第四十六話 王家大困惑
ラッセル達が転移にて帰領したあとの王宮、王族のプライベートゾーンにある一室。
内向きの部屋には絢爛豪華な調度品などなく、どちらかと言うと執務室に近い装飾が施されている、なんとも質実剛健あるいは質素倹約を旨とする家らしい。
だが、飾りが少ないというだけであり、調度品としては職人が最高の技術と敬意を払って作り上げた逸品だ。
絨毯は汚れが目立たないように濃いめのグレーを基調として織られたのものを使っており、ソファはしっかりと身体を保持し沈み込みすぎによる腰痛なども起こらない固さに調整されている。
そのソファに身を沈め、王とその第二王子が顔をつきあわせていた。
茶をサーブすると侍従達は退出していき、それを見届けると防音の魔道具で室内外を遮音した。
一口飲んで口をしめらせると、ややクマができたギュンター王がおもむろに口を開く。
「5日間、さぞやお前達も疲れただろう、ご苦労だった。首尾を聞かせてくれ。」
その言葉に、数々の驚きはあったが、疲れたかというとそうでもないな、むしろ楽しかったのではないかと思いながら、ギュスターヴも口を開く。
「いやはや、どこから説明すればいいものかと言う感じですが。頭痛と胃痛の種が増えますよ? 父上。」
「それは勘弁願いたいものなのだがな...無理なのであろう? まあよい、話せ。」
少々口元をゆがめている父に対し、少し顔を伏せて苦笑した。
脳裏にはカーマイン領での出来事が雑多に浮かんでいる。
インパクトが大きい事から話すべきかどうかと考えながら、思い直す。
ここは交渉の場ではない、駆け引きやレトリックは無用だったと。
「時系列でお話ししますが...幸いにも大きな事にはなりませんでしたが、クリステイアに呪詛がかけられていた事が判明しました。ですが、発見したフレア様がその場で打ち払ってくださいました。」
妹の状態異常を一目で見抜き、あまつさえなんの媒体も使わずにその場で打ち払い、術者へ報いを与えたあの御業。
友ラッセルも状態異常は見抜いていたので聞いてみたが、魔力の揺らぎと色に違いがあると言う事だがさっぱりわからなかった。
かなり巧妙で竜気がないとどうしようもないらしいので、そんなものだとため息と共に諦めている。
「呪詛だと!? 防御魔法は効いていなかったのか?」
「あるいはこちら、宮廷魔法師を上回る術者だったのかもしれません。ラッセルとフレア様によれば魅了の類いだった様です。」
「クリステイアを籠絡して利用しようとした輩がいると言う事か。またやっかいな。心当たりがありすぎるぞ。」
口元に手を当てて考え込む父に、同じ事を自分も言ったなと思い返しながら、悪い顔をして続ける。
報復するとなれば苛烈な竜の事、白痴同然と言っていたがそんなもので済んでいるとは思えない。
そしてお抱え魔法師に何かあったなどと、黒幕が言えるはずもないのだ。
「術者には報いを与えたとの事ですから、なんらかの動きがあればその家が首謀者でしょう。眼を放っていた術者はラッセルが潰してくれました。会場にいた者達は証拠がありませんので、侯爵が祭りの間監禁してくれております。今頃は解放されている事でしょう。」
「これで懲りたり...はしないであろうな。また涌いて出てくるか。」
「でしょうね。ちなみに、私にはかかっていなかった様です。」
男系は力があるのでかけられなかったのか、それとも女子の方が籠絡しやすいと思ってか、おそらく後者だろう。
ついでに言うなら、この様な企みをするような輩だ、妹に対して下劣な考えを持っていたのかもしれない。
友とその婦人のおかげでそんな輩の毒牙にかからずに済んだのだ。
また、タイミングも良かった、来年のデビュタントのタイミングを控え、婚約者の選定に入るかどうかと言う瀬戸際だった。
結果、妹には申し分ない相手が見つかった。
「そうか、気をつけねばな。他国の間者はどうだったのだ?」
「おそらくは監禁されていた者達の中にいたかと。火竜の里に近い辺境伯領にも相当潜り込んでいるみたいです。そこは次期辺境伯がにらみをきかせております。」
「あの一族の直感は侮れないからな...まかせておくとしよう。」
「あとは...ラッセルの強さを目の当たりにしました。はっきり言ってあれは異常です。彼が我が友であったことを神に感謝しましたよ。」
「闘技会に乱入した魔獣討伐の件は聞いているが、それほどか。」
「はい。護衛隊長の剣ですら身体にかすらせもせず、流れるように二撃で戦闘不能に追い込みました。模擬剣でなければ、最初の一撃で両腕を切り飛ばされて終わりです。」
その場にいて直接見ていたわけではないのだが、記録水晶の映像を見せてもらった感想だ。
家令のセドリックには体術を見てもらった事がある、その彼ですらもう手も足も出ないのだという。
"攻撃に遷る気配が読めないのですよ、気がついたら喰らっているか、その直前でダメージを減らすのが精一杯です。"
体術ではこの国随一と言われる彼ですらそんな有様なのだ、しかも魔法戦となったら殲滅戦最強とされる火属性だ。
ついでにいうなら傍らに仕えるバイオレット嬢...彼女は火と相性が抜群の風属性。
荒れ地で見せてもらったが、火炎旋風などと言う二人の複合魔法は万単位の軍を相手取ることも出来るだろう。
しかもその背後にはワイバーン達がいて、あの二人は敬愛と服従の対象なのだ、敵対したらこの国は滅亡するしかない。
「お前...それは騎士団長に言うなよ? 嬉々としてカーマイン領に乗り込むぞ。」
「結局返り討ちに遭うだけですよ。1対1ならこの国の誰もあいつにはかなわないでしょう。あと、護衛隊は全員その場で修行を申し出てきましたので了承しました。侯爵領への滞在費は私の私財から出します。」
「む。帰還したら追従する者が出てきそうだな。結局はその時点で騎士団長にバレるか、仕方ない。」
目の前の父が、苦虫をかみつぶしたような顔をした。
脳筋でありながら、こと戦略にかけては抜群の才能を見せる騎士団長だが、彼の相手にもならないだろう。
好敵手がいなくて久しい団長だから、絶好の修行の機会だと捉えるに違いない。
「クリステイアの件は、あとで本人を呼んでからにいたしましょう。預かっているものは晩餐で出しますが、バイオレット嬢の手になる新しい料理も絶品でしたよ。国賓を迎える時の晩餐を任せたいほどでした。」
「それほどか?」
「それほどです。まちがいなくラッセル同様にこの国の最高峰でしょう。しかもどこにでもあるありふれた材料を使い、下ごしらえと調理技術だけであの味です。特に今回の祭りで新しく供されたものは半端に出た肉や野菜すら有効活用できる代物でした。」
今まで棄てるしかなかったものを有効利用できるのは大きい。
カーマイン領はスラムがないと言っても良いくらいだが、どうしても貧富の差は出てくる。
そういった者達でも気軽に食せる食べ物がある、これでまたカーマイン領の結束が固くなるのは間違いないだろう。
そもそも、あの北の地でありながら凍死者も餓死者もほとんどいないのだ。
薪や燃料が必要な煮炊きは豊富な温泉の蒸気で代替する事が可能だし、誰でも無料で使う事が出来る。
その設備の維持は富裕層が義務として行い、そしてそれは領都の孤児達や寡婦を積極的に雇うことで救済とも繋がっている。
「キャティ伯爵から、養子に迎えるとの申請が出ていたが、これは?」
「彼女を不埒者から守護するためです。彼女が平民籍であれば四の五の言う者達が出てきましょう、その対策です。最も、伯によれば今回の騒動が起きる前からそのつもりだった様ですが。」
あのキャティ伯爵子息の懐き様を見たら、一目瞭然だろう。
まだ幼いとのことで連れてきていなかったが、妹の方もかなりの懐き様だと聞く。
かの一族の者でも、見目麗しく才女の彼女を娶りたいと思う者は少なくはなく、今回の事で落胆した者がかなりの数に上ったとか。
「あの家も情に厚いからな。まして幼少の頃から目をかけていたと聞く。特に問題も無いから許可を出そう。」
「ありがとうございます。ラッセルたちに成り代わり、感謝を。」
「して、その左手のブレスレットはなんなのだ? 見た事も無い意匠だが。」
今まで見かけた事がないアクセサリーへ目をとめ、問いかける。
一見落ち着いた感じに見えるがもよくよく目をこらしてみると、目立ちにくく細やかに意匠が掘られている。
魔法銀をベースに、なにやらいくつかの金属の複合体の様だが、宝石の類いはあしらわれていない。
だが、なんとも形容しがたい気配を感じてしょうがない。
ギュスターヴが左手を軽く挙げてよく見えるようにする。
「炎竜イグニス様よりいただきました。」
「なに!? お会いしたのか! どんなお方だった?」
咳き込んだ後、身を乗り出してきた父を、ギュスターヴは手を上げて制した。
血圧が上がらなければいいのだがと思いつつ、ラッセルの薬にその手のものはないのだろうかと、ふと気づいた。
さすがに玉座についてからは運動量も落ちている父にも、そろそろ不調の波が押し寄せてくる頃だ。
「落ち着いてください父上。端的に言えば絶世の美女です。フレア様は白竜といってもいいでしょうが、イグニス様はまさに火竜そのもの、あの髪色も威厳も言葉にて表せるものではございません。この国では見た事も無い、身体にフィットしたドレスを着ておいででしたが、それが全く嫌みにならない姿態の持ち主です。もし竜で無かったらあの方を巡って傾国の闘いが起こるのは必定。」
歩く度に揺れる母性と、くびれた腰に薄い布地を押し上げる臀部、眼のやり場に困ったものだ。
仕方なく足下を見たら、深く入ったスリットからのぞく艶めかしい脚が視界に飛び込んでくる。
あれはある意味破壊兵器だ...
「はぁ...王族で拝謁できた事があるのがお前達だけと言う事は、また政争が起きるぞ。王太子はもう決まっているというのに頭が痛いことだ。」
「私もクリステイアも玉座など興味が無いのですが。」
「まわりはそんなこと知った事ではないのであろうよ。バカバカしい。」
愚者は他人の意見などまともに聞かないから愚者なのだ。
かつてそう言い放った教師がいたが、その者も融通が利かず辞めていった。
自分の言う事だけが正しいと思う彼もまた愚者の一人だと言う事であろう。
「話を戻しましょう。このブレスレットには、命の危険が迫った時に発動する反射魔法が付与されております。発動は1回限りとの事ですが、ラッセルとバーミリオン嬢の友であると言う事でクリステイアと共にいただきました。」
「...つまり、お前達まで竜の加護を得たと言う事か? まったくどこまで引っかき回せば気が済むのだ、あの方は。」
美しいながらも、あのいたずらが成功したと言わんばかりの楽しそうなイグニスの顔を、ギュスターヴは思い出していた。
現れた時の凄絶なまでの妖艶な顔、すましている時のただ美しさの権化のような顔、そしてバーミリオンを抱き留めた時の慈母のような笑顔。
そういえばバーミリオンを抱き留めた際、たわわな胸がむにゅんとつぶれて広がったな...と思い出してあわてて頭を振った。
どうやら父はその動きを肯定と受け取ったらしい、納得した顔をしている。
「お気持ちはわかります。 さて、クリステイアを呼びましょう。」
「ああ。まだ何かありそうだな、勘弁して欲しいぞ。」
「悪い話ではないのですが、胃痛と頭痛の種は増えますよ。」
「な ん だ と ぉ?」
父王は両手で顔を押さえながら、ドサッと背もたれに身を投げ出した。
◇
カーマイン領から戻った王女は、重いドレスを多少は軽いものに着替えるために一度私室へ向かっている。
町娘服は1日ごとに着替えたので三着ある。見た目は普通であるが、生地は一級品を使って仕立てた品。
サイズを事前に教えてもらい、鬼人族メイドのお針子隊総動員で作り上げたものである。
本当はこの気に入ってもらってきた町娘服を着たいのだが、まだ父親へ報告する必要もあるので、失礼にならない程度の軽いものへ着替えてきた。
入室の許可を得ると、彼女は少し軽い足取りで家族の前へ立った。
「お父様、お呼びとうかがいましたが。」
「すまぬな。ギュスターヴから、そなたに関わる話しについては同席させた方がよかろうとの事でな。まあ座るが良い。」
「はい。わたくしとしてもちょうどよき機会かと。」
ギュスターヴは横手へと移動しており、クリステイアは父の正面へと腰掛ける。
顔を上げ向かい合ったタイミングで、父から声がかかる。
「まずは、フレア様がそなたにかかっていた呪詛を払ってくれたらしいが、その後問題は無いか? 体調や精神的に不安定などだな。」
「ございません。あの瞬間まで意識していなかったのですが、フレア様が払ってくれてからはもやが晴れてすっきりした様な感じです。」
「そうか。一人の親として礼状を出さねばならぬな。」
「お願いいたします。」
軽く一礼したあと、破顔して笑う。
父はその笑顔を見て、肩の力がずいぶんと抜けたな、と安心した。
王女であろうと努めるのは良いが、気を張り詰めすぎてはやがて切れて壊れてしまう。
自分たちは王族であるが、一人の親として娘にはそんな思いをして欲しくなかった。
彼の地へ行き、おおらかな雰囲気の中で同世代の友人を得た事が良い方へ転んでくれたかと安堵した。
「そのブレスレットの件も聞いた。ずいぶん大事そうにさわっているな? そこまでか?」
「父上、違うのですよ。クリス? はっきりとお前から申し上げなさい。」
先ほどから娘がそっと触れたり離したりを繰り替えすのを見ていた父が問う。
兄は口元は苦笑しながらも、目元は優しくなりながら助け船を出した。
妹の気持ちはもう揺るがないだろう、兄として幸せになって欲しい。
はたして、彼女は姿勢を正した。
「にいさま...はい、かしこまりました。お父様」
「うむ。申してみよ。」
「はい...わたくしはカーマイン家に嫁ぎとうございます。」
「・・・・・・・なに?」
父がぎょっとして顔を上げ、やや身を乗り出した。
真剣な眼をした娘は矢継ぎ早に嘆願の言葉を続ける。
「年の差はございますが、カーマイン家に嫁ぎたいのです。そのためにはわたくしも武術を修める必要がございます。」
「待て待て待て待て待て! カーマイン候は文字通り親子の年齢差! ましてや亡き妻フレイア殿ひとすじの男なのだぞ!」
目をむいた父があわてて言葉を遮るのを見て、曲解したことを正すべく、やや強めの口調でギュスターヴが告げた。
「父上、変な勘違いはおやめください。クリステイアは嫡男フェルド殿の伴侶となる事を望んでいるのです。」
「そそそそうか、すまぬな。たしかかの者に婚約者はいなかったはず、年齢も...」
「5歳違いです。それくらいならばなんの問題もございませんでしょう。幸いにも実の兄フラム家のヴォルク殿やフレア様たちが賛成しておられます。当のフェルド殿はまだ自覚がないようですがね。」
一度どさっと背もたれに身を預けた父が、大きな嘆息とともに身を起こした。
やや顔色が悪いが、しっかりと娘の目を見た。
ああ...これは本気だな、決意を持った時の光が瞳に浮かんでいる、自分を支えると告げられた時の妃とそっくりな瞳だ。
それでも諦めきれずに問いかけた。
「クリステイア、考え直す気は無いのだな?」
「はい。一目惚れでしたがこれは運命であると思います。学院を卒業次第すぐにでも...このブレスレット、婚約の証であればどれだけ嬉しいかと思いながら着けていただきました。」
その時の事を思い出したのか、とてもやわらかな表情を見せている娘を見ながら、少し嫉妬の感情を持った。
男にとって、長女は時として妻よりも愛しいことがあるという、そんな年長者の言葉をその時は一笑に付したが、今はよくわかる。
「はぁ...よかろう。まずは内々に婚約の申し込みをする。受けてもらえれば、来年のそなたのデビュタントで正式発表となる。良いか?」
「はい。とてもうれしく存じます。 あの、護衛侍女達に武術を教えていただいても良いでしょうか? 彼の地で必要な事は修めておきたいのです。」
幼き頃から反射速度を鍛えている武家とは違い、箱入りの娘はもう12歳。
温室育ちの今からでは、戦闘に関わる才を伸ばすのは難しいだろう。
少し考えてから、竜の加護もあるかと思い直し、父は答えた。
「護身術と馬術に関しては許そう。才が無ければ下手に攻撃するより、徹底的に逃げた方が良いだろうからな。他には...彼の地は穀倉地帯、農政を勉強するのはどうかな? 次期侯爵の負担も減るのではないか?」
「そうですね。彼の地で着させていただいた服はとても快適でした。農政に携われば、あの服を着て領地にいてもなんとも思われないでしょう。」
「ほう?」
「父上と宰相にも、室内着をお土産にもらってきていますよ。商人の事務姿ですが、一度着執務室で着用してみてください。軽くてとても楽でした。」
「ブレイズの指金だな? あのやろう...今度王都に来たら酔い潰してやる。もういい年だ、いつまでも勝てると思うなよ。」
「言葉のわりには、ずいぶんとうれしそうな顔ですね?」
「ん? そうか? ふむ、そうかもしれぬな。」
◇
「ギュスターヴ、色々と大変だったようだな。すまない、苦労をかけた。」
「ありがとうございます、兄上。これも兄上の御代を固めるため。苦労ともなんとも思っておりません。」
王太子の私室で、兄弟が向かい合っている。
兄も弟も互いの能力を認め合い、周りの政争などには耳を貸さずに二人三脚で進めている。
それは父と王弟の仲を見て育った故に、自然とそうなった。
彼らも実行力に優れる現王と、根回しと気配りに優れる王弟という組み合わせであり、良好な関係は平和な御代を作り出している。
先々代が愚王と呼ばれ、乱れに乱れた貴族社会と国政が安定したのも、先王と現王達の努力の結果であることを臣民達も知っている。
「お前は...ありがたいがやりにくいな。ラッセルは息災だったか?」
「はい。本来ならば兄上の側近として仕えてもらいたかったのですが、もうそれは不可能でしょう。ですが、こちらが敵対せねば良き友人としていられるはずです。」
「では、そう務めねばな。叔父上と一緒にやっているようだが、あぶり出しは進んでいるのか?」
ギュスターヴは困ったように眉根を寄せ、次いで上目遣いに兄を見た。
前々から王家に翻意ある者達をマークしているのだが、今回の火竜騒ぎでまた勢力地図が変わってきた。
焦った者達はあれこれと動き出しているが、さすがに姑息な者達である、そう簡単にはいかない。
「なかなか潰せるだけのしっぽを出しませんね。ですが、直接手を出してきた者どもは、影で炎竜イグニス様が報復している様です。」
「だが...」
「ええ、もちろん王家が何かしら企てているわけではないことはわかっていただけております。」
弟の言葉に、兄は深いため息をついた。
父上そっくりだな、とギュスターヴは思う。
「そうか。王家として情けない事ではあるが。」
「ですがこの際、この動きに便乗させてもらいましょう。それくらいは先方も織り込み済みでしょう。」
ふむ、と軽くうなずいて王太子はカップから一口飲んで不思議な顔をする。
「これは?」
「美味しいハーブティーでしょう? カーマイン領からのお土産です。冒険者ギルドの女性職員が作っているとラッセルが話していました。兄上、こちらもどうぞ。」
「ほう?これまた見た事も無い菓子だな。どれ...うまいな...身体に染み渡るようだ。」
「バイオレット嬢がお土産にと渡してくれました。煎ったブナ小麦を挽いて、ドライフルーツとチョコレートで練り固めたらしいです。我々が食べたものはチョコレートでは無くハチミツでしたが、思考をまわすには糖分が必要とかで、砂糖と果糖でそれを補うとラッセルが言ってました。もうあいつもいっぱしの医者ですね。あと、どうしようも無い時はこれを。」
差し出された紙袋を開けてみると、いくつかの丸薬が入っていた。
少々気味が悪い色だが、なんだか効きそうだ。
「これは?」
「疲労回復薬です。使いすぎは良くないとラッセルは言っていましたから、注意してください。効き目は我が身をもって保証します。」
「宮廷薬師どもが囀りそうだな? えぇ?」
「でしょうね。ですがフレア様と一緒でなければ採りにいけない材料もあると惚気られましたよ。」
ひとしきり二人で笑った後、また菓子をつまみ、ハーブティーを飲む。
先ほどまでの深刻な話題とは違い、カーマイン領での食事や領民の風俗など、王都をほとんど離れる事が無い王太子には興味を引かれる事ばかりだ。
記録水晶の映像で見せられた、閉会前にフレアが使った花火魔法には特に興味を持ったようだ。
晩餐で出されると言う、料理も楽しみにしている。
「来年は私も行きたいものだな。」
「ええ、ぜひ兄妹揃って参加しましょう。」
うむ、とひとつうなずいた後にまた真面目な顔に戻る。
先ほどの甘いものの効果もあるのか、すこし頭が軽くなった気がする。
「それで、ファトース公爵家には動きがあるようだ、嫡男が表に出て来なくなった。」
「それは、クリステイアの一件と関わりが?」
「わからん。だがそうであろうなとは思っている。公は人格者だが、あの息子はよい話を聞かん。」
ほんの数年前だが、学生時代のことを思い出す。
学院内では身分にかかわらず皆平等という建前だが、なかなか現実はそうもいかない。
どうしても卒業後のことを考えて高位の者におもねる輩が出てくる。
それ自体は良いのだが、徒党を組んで力なき者を虐げるとなると話は別だ。
ラッセルは魔力が少ないことで標的にされてはいたが、面と向かってケンカを売っても実力的に負けるため、嫌みを言われるにとどまった。
仮に魔法を放とうとしても、ラッセル相手では詠唱中に移動されるか、家令直伝の体術で制圧されてしまうのがオチだ。
「はい。学院ではいつもラッセルを小馬鹿にしておりました。他にもおります、あいつでなければ闇討ちされても仕方なかったでしょう。」
「方々でかっていた恨みが、ここで噴出するかもしれぬ、か。」
「はい。話しは変わりますが、こちらを預かってまいりました。」
「それは...? お前たちと同じものか? 加護があるとか言う。」
宝石箱の蓋を開けて差し出されたブレスレットを見てから、顔を上げて弟の左手首を指さした。
「その通りです。兄弟の中に授からない者がいれば政争の種であろうと、フレア様が手配してくださいました。」
「...なんともありがたい話しだな。火竜様たちからしてみれば、人の国のことなどどうでも良いだろうに。」
「あるいは、クリステイアに余計な心配をかけないようにとのご配慮かも。」
「その線が強そうだな。どうした?」
「いえ、久方ぶりに兄上の楽しそうなお顔を見ましたので嬉しくて。」
「恥ずかしい事を言うでないわ。」
気がつくと、兄弟揃ってわくわくと楽しそうな表情になっていた。
「さあ、手に取って魔力を通してください。さもないと母上に取られかねませんよ?」
「お前なぁ...あながち間違っていないから反論できないじゃないか。」
晩餐前の一時、幼き頃のようにくったくなく笑いながら、兄弟はとりとめも無く話しに華を咲かせていた。
◇
「というわけだ、後はもろもろ頼むぞ宰相。」
「お待ちください陛下! へいかーっ!!」
お付き合いありがとうございました。
今回は、会話を全て作ってから情景を書き足す作り方をしています。
後半はダレてきて描写が少なくなっているので、そのうち良い文章を思いついたら改稿します。




