第二十一話 父
乗っている主人そのものの気持ちを表しているかの様に、若干急ぎ気味で走ってきた馬車が停まった。
御者が扉を開けようとする時間すら惜しいのか、勢いよく扉が開いた。
ガンッと音を立てて跳ね返ってきた扉に挟まれ、壮年の男がもがく。
その様を見た辺境伯と息子が揃ってこめかみを押さえ、首を振った。
周りの兵士達は、旧知の男のこんな慌て様を見た事がなく、目を白黒させている。
「バーン…お主何をやっておる。」
「義父上! 何事ですか! 火急などと! もしやラッセルに何か!?」
「落ち着けと言うに、ラッセルならそこにおるわ。」
義父がクイッと顎をしゃくると、その先には息子がいた…が?
「なんだお前、その髪は…これはどうした事だ?」
「まあそれも説明します。父上、中へ入りましょう。」
辺境伯が氷魔法使いに氷水を作らせておく様に言いつけ、一行は室内へ入っていった。
「まず最初にこの髪から話しましょう。我が侯爵家と辺境伯家は祖と同じ、紅い髪を持つ者が多い。」
「ああ。お前の母はプラチナブロンドだったが、それは三代前に降嫁した、末の王女様と同じと聞いている。」
「そして私の髪も赤系ではありましたが、赤さび色でした。」
「それがどうして鮮やかな焔色に?」
「細かい事はわかりませんが、火竜女王によると、かつての私の魔力は、循環が妨げられていた事により、澱んでしまっていたらしいのです。」
「…………待て、今なんと言った?」
父親がガバッと顔を上げ、目を見開いて身を乗り出した。
テーブルの上で、指が突き刺さらんばかりに立てられている。
辺境伯家の面々は、まぁそうなるよなと妙な納得顔。
「バーン、落ち着けと言うのも無理かもしれぬが、落ち着け。まだ序の口だ。」
「義父上?」
「続けよ、ラッセル。」
祖父に促され、ラッセルが続ける。
「そして我が身が竜の加護を得た事で、澱みが取り除かれ、本来の髪色に戻りました。一房色が違うのは、その竜気の証。」
「竜の加護? なんだそれは…先ほど火竜女王と言ったな? それは?」
「炎竜様の事だ。我らもお会いした。正直、生きた心地がしなかったぞ。」
義父が割り込む。
炎竜と会っただと? あの義父が生きた心地がしなかっただと?
従兄を見やると、彼もまたうなずいた。
「炎竜…火竜を統べる王。それがなぜ。」
息子を見やり、向き直った。
その息子は、何やら覚悟を決めた表情をしている。
「有り体に言えば、我ら二つの家は、火竜女王の兄上、その火竜の力と想いを受け継ぐ者。」
息子の言葉に目を見開くが、もう限界。
はくはくと口を開くものの、声が出てこない。
「我らも驚いたぞ。バーミリオンは炎竜様の加護と、身を護るアーティファクトまで渡された。」
「だがな…こんなものではないのだよ。これから明かされる事はな。陛下になんと申し上げれば。」
青ざめている祖父と叔父がまたアゴをしゃくって促す。
貴族らしからぬ仕草ではあるが、粗野さもまた武門の証。
だがラッセルは身を正してはっきりと告げた。
「父上。私ラッセルは火竜女王の息女、火竜公女様を娶る事と相成りました。」
父バーンは一言も発せずくずおれた。
◇
「すまん、レティ。」
バイオレットが持ってきた氷水で冷やしたタオルで顔を拭き、また新しいタオルを顔に乗せたまま礼を言う。
この猫人は娘も同然。
拾った経緯から息子の侍女としていたが、家令がその身体能力を見込んで護衛としての技能もたたき込んだ。
少々ブラコン気味に育ってしまったが、血がつながっているわけでもない。
本人が妾でも良いのなら、そうなってもかまわない程度には考えていた。
「それでは、お呼びしましょうか。そろそろ覚悟をお決めくださいませ。」
「良かろう。正直、死地に入る心境だがな。」
「大げさな。」
お前は知っているからそんな台詞が出るのだろうよ。
と、ジト眼で見る。
バイオレットは、その仕草は親子でよく似てますよね、と思いながらチョーカーの魔鈴を指先で弾く。
3分ほど経った頃。
コンコンッコンコンッとノックに続き、部屋の扉がゆっくりと開く。
まずは我が息子が半身で入り、後ろへと回した手でエスコートされてきた少女に息を呑む。
「フレイア…」
顔立ちはもちろん似ていない。
だが妻を思わせる髪の色。
よくよく見ると、妻とは違い、髪の先端は蒼く染まっている。
首元には妻の形見であるネックレス。
息子の大事な女性である証。
しずしずと少女が前に出る。
息子の手を離す前に、一度軽く握りしめた。
手を前で組み、軽く微笑んだ後、顔を伏せ優雅な所作でカーテシーをとる。
『火竜の長、火竜女王たる炎竜が娘。 フレアと申します。お義父上様、ふつつか者ではございますが。よろしくお引き回しのほどお願い申し上げます』
顔を上げるまでの一連の所作に一部の隙もない。
当然のごとく発せられる威厳と気品。
この国の淑女誰をしてもこの境地にはいたれないだろう。
「ああ…フレイア…………お前の、私たちの息子はこんなにも素晴らしい妻を迎えてくれたぞ…」
顔を覆い、父は男泣きに泣いた。
辺境伯である祖父が、そっと優しく、その肩を叩いた。
もっと、好きなだけ泣けとばかりに。
「フレア様の名は、フレイアから一字を取って名付けたと、ラッセルが言っておった。」
嗚咽がただ部屋の中に響く。
花婿の父。(・∀・)
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
ここでストックの約半分となりますが、まだまだ続きます。
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