたありがたいもの。

 時と場所が絶妙のスパイスとなることは想像に難くない。



「お待たせ。寒くなかったか?」



 その言葉に月を眺めていたフレアがこちらを向いた。

 穏やかに微笑んでいる。


『ありがとうございます。問題ございません、わたくしたちは人より遙かに強いのですからね? ふふっ。』


「そうか、いらぬ心配だった。」


『バカな事を言わないでください。だんなさまのその気づかいが嬉しいのですから。さ、ちょっと離れてくださいまし、竜化します。』



 その言葉に従い、回廊の際まで下がると、見届けたフレアが身体の前で手を組み青白き焔に包まれる。

 その焔がはじけ飛ぶと、身をかがめ翼で身体を包んでいるフレアが顕われた。

 その青みがかった白銀の姿態にラッセルが見とれていると、フレアがゆっくりとしなやかに翼を開き、もたげていた頭部を掲げ直す。

 周囲の暖められた空気が、翼によって巻き起こった風に乗ってラッセルの元へと届き、彼はゆっくりと妻の元へ歩み寄った。



「この姿もまた美しいな、フレアも義母上も。」


『もう。照れるではありませんか...さ、乗ってくださいだんなさま。』



 見上げながら近寄ってきた良人(おっと)を迎え入れるため、フレアは翼をたたんだ上でまた伏せるように身を沈めた。

 ラッセルがその首筋を撫でると、すこし首を上げて眼を細めながら視線で乗るように促す。

 ブーストで筋力を強化し、ラッセルが首の根元辺りに一息で飛び乗った。

 ちょっと前の彼であれば、フレアの腕を一度経由する必要があったであろうが、魔力操作鍛錬のおかげで人間業とは思えない機動ができるようになっている。

 だが、身体操作だけで見ればマスタークラスならばこの程度のブーストをできる者はいるので、本人はまだ鍛錬せねばと油断が無い。



『カーラとは違うので、もう少し後ろです。はい、その辺りで...Materialize 』


「さすが、ぴったりだ。」



 もぞもぞと動いているラッセルに対し、フレアが翼の位置を考えて座る場所を指示し、腰を落ち着けた彼に合わせて鞍と鐙を魔力で物質化させた。

 もちろん手綱などはない。飛竜であれば首の根元に首輪状の固定具を着けてそこに手綱をつなげるが、フレアとは念話で意思疎通ができるので方向を手綱で指示する必要はないからだ。



『Fixing。当たり前です、大事な旦那様を乗せるのですから。では、行きますよ...Unti-Gravity!』



 フレアは自らの身体に鞍を強固に固定し、重力制御魔法でその身を浮遊させた後、大きく翼をはためかせて飛び上がった。

 飛竜よりも一回り大きい身体に、さらに大きな翼面を持つ翼が生み出す揚力はとんでもない。

 今はまだ夜を迎えていないため上昇気流を使っているが、それがなくてもかなりの速度で高度を上げていく。

 ばさっばさっと羽ばたく度に、ラッセルの身体は下へ押しつけられるので、彼は身体強化をすることで対処した。

 身体を預けている鞍も、鞍と言うよりは現代のバケットシートに近い。

 飛竜の場合は騎竜戦闘を想定しているので、背もたれはないものとなるが、今は乗り心地重視の形状をフレアが選んでいる。



「(うぉっと! さすがに勢いがちがう。フレアはやっぱりすごいな。)」


『(飛ぶこと、この一点にかけてはお母様にも負けませんよ。でも、ウインドシールドの外に手足は出さないでくださいませ。)』


「(了解だ。)」



 ウインドシールドがあるとはいえ、それなりに風は身体に当たる。

 ラッセルはごそごそと首元からゴーグルを上げ、その目元を覆った。

 フレアは北北東へと飛ぶため、右手にはさらに高くなった月が見え、眼下には辺境伯領の集落が所々に見えている。

 現代とは違いその量はとても少ない、所々警備のための砦が見え、領都を少し離れた場所には収穫を終えた耕作地、山脈のそばには暗く黒い森が広がっている。

 彼は愛しい妻の背中で、しばし空中散歩を楽しんだ。







 ◇




「あれは...火竜...なのか? 体色が白いのだが...もしや噂の火竜公女か?」


「普通の火竜でさえ飛んでいるところを見るのも希ですから、我々は運が良かったのかもしれません。 逆に彼らに見つけられたら不運でしたが...さぁ、急ぎましょう。」


「ああ。クソ親父を幽閉してでも愚挙はおさえねばならん。例え我らが恨まれようと、先の世へ世代を続けるために。」



 街道沿いの森の中から、様子をうかがっていた者達がまた街道へと馬を乗りだし、走らせる。

 急いではいるが、不審に思われないよう馬の速度はやや早めという程度だ。

 伝馬宿で馬を換えながら夜を徹して移動するつもりの彼らだが幸いにも今宵は満月、夜目になれていれば整備された街道を移動する事はそう難しい事でもない。

 彼らが去った後で、闇からにじみ出て来るように隠蔽魔法を解いた鬼人族が現れた。



 "やはり隣国の者であったか...だが、次代は賢明なようであるな。"



 心中でつぶやいた後、リレーをする様に鬼人族達が念話を火竜城へとつなげていき、イグニスへと報告を上げる。






 ◇




 やがて隣国との境にある、ひときわ高い山へとフレアはたどり着いた。

 さほど時間がかかっているわけでもないのだが、ラッセルへの負担も考えいくつかあるお気に入りの場所からここを選んだ。

 山頂近くの絶壁の途中、庇のようにせり出した岩場があり、彼女はそこへ身を寄せると告げた。



『だんなさま、ここにしましょう。正面に月も見えますしいい景色でしょう?』


「すごいな...ここからだとフラム領とカーマイン領の平原がよく見渡せる。」



『でしょう? わたくしたちが生まれ育った地がどれほど美しいかよくわかります。』



 日が少し傾きはじめ、光の中に茜色が混じる中、人化したフレアがそっとその身をラッセルの外套の中へ滑り込ませる。

 組んでいた腕をほどいたラッセルがその細い腰を引き寄せ、フレアはその身より熱を発して冷えたラッセルの身体を暖めはじめる。



「ありがとう。フレアは暖かいな。」


『この身はだんなさまのためにありますもの。できることはなんだっていたしますわ。』



 彼女は正面を向いていた身体を、ラッセルに正対する向きに変えて抱きつき直した。

 ラッセルが愛おしそうにその髪を撫でると、その胸に頬を寄せてうっとりしている。



「フレア? 簡易テーブルと椅子を出そう。立ったままではちょっとな。」


『それもそうですわね。温かい飲み物も取り寄せますわ。』



 言うが早いか、ラッセルが遠見水晶を懐から出すと、フレアがのぞき込みながら城より組み立て式のガーデンテーブルとチェアを転移させる。

 側にあったバスケットも一緒だ。



『さすがレティね。身体を温めるジンジャー入りのクッキーとお茶だわ。』



 ラッセルは手慣れた様子でガーデンチェアを組み立て、チェアも広げて双方にカバーを掛ける。

 チェアは狙い澄ましたかのように二人がけで、城の鬼人族使用人達の生ぬるい笑顔が見える様だ。

 チェアにクッションを置き、二人並んで腰掛ける。

 ラッセルの外套は背もたれにかけ、大判のブランケットの中に二人で入った。



『結界は張ってありますが、地面は冷えていますからね。』



 何やらフレアが言い訳をしているが、今更だ。

 だが正直結界はありがたいとラッセルは思う。

 山頂近くであれば、無論気温も低いし吹き付ける風も強く冷たいものとなる。

 それらを気にせずに穏やかな一時を過ごせているのだから。

 ふと見ると、フレアがティーポットを両手で握り、中身を温めている。



『えへ、ちょっとぬるくなっていましたので。あ、ありがとうございますだんなさま。』



 また頭を撫でていると、フレアから礼を言われてしまう、お礼を言うのはこちらなのにな、と思いつつクッキーを一つ取りフレアの口元に差し出す。



『これは! 伝説のあーんですね!? うれひいです...』



 フレアは迷わずクッキーを口にすると、もごもごしながら礼を言った。

 その顔は夕日に負けず劣らず真っ赤になっている。



 やがて静々と太陽は西の山塊に身を隠していく。

 平地であればあっという間に暗くなるであろうが、ここは山頂近くでありほんの少しだけではあるが日の光は長く残る。

 それでもほどなくマジックアワーも終わり闇に包まれた。

 現代の様に街や道の光が広がるわけでもなく、所々に集落があるのかな? レベルで明るい場所がある。

 街道すじにもいくつか露営地の焚き火であろう明かりが見えるが、領都を少し離れた場所は暗く黒い闇が広がっている。


 二人は飲み物をホットワインに切り替え、これまた転移させてきたシチューとパンをフレアが温めてゆっくりと夕食をとる。



『帰りはまとめて転移しますわ。夜の空は危険ですので、だんなさまに何かあったら大変ですもの。』


「うん...」



 足下はやや寒いが、満腹感とブランケットの中で感じるフレアのぬくもりで、ラッセルがすこし微睡みはじめた。

 顔にも熱がのぼり、耳がやや熱い。

 フレアはいつの間にかその隙を突いてラッセルの膝の上に身を滑らせ、胸元にこてんと頭をもたげている。



『だんなさま? 聞きたい事があるのですけれど?』


「うん...?」



 うつつの中でラッセルが生返事を返すと、フレアはチャンスとばかりに口角をあげる。



『いやといっても自白魔法で聞き出しますけどね?ウフフ』



 上目遣いにラッセルの顔を見上げるその表情は、イグニスを彷彿させるしたり顔だった。
















 ◇




『レティーっ!!』


「み゛ゃっ゛っ!? なんですか藪から棒にっ! 指刺しちゃったじゃない!!」


『うるさいわねっ! そんなものすぐ治してあげるわよ、ほら。』


「で、なんなんですかいきなり怒鳴り込んできて。」


『そんなことより教えなさいよっ!!』


「はぁ...わたし読心術者じゃないんですから、なんのことか言われないと答えようがないでしょうに。ほら、冷めてるけどお茶飲んで落ち着きなさい、まったく。」


『それで! だんなさまから聞いたのよ!』


「だから、何をですか。」


『だんなさまの初めての相手はレティだってこと!』


「ぶふーぅっっ!? げほっごほっ!」


『で? どうだった? どうだったの?? ねぇ??? 痛かった? それとも気持ちよかった? だんなさま上手だった?』


「ケホケホケホ...何かと思えばそんな恥ずかしいこと聞いてくるなんて。あなたにはデリカシーってものがないんですか? もう。」


『いいじゃないの。後学のために教えなさいよ。』


「ラスティも余計な事を。 それよりも、あなたは怒ったりしないの? 先を越されてるのよ?」


『バカねぇ? 私たちが出会う前のことでしょ? それに、人の貴族に閨教育があることくらい知ってるわよ。男子は実践があることもね。』


『おっと、ここから先はわらわも参加させてもらおう。詳しく聞かせてくれ。さ、早う。』


「こんっの! スケベ竜どもがーっっっ!! 出てけーっっっっっっ!!!!!」







時間かかった...

はい、レティはある意味思いを遂げていたことの暴露回でした。

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