第四十七話 再びのギルド そしてお約束
ギルドの応接室、遅れて入ってきたギルドマスターがラッセルと向かい合わせて腰掛ける。
どちらも口元に笑みをたたえ、醸す気配も穏やかなものだ。
ラッセルはつつがなく祭りを終え王族二人をもてなせたこと、ギルドマスターはそこにプラスして、屋台や警備依頼による収入に対して満足していた。
祭りの警護程度であれば、駆け出しでも配置できる場所はある、まだ防壁外へ出て行くにはあやしい力量の者でも連絡係や運搬など、今日の寝食をなんとかまかなえるくらいの日当はもらえるのだ。
ギルドに登録していれば売れ残った料理なども分けてもらえるし、これから冬に向けてギリギリまで節約したい者達にとっては、なんともありがたい話である。
ついでに言うなら、この世界に魔族というものは存在しない。
かつてはいたらしいのだが、あまりにも目に余ったために当時の竜達によって殲滅された。
目こぼしを受けた一部の理性的な魔族は細々と生き残っていたらしいが、永の年月により種としての維持が難しくなり、大陸では結局途絶えたらしい。
その拠点が今はダンジョンとして残ってはいるが、せいぜい魔獣のすみかとなっている程度でいわゆるドロップ品が落ちてくる様なものでもない。
「豊穣祭では、色々とありがとうございました。大変助かりました。父に代わりお礼申し上げます。」
「おう。こちらこそありがとよ。今年は色々と楽しかったぜ。奥方様も無事にこの領へ受け入れられた様だしな。」
深々と頭を下げた領主の息子に対し、手をパンっと軽く叩いて指を組みながらギルドマスターもまた礼を述べた。
「はい。おかげさまで。大変喜んでました。」
興味深そうに祭りの様子を眺めながらあれやこれやと質問してくるフレアに苦笑したり、たどたどしいながらも一生懸命挨拶する子供達と手をつないで踊ったりしている彼女を思い出す。
子供達と遊んでいる姿に、母フレイアの姿を重ねて、少ししんみりしてしまった。
「で、今日はどうしたんだ? 特に何もないはずなんだが? ここのとこ魔獣も大人しいもんだし。」
「今日の用件、実はそれについてです。」
「ほう? どういうこった?」
ギルドマスターは膝を組み、やや前のめりになった。
魔獣が人の都合など気にするわけが無い、何頭かは目の前の青年が狩ったとは言え、そんなものはいつもの事だ。
「実は、自分がここにいる時には、隠蔽魔法をかけられたワイバーンが護衛についてます。」
「ぶっ!? お前そいつぁ...ああ、それで魔獣が大人しいのか。」
ギルドマスターはその言葉に深く納得した。
魔獣は人相手には襲ってくるが、摂理として自らより強大な魔獣には刃向かわない。
その相手に殺気が無ければ近くに寄ってくる事もあるが、本能的にそこそこの距離は取る。
ましてワイバーン相手となれば、領都周辺の魔獣などただのエサにすぎないし、そうなれば三十八景逃げるにしかずだ。
そしてラッセルは一頭だけの護衛だと思っているが、実際には四方に配置され、計五頭のワイバーンが領都周辺にいる。
一頭は上空で警戒し、その他の四頭は地に下りてにらみをきかせる役割を担う。
時々上空警戒を交代し、それでも疲労がたまれば火竜の里から交代要員が飛んでくるので警戒網が途切れることはない。
「そういうことです。今は警戒して近寄ってこないはずですが、我々がこの地を離れるとその反動で押し寄せてきかねません。」
「つまり魔獣への警戒を怠るなってことだな?」
幸いにも、遠方へ行く必要がある依頼は出ていなかったはずだ。
まずはランクが高い冒険者達を依頼対処兼斥候に出すか、とギルドマスターは考えを定めた。
あとは、一般の狩人や郊外耕作地で仕事をする農業従事者達への注意喚起と周辺の護衛も手配する。
「はい。後片付けが終わるまでは領主館にいますが、また修行のために火竜の里へ戻ります。」
ギルドマスターがガクッと頭を落とし、次いで大きなため息を盛大にはき、ヒザをパンっと強く叩く。
「お前なぁ、それ以上強くなってどうするんだよ! すでに本部では、お前を白金等級へ昇格することを決めたぞ?」
「そんな実績上げてないですよ!」
顔だけをガバッと上げて語気荒く告げられた事に、ラッセルもまた慌てて身を乗り出しつつ言葉を返す。
等級とは依頼を地道に積み上げていくか、各種討伐で目立った功績を残さねば上がらない。
先日銀等級に上がったばかりなのに、いきなり二階級かつ最上位など冗談ではない。
「バカ言え、無傷とは言わないまでも純粋な肉体勝負で大型魔獣を仕留められる男が、火魔法まで修めちまったんだ。そこらの連中が相手になるかっての。細かい事が決まってからになるが、親父殿から連絡してもらうんでまた来い。」
「はぁ...」
納得はいかないながらも、ラッセルは不承不承うなずいた。
ギルドマスターが安心させるよう話しを続けるが、からかうように眼が細くなっている。
「一般的な縛り...そうさな、強制参加の依頼とかは特例で除外されるはずだ、誰も火竜を敵に回す気はないからな。 名誉職とでも思っとけ。 さぁ、下でダチが待ってるぞ、酒場に繰り出すんだろう?お前さんの奢りでよ。」
「わかりましたよ。 あ、クリステイア王女から美味しいハープティーをありがとうございましたと、彼女へ伝言を頼まれています。相当気に入ったようですよ。」
「ほぅ? だがあいつに聞かせたら、卒倒するぞ? 生粋の平民気質だからな。」
二人が顔を見合わせて、人が悪そうに笑った。
ラッセルは席を立ち、ギルドマスターは指示を出すべく執務室へ戻る。
早急に斥候へ出す人員を選定しなければならない。
一番良いのはラッセル本人だが、もれなくワイバーンがついてきては意味が無い。
人格・度胸・技術に優れる者はそう沢山おらず、どうしたものかとデスクに着きながら常備してある飴玉をいくつか口の中へと放り込んだ。
薄荷の清涼感が口の中へ広がり、さてとばかりにギルドからの特別依頼を指名する相手の選定に入った。
◇
「あら~? あんがいはやかったですねぇ?」
「まあ、伝言でも済む話しだったしね。」
階段を下りてきたラッセルへと、受付嬢から声がかかった。
彼もまた気軽に返答したが、詳細とまでなると、やはり伝言では済まなかっただろう。
その他に二言三言交わしていると、背後から別の声がかかる。
「ほんじゃ飲みに行くか、約束通りお前のおごりでな?」
「覚えてやがったか。」
言葉とは違い、表情は晴れやかに笑っている。
廃嫡されたその日に交わした約束を果たす日が来た、ただそれだけで月日もそうたっていないのだが、怒濤の日々だった。
フレアもバイオレットも今日は同行していない、たまには男同士仲間同士で遊びたい事もあるでしょうと送り出された。
美女二人との邂逅を楽しみにしていた者達には申し訳ないが、彼女らはラッセル以外の男などはどうでもいいのだ。
「当たり前だっての。タダ酒の機会をそうそう逃してたまるかよ。先に行った連中ができあがってなければいいけどな。さぁいくぞいくぞ。」
「ずいぶんと景気のいい話をしてるじゃねぇか? 若いの。」
背中を押しつ押されつしていた二人に、入り口近くにいた二人組から声がかかった。
体格の良い男はテーブルの上に投げ出していた足をドンっと音を立てて下ろすと、ゆっくりと迫力を見せつける様に立ち上がる。
もう一人の痩せぎすの男は、にやついた笑みを浮かべながら爪をナイフで整えている。
爪じゃなくて相方のむさいヒゲでも剃ってやりゃあいいのによ、と思いながら無視するよりはいいかと返答する。
「あ? お前さん見かけない顔だな? 最近流れてきたくちかい?」
「だったらどうだってんだ? あぁ?」
お約束だなと思っていると、二人組の背後にいる顔見知りが口角を上げつつ右親指を立てている。
このギルドの構成員は、次に起こる事がわかっている。
というより想像できない方がおかしい。
「ここでこいつに絡むのがどれだけ無謀か知らないのはそうなんだろうなと思っただけさ。」
「なんだと? この野郎!」
はたして勢い込んだヒゲ面が数歩進んできた。
心中 "かかったな単細胞め" と面白がりつつ半身になり一歩引く、ラッセルとヒゲ面との間から撤退した。
「おおっと。 ラッセル~ 久しぶりにアレやってくれや。」
「今のレベルでやるのは気が進まないんだが...」
まだ足りなかったのか、友は煽りにかかっている。
ラッセルとしてはこの先の展開が見えているだけに、テンションだだ下がりだ。
「ごちゃごちゃうるせぇよこの野郎! なんだかしらねぇがやれるもんならやってみろい!!」
「はぁ...しょうがない。 小便は済ませたか?」
煽りに素直に応じて、頭に血が上ったヒゲ面がドシンと足を一歩踏み出した。
脅しのつもりの震脚なのだろう、だが二人は飄々としたものだ。
「おーい! ラッセルがアレやるぞ! 知ってるヤツは離れとけー よっしゃ!やっちまえ!」
その言葉を皮切りに、ヒゲ面が突進してくる。
ラッセルはひょいっと身体を回してかわした、この程度の相手なら目をつぶっていても対応できる。
すると、突然ついっと、身体半分位置をずらした。
「てめぇ! 生意気に避けてんじゃねぇ!」
この言葉には二つの意味が含まれる。
ヒゲ面自身の伸ばした腕、そしてにやけ面がタイミングを見計らって投げた太めの針、双方を苦も無くラッセルはかわした。
「そりゃ避けるだろうよ。 何言ってんだお前? バカじゃねぇのか?」
友の言葉を聞きながら、テーブルの間を縫うように移動する、その攻防が三回ほど続くと、位置取りとこちら側のタイミングが整う。
ラッセルがすいっと息を吸い、数秒後ドサっと重いものが崩れ落ちる音がした、少し濡れた音が混じっている。
「ほらみろ。あっさり白目むいてるじゃねぇか。 しかもヨダレ失禁脱糞のトリプルコンボかよ。 おい!そこの腰抜かしたにやけ面! ちゃんと掃除して連れ帰れよ! クリーンかけられるヤツ! もし頼まれたらちゃんと金とれよー」
ラッセルは、ヒゲ面をスイングドアの前に来るように誘導した上で斬撃の殺意を相手に向けて飛ばした。
指さしながらまずは右腕、次いで左腕、両足まとめて、最後に頸と意識の上では都合四回斬られたことになる。
にやけ面は喉元を貫く殺気を当てられて、数瞬心臓が止まった。
彼らとてひとかどの冒険者ではある、だからこそ当てられた殺気を感じ取れたし、どうあがいても逃げられない事を理解した、させられてしまった。
これが一般人なら、逆に物理で喉元に剣を突きつけられているか、制圧され屋外に放り出されていただろう、逆に言えば運が良かったとも言える。
もっとも、これだけの恥をかかされた事に対して運が良いと思えればだが。
「ちょっと強かったか...」
「いいじゃねぇか。実力差もわからずにケンカ売ったのはあっちだ。殺気当てられただけで済んだのを幸運と思わにゃな。」
「あいつらがどこかの回し者の可能性は...」
「あるかもしれねぇが、んなことはギルマスにまかせとけよ。今頃は隠密系の奴らがなんかやってるだろうさ。おーい!ラッセル連れてきたぞ!」
ギルドを立ち去った二人は、会話しつつ隣の通りにある酒場へとやってきた。
もうすでに騒がしい笑い声が外へと漏れている。
アルコールのにおいと、食欲をそそる料理の香りもいっしょだ。
樽ジョッキを打ちつける鈍い音もあちこちで響いている。
「おーっ!! こっちだこっち! つーか、顔見知りでもう満席貸し切りだ! さぁ! 婚約祝いもかねて飲ろうじゃねぇか! ラッセル!!」
一人から声がかかり、気づいた客達から歓声が上がる。
カウンター近くのテーブルの一つは席が空けてあり、呼ばれた二人は遠慮なくそこへ腰掛ける。
「よっしゃ! たいしょーう! バイオレットちゃん考案の串肉くれやー!」
「やれやれ。まぁ確かに酒に合うからな。ああそれ、串抜いてならべてから目玉焼き乗っけても旨いぞ。黄身は半熟がいいんで、焼く前にクリーン忘れずにな。」
「おおー さすがは旦那だな。よく知ってやがる。ケケケ」
からかう友人に、ジト眼をラッセルは返した。
こいつのこんなからかいは慣れっこだ、蔑む響きはなく、いつもからっとした物言いなので、怒りにまかせた事はない。
なので、こちらも軽く返す。
「その口ん中に唐辛子放り込んでやろうか?」
フォークで添えられている青唐辛子を刺し、目の前に突きつけた。
「うっひゃーおっかねぇ。くわばらくわばら。」
そう言いながら、彼は青唐辛子を引き抜き、チョップボードで器用に刻みはじめた。
それをソースに混ぜ、これから出てくる焼き物と定番のソーセージに備える。
乾燥した赤唐辛子と、生の青唐辛子のどちらを使うかは好み次第だ、もちろんバイオレットが調整したものであれば完璧に合わせたものになるであろうが、酒場では自分たちで調整させる方が良い。辛さの耐性と好みには個人差が多く出るものだ。
二人の目の前に、ドンッと樽ジョッキのビールが置かれた。
「はいよ! まずはビールだな。 ラッセルが旨いって言ってたからピルスナー冷やしてみたぜ!」
「おっ、大将早速実践してるのか、やるねぇ!」
「よっしゃ! 主役の酒も届いたな! じゃあみんなあらためて乾杯だ!!」
その言葉を合図に、酒場の内外へ地鳴りのように乾杯の声が響き渡った。
◇
『レティ? ほんとに行かなくてよかったの?』
「ラスティだって気が置けない仲間と楽しみたいこともあるでしょ? 変な事にはならないから大丈夫ですよ。」
『まぁそれはそうでしょうけど。フェルドもいそいそと準備して出かけたみたいだしね。』
「今は良いですけど、もしクリステイア様との話が進んだら控えさせないといけませんね。また気苦労が増えるわ。」
『こっちの影もつけてあるし大丈夫でしょ。 あんまり悩むとお肌に悪いわよ~』
「う゛ そうなったらラスティにお薬作ってもらいます。」
お付き合いいただきありがとうございました。




