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第四十五話 一夜明けて

 



『おはようございます。だんなさま。』


「おはようフレア、レティ。」


 バイオレットは微笑み返して、ゆっくりと会釈する。

 ラッセルがソファへ座るタイミングを計り、ティーポットへとお湯を入れ、蒸らし時間をきっちりとった後カップへと注ぎ入れる。



「ん?これは懐かしい茶葉だな...」


「ええ、祭りの時にたまたま東方から来た商人が持っていたのです。あいにくと、これに合う茶菓子はないのですけどね。」


「あずき...と言ったか? 確か師匠はそう呼んでいたと思うんだが。」


「ふふ。次に来る時に仕入れられないか頼んでおきましたよ。」


『二人だけがわかる会話ってずるいわよ。』



 頬を膨らませてフレアがむくれたが、ラッセルにやわらかく髪を梳かれると、満足そうな表情へと変化する。

 バイオレットは、フタがかかったもう一つの皿を二人の前にそれぞれ置いて、フタを取った。



「間に合わせの試作品ですが、食べてみてください。」


『ん~っっっ レティったらまたこんな隠し球出して!』



 いそいそと口に運んだフレアが、頬を抑えて身悶えている。

 ラッセルもそれを見ると、切り分けて口に運んだ。



「ほう、案外ハチミツとも相性がいいんだな。これはブナ小麦か?」


「ええ。先生の故郷ではソバと呼ぶそうですよ。軽く煎った粉に、いくつかドライフルーツを入れて、ハチミツで練って固めてみました。」


『しつこくない甘さよね。』


「殿下達はどうしている?」


「慣れない土地でお疲れかと思い、今日はお目覚めになるまでそっとしております。」


「そうだな。お目覚めになられたら呼んでくれ、ちょっと剣を振ってくる。」


「かしこまりました。」







 ◇




「これはラッセル殿。おはようございます。殿下を無事守り切れた事、感謝いたします。」


「おはよう隊長殿。全ては妻と鬼人族のおかげですよ。」


「その出で立ちを見るに朝稽古ですかな?」


「はい。剣は毎日振らねば刃筋が狂ってしまいます。自分は師匠と違ってまだ完成されてはおりませんので。」


「いやはや、ご自分にとても厳しいのですな。」



 言葉を交わしながら、互いに身体をほぐしていく。

 やがてラッセルが軌道を確かめるかのようにゆっくりと剣を振り出した。

 真っ向、袈裟斬り、逆袈裟、横薙ぎ、逆風と振っていく。



「あのゆるやかな速度でも、剣筋がブレないとは、いったいどんな鍛え方でもって、身体を作り上げたのだ? 騎士団長でも無理だぞアレは。」


「隊長、あれは一体?」


「お前達。あのゆったりとした動きで、重い剣をふらつかせず振ることができるか? 少なくとも我にはできぬ。」



 隊長たちの驚愕をよそに、ラッセルは軽く振り出した。

 それでも一般の騎士の全力程度のスピードと膂力を感じて、見ているもの全員が総毛立つ。

 やがて、隊長は心の中で折り合いと踏ん切りをつけた。



「ラッセル殿。一手ご教示願えぬだろうか?」


「かまいませんよ。では、あちらに木剣がありますので。」



 真剣な目の隊長に、納剣しつつラッセルは快く応じた。

 そして、二人で対峙しようとすると、どこからか慌てた様子の家令が現れた。

 窓から練兵場を見ていたらしい。



「間に合いました。お待ちください。僭越ながらわたくしめが立会人を務めさせていただきます。」


「セドリック殿。いやはや、恥ずかしいところをお見せする事になりますが。」



 その照れながらの言葉に、セドリックは渋く微笑み返して、軽く肩をすくめた。

 およそ近衛の隊長にする態度ではないのだが、これくらいが許される程には旧知の間柄である。



「実はもう、わたくしもラッセル様には手も足も出ないのですよ。先日コテンパンにやられてしまいましてな。ですが、弟子が師を超えてくれるのはうれしいものです。」


「弟子を持つ身として同感です。だからこそ、慢心せぬように上の技をこの身をもって体験しておきたいのです。」


「そうですな。我が身もそう心がけましょう。では、よろしいか?」



 セドリックの声かけに、相対した二人は無言でうなずき、抜剣した。

 剣先が軽く触れ合わされる。



「はじめ!」



 その言葉と共に、三人が距離をとる。

 隊長はとびすさる様に後ろへ、セドリックとラッセルはするするとすり足で下がった。




  " あれは...そうか、宙にいては避ける事もかなわぬか。

   さすが体術ではこの国随一と言われたセドリック殿の弟子。

   先ほど剣を合わせた時もするりと力を受け流されたしな、これはやりにくそうだ。 " 




 心中の言葉とは裏腹に、その表情はわくわくと期待に満ちている。

 ラッセルは片手下段に構え、小さくゆるやかに重心を移動して、動きを覚られにくくしている。




  " 小手先の技など通じまい、己の全速を持って振るわせてもらう。

   まずは左の切り下ろし。あっさり身を開いて躱されたか。

   次は右。これもまた同様。ならば。 "




 全力の突きが放たれた。

 だが、あっさりとラッセルは半身になって躱す。




  " ちいっ。スエーバックで躱されたのなら、そのまま片手突きに移行して押し込んだものを。

   つっっ!? いつの間に!? "




 伸びきった腕が死角となって、下段から跳ね上げてくるラッセルの剣に気づくのが遅れた。

 両の手首をしたたかに叩かれ、いったん後ろに下がる。




  " な!? "




 その動きを重心の移動と足さばきから読んでいたラッセルが、いつの間にか左手に持ち替えていた剣で、追い込みざまに薙いだ。



「そこまで!」


「ぐっ!げほっ、ゴホッ!」



 腕の付け根から右胸に一撃を入れられて、隊長が思いきりむせ込む。

 残心を解き、手を貸そうとラッセルが近づこうとしたが、隊長は動く左手でそれを制止した。



「ぐふっ...いや、参り申した。手も足も出ないどころか、喰らってからはじめて攻撃がわかる始末ではどうしようもない。」


「ラッセル様、よろしいですか?」


「ああ、頼むよ。」



 ポーションの小瓶を揺らしながら、セドリックがラッセルに許可を求め、ラッセルは即座に了承した。

 膝をつき、セドリックが隊長を助け起こして座らせる。



「まずこれをお飲みください。効果は我が身を持って保証いたします。膏薬は屋敷に入ってからにいたしましょう。」


「これは? ポーション?」


「はい。どちらもラッセル様の手になるもの。明日には回復しますよ。」



 半信半疑のまま、ポーションを飲むと、痛みが低減してきた。



「この効き目は...いやはや驚いてばかりだ。」


「明日はもっと驚く事になりますよ? 隊長。」







 ◇




「ラス、隊長とやりあったそうだな?」


「大げさな、ただの試合です」


「あの隊長が手も足も出なかったと言うのだ、正直それはなんの冗談かと思ったぞ。」


「こちらもあまり余裕が無くて、止められず当ててしまったのは申し訳なかった。」


「まあ、その言葉が救いか...実はあの隊全員から、ここで修業させて欲しいと嘆願されている。」



 ラッセルがしばし考え込む、ギュスターヴはとあることに思い至って補足した。



「費用に関しては心配いらない、私の私財から出そう。せめてそれくらいはせねばこちらも格好がつかん。頼む。」


「待て待て待て! 考え込んでいたのはそっちじゃない。我が剣はいわば異国の流儀だ、それをこの国の近衛騎士が使っては示しがつかないだろう?」


「ふむ。確かに騎士団はそうだが...」


「だから、身体を扱う基本となる体術ではどうかと思ったんだ。それならセディと鬼人族でも教えられる。」



 今度はギュスターヴが考え込む。

 よくよく考えてみると、剣も折れたら頼む者は己の肉体だけである、悪い事ではない。

 剣を抜く間もない事も警護の中ではあるだろう、そんな時に無手で制圧できればそれにこしたことはない。



「よし、その線で隊長には話してみよう。」



 ノックの音がした。

 この扉には鬼人族と近衛がついているので、ノックをすること自体が安全である事を示している。



「あの...おそくなりました。」



 扉が開くと、クリステイア王女が静々と入ってきた。



「ごきげんよう、王女殿下。」


「ラッセル様、ごきげんよう。 あの、ミリィちゃんとフェルド様は?」



 そわそわと室内を見渡して、お目当ての二人がいないと見て取ると質問してきた。



「ミリィは朝稽古です。フレアや護衛侍女といっしょに中庭にいますよ。弟は他領の方々を見送るために、父と出かけました。お昼をまわるくらいには戻ってくるでしょう。」


「まあ。ミリィちゃんも武術をたしなむのですか?」


「はい。辺境伯家と我が家では足手まといにならないように女子には護身の体術と逃走術を教え込むのです。」


「そうなのですね...わたくしにもできるでしょうか。」


「クリス? 立ったままではゆっくりお茶も飲めないよ。こっちにおいで。」



 兄の言葉に、クリステイアは素直に腰を下ろした。

 疲れたのか、スカートの捌きに失敗して、座った後に調整している。



「クリステイア様? ミリィの稽古がもう少しで終わりそうです。よろしければ合流して今日は温泉へお入りください。疲れが取れますよ。」



 フレアから念話で情報が入った、ラッセルは王女へ提案したと同じ内容をフレア経由でバーミリオンへ伝えると、すごく喜んでるわよと返答がきた。



「そうですの? でしたらお茶はミリィちゃんといっしょにいただきますわ。」


「では、案内させましょう。」



 すぐに鬼人族のメイドが呼ばれた。

 簡単に用件を伝えると、その角が淡く光った。

 温泉の準備を仲間へ伝えたのだ。



「それでは、いってきますわね。」


「ああ、ゆっくりしてくると良い。」


「こちらへどうぞ。クリステイア王女殿下。」



 メイドが先頭に立ち、女性の近衛が2名後に続いて浴室へと移動する。

 領主館はお湯を沸かしたものと、温泉の二つの浴室が準備してある。

 さっと汗を洗い流したい時は前者を、ゆっくり疲労を取りたい時は後者を使えるようにとの配慮からだ。

 使用人用も同様であるが、複数人が一緒に入れるように使用人用の方が若干大きくなっている。







 ◇




「兄様! あれは最高ですわよ!」


「落ち着けクリス。そんなに気に入ったのかい?」


「それはそうですわ! あんなにおっきな浴槽でゆったりできて! おまけにお肌がすべすべですっ!」


「王都には温泉がわいてないからな、こればかりは無い物ねだりか。」


「失礼いたします。」



 バーミリオンとフレアが室内へ入ってきた

 バイオレットと鬼人族メイドもワゴンを押して続く。



『さて、殿下方をびっくりさせる第二弾とまいりましょうか。レティ?』


「はいはい、わかってますよ。」



 この掛け合いも当たり前の事になってしまった。

 領都邸でも、辺境伯城でも気にする者がすでにいないのだ。



「では、まずお茶を。東方のお茶を冷やしたものです。口の中がさっぱりしますよ。」


「ほう? 温かいものは国使が来た時に飲んだ事はあるが、冷やすとこれは飲みやすいな。紅茶とは違った渋みと爽やかさがある。」



 クリステイアとバーミリオンは湯上がりなので、あっという間に飲んでしまった。

 おかわりをメイドが入れている間に、バイオレットは菓子を配っていく。

 ラッセル達は朝食べたので知っている、あの菓子である。



「またこれは...なんですの! なんなんですのこのおいしさは!?」


「ふっふーん、レティさんの新作ですねっ」


「お二人の分は、少しだけ甘さを増していますよ。」



 少女二人を横目に、ギュスターヴもフォークを入れて一口。

 とたんにうなだれた。



「バイオレット嬢...これは罪な味だぞ。この茶に合う茶菓は初めてだ。」


「ありがとうございます。殿下。逆に塩気のあるものでも合いますよ。」


「ほう? だがしょっぱい菓子というのも想像がつかないな...」


「東方ではよくあるみたいですが、向こうの調味料を使ったものなので、私たちも先生に食べさせてもらった事があるだけです。」


「ふぅむ、今度機会があったら駐在大使に聞いてみるか。」



 兄たちの会話をよそに、クリステイアは一口食べては頬をおさえてかぶりを振り、次は天上を見上げて幸せをかみしめるなどしている。

 バーミリオンは満面の笑みを浮かべながら、ただ黙々と食している。



「ラス、飲み終わったら隊長達に例の件を話しに行こう。」


「受け入れてくれるといいんだが...」


「なに、大丈夫さ。お前の強さの基礎がセドリック殿直伝の体術にあると知れば四の五の言うまいよ。」







 ◇




「と、こういうことなんだが。どうだ隊長?」


「なるほど。承知いたしました。是非お願いいたします。確かに我らが他国の剣技を使うのは見とがめる者がおるやもしれません。ラッセル殿、お気を使っていただきありがとうございます。」


「ですが、厳しいものになりますよ? 一度完成をみた者が、新たに身体作りからはじめるのです。不平も不満もたまりましょう。」


「覚悟の上です。それが不満なら即刻王都に帰れと言い聞かせます。」



 真剣な目をして隊長は返答した。だが、よく見るとその口元は楽しそうに笑っている。

 ギゥスターヴはそれを見て、ふと思いついた事があった、にたっと口角を上げる。

 脳裏に浮かぶのは、前回の御前試合の一戦。



「隊長よ? 王都に帰ったら騎士団長に一泡吹かせるつもりではあるまいな?」


「バレてしまいましたか。 勝てぬまでも、あの堅物から驚愕の表情を引き出せれば、それで満足です。」


「やっぱりな!」


「それにしても...ラッセル殿。この薬の効き目は異常ですぞ。全力で振るえば痛みはありますが、こうやって過ごす分にはもう何の問題もない。」



 そう言って、隊長は打たれた胸の辺りをさする。

 帷子も着けていたし、木剣であったが、肋骨と鎖骨は完全にやられたと思ったほどだ。

 もっとも、本来ならば手の内を絞める瞬間に、ラッセルは手首の力を抜いている。

 速度だけそのままに斬撃を入れたのだ。



「永年蓄積された、竜の知識は実に大したものです。うかつに使っては大変な事になりましょう。それ故、使用は我が目が届く範囲のみにしております。」


「それが良いでしょう。此度の事、感謝いたします。」


「あ~...ラス? あの胃薬と栄養剤は...」


「それくらいは調合するよ。危険極まりない材料をのぞいたものに関しては、薬師ギルドに教えても良い。」


「危険極まりない? だと?」



 ギュスターヴが片眉を上げた。

 その意味のおおよその予想は付くが、確認をしておく必要がある。

 持ち帰れば、宮廷医師の質問攻めに遭うのはわかりきっているからだ。

 はたして、ラッセルの答えは。



「取り扱いもそうだが...なにより入手がな、フレアがいなかったら採りに行こうと思わないほど危険だ。」


「うわ、この野郎ここで惚気るか!」


「まったくですな、殿下。」



 一斉に二人の笑い声が響く、特に隊長は普段の訓練で鍛えた大音声だ。

 ラッセルは自分の失言に気づいて、ただ苦笑していた。

 あとでこの事を聞いたフレアはしばらく上機嫌だったらしく、あきれたバイオレットからチョロいですねと言われている。







 ◇




「辺境伯、侯爵、大変世話になった。良い経験が出来たよ。私も二人のように、民から慕われる存在を目指そう。」


「もったいなきお言葉です、ギュスターヴ殿下。」



 転移用の部屋で、主立った者達が集まっている。

 来た時と違うのは、辺境伯一族が増えている事だ。



「ミリィちゃん、元気でね。王都の学院に来たら、また一緒に過ごしましょう。」


「ありがとうございます、クリステイア様。」


「もう。ク・リ・ス ですよ? お友達でしょう? わたくしたち。」


「はい、クリス様。」



 ぎゅっと手を握って再開を約束している二人の少女を、それぞれの家族は微笑ましく見つめていた。

 その視線に気づいた二人が、照れくさそうにしている。



「あの。二家の皆様方には大変お世話になりました。」



 優雅に、だが年相応の性急さも見せて、クリステイアは頭を下げる。



「なんの。こちらも至らぬ点がございました。どうかご容赦ください。」


「そうだな。あのような素晴らしい食事と菓子を味わっては、これからが困るぞ、侯爵。」


「それはそうかもしれませぬな。」



 また一斉に笑いが起こった。

 バイオレットの餌付けによる被害者は、これからも増えるのは確実だろう。



『さあ、ではまいりましょうか。皆様こちらにお集まりください。。』



 荷物を携え、王族二人とラッセル、フレア、バイオレットが一カ所に固まる。

 ふと、フレアの眉間にしわが寄る。



『はぁ...申し訳ございません。もう少々お時間をください。お母様が来るそうです。』


「それは!? まさか炎竜イグニス様とお会いできると?」


『細かい事はお母様からお聞きください。悪い事ではございませんので。』



 言うが早いか、空いたスペースに光点が現れ、魔方陣が展開されていく。

 この地の二家にとっては見慣れた光景となってしまっているが、王族二人にとってはこれが三回目だ。

 やがて転移が終わると、そこには深紅のドレスを纏ったイグニスが立っていた。

 もっとも、ドレスとは言ってもいわゆるロココ調ではなく、ナイトドレスに近いシルエットを持ち、深くスリットも入っている。

 ゆえに、イグニスの豪快なボディラインが強調され、紳士勢は目のやり場に困る事となった。

 伏せ気味にしていたかんばせを傾けながら少し上げ、視線を流しながらイグニスがゆっくりと室内を見渡す。



「イグニスさまっ!」


『バーミリオン、息災であったか? 元気そうで何よりじゃ。』



 やはり最初に 声を出したのはバーミリオンである、小走りに駆け寄ってきた。

 イグニスはその小さな身体を身をかがめて優しく抱き留め、やわらかく微笑んだ。

 先ほどまでの凄絶なまでの妖艶さから、この慈母のような顔である、妻帯者と朴念仁の集まりでなければどうなったことやら。



「どうしてこちらに? なにかございましたか? 特に危ない事も無かったのですけれど。」


『なに。ラッセルとミリィの友人に会っておきたくてな、少々邪魔をさせてもらった。』



 そう言って、硬直したままの二人の方を見た。

 その視線に乗る威厳と気品に、二人の口が凍り付く。

 フレアが王宮で見せたものより、さらに上をいくその存在感に恐怖さえ覚えた。



『お母様。そんなに威圧しないでくださいませ。二人がおびえているではありませんか。』


『おお、そんなつもりはなかったのだがな、これは失礼した。』



 とたんに、気の良いおばちゃんへと気配が変わる。

 王族二人もやっと硬直が解けたが、今度はいやな汗が止まらない。



「イグニス母上、ご紹介しても?」



 ラッセルの言葉に、イグニスはうなずいた。

 すっとラッセルはイグニスと二人の中程に移動する。



「では、こちらにいらっしゃいますのが、ギュスターヴ第二王子殿下。奥におられるのがクリステイア王女殿下です。」


「炎竜イグニス様、お初にお目にかかります。この国の第二王子ギュスターヴと申します。此度の拝謁、恐縮の至りです。さ、クリス。」


「はい、兄様。末の王女でありますクリステイアと申します。此度の拝謁、とても光栄でございます。」


『我が火竜の長...そなたらは炎竜と呼んでいるようであるが、バーミリオンに名をもらったのでな、今はイグニスと名乗っておる。ああすまぬ、楽にしてくれてよい。』



 膝を折って挨拶する二人に、気安く声をかけるイグニス。

 ほんの少しだが、緊張が緩んだようだ、二人がゆるゆると姿勢を正す。



『お母様、ご用件を先に済ませましょう。』


『そうであったな。これを渡しておこうと思って呼び止めたのだ。』



 言うが早いか、ゆがんだ空間の中へイグニスが手を差し入れる。

 いわゆる空間収納だが、フレアはまだ使う事ができないので、少々うらやましそうに見ている。

 空間は作れるし、物体も入れられるのだが、取り出しにまだ難があるのだ。



『レティ? 頼む。』



 その言葉に、バイオレットは音も無くすうっと移動した、この辺りは猫人の名目躍如というところだろうか。

 天鵞絨を敷かれたトレイには、二つのブレスレット。

 落ち着いたデザインだが、漂う気品の中に秘められた魔力を感じる。



「お二人にお持ちすれば良いのですか? イグニス様。」


『うむ。』



 イグニスの同意を得た後、ギュスターヴとクリステイアの所へバイオレットが歩み寄った。



『二人とも、手に取るが良い。そして魔力を流してみよ。』


「これは...」


「見た目より軽いのですね?」



 二人は首をかしげつつ、それぞれに魔力を通した。

 ポウッと光った後、ブレスレットは元に戻る。

 気のせいか、冷たい金属のはずなのに温かさを感じる。



『うむ、これで認証された。そなたらそれぞれにしか使えぬ。一回きりではあるが生命に関わるようなことがあれば、魔法攻撃であろうと、物理的な攻撃であろうと反射が発動する様に付与してある。軽い攻撃では発動せぬので注意せよ。』


「イグニス様。その様な貴重なものをいただくわけにはまいりません。」


『もう、認証を済ませておるから他の者では使えんよ、ギュスターヴ王子?』



 イグニスがニッと口角を上げる。

 先ほどまでの妖艶さはどこへやら、してやったりと面白そうに笑っている。

 ラッセルがやれやれと頭を振りながらギュスターヴへと告げる。



「ギュスト。イグニス母上はこういうお方なのさ、あきらめて使ってくれ。お前の命を護るためのものだ、無駄にはならない。」


『大きさは勝手に調整されますわ。これからクリスが成長しても問題ございません。フェルド、手首に通してあげて。クリス?一度フェルドに渡してくれるかしら?』


「あの...はい.....お願いしますフェルド様。」



 どうしたものかと、フェルドが眉間にしわを寄せている。

 この一族ならではの鈍感さで、不敬にあたらないかどうか悩んでいるのが彼らしい。

 その躊躇に泣きそうになっている妹の顔を見て、さすがにギュスターヴが助け船を出した。

 少なくとも彼は妹の気持ちに気づいている、というかあからさまだったので気づかない方がおかしい。



「フェルド殿。不敬だ何だと気を揉む必要はない。何より当のクリステイアが望んでいるのだから、着けてあげてくれ。」


「にいさま...」



 また少し逡巡したが、フェルドが意を決した。

 実は後ろで兄ヴォルクが背中を突っついて促している。

 もうすこし遅かったら蹴られていたかもしれない。



「クリステイア様。お手を?」



 その言葉にしゅっと涙が引き、うれしそうに、だが恥ずかしそうにクリステイアが右手を差し出した。

 フェルドはその手のひらからそっとブレスレットを取り上げ、どちらの腕に通したものかと迷っていたが、クリステイアは右の手のひらをそのまま下へと向けた。

 実は彼女は左利きであり、こちらの方が都合が良い。



「...っ...ぁ」



 左手でそっとクリステイアの右腕をとり、すぼめられた手のひらから、慎重にブレスレットを通した。

 しゅっと縮んだブレスレットは、ほどよい大きさで彼女の手首へと納まる。

 爪をたてたりしないように、慎重にフェルドが手を引いて、半歩下がる。

 クリステイアは右手首の辺りを左手でそっと包み込む、そこは目の前の青年が触れていた場所。

 ブレスレットと共に、幸せそうに手首を見つめながら、口元が緩むのを懸命にこらえているが、青年の声にはっと顔を上げた。



「失礼をいたしました。お似合いですよ、クリステイア王女殿下。」


「あの...よろしければティアと呼んでくださいませんか...フェルド様。」


「クリステイア王女殿下? いやそれはさすがに。」


「ティアですっ!」


「フェルド殿。妹はこうなってはもう一歩も引かぬ。どうかそう呼んでやってくれぬか? 私も不敬だなどとは言わぬ、頼むよ。」


「かしこまりました......ティア王女殿下。」


「はいっ! フェルド様っ。」



 火竜二頭と猫一匹は、心の中でよしっ!とこぶしを握りしめ、兄二人はやれやれとため息を吐いた。

 ヴォルクはこの一族の中では珍しく、少しは女心がわかる。

 それは兄弟を危ぶんだ母からの教育の賜物なのだが、フェルドはカーマイン家へ養子入りしたため、満足には仕込めなかったのだ。

 ギュスターヴは家族にどう報告したものかとしばらく考え込んでいたが、事実をそのまま伝えるしかないとあきらめた。

 何より、こんなにうれしそうな妹は見た事がないし、よくよく考えてみれば条件もそう悪いものではない。







 ◇




「フェルドよ、お前までわしらの頭痛の種を増やすのか...」


「なんというかまぁ...うちの領も安泰なのか、はたまた新しき嵐に巻き込まれるのか。」


「どう考えても嵐であろうよ。陛下の困惑顔と、宰相の胃痛をこらえる顔が想像できるわい。」


「ラッセルの薬でも渡してやりますか...」


「おま...いや、そうしてやるか。」





亀の歩みなお話ですが、お付き合いいただきありがとうございます。


やっと咳が落ち着いてきましたが、筋肉痛が酷い。

夜中にむせ込んで起こされるのがなくなったのはありがたいです。

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