第十九話 帰還
『さあ、そろそろ行くとしよう。ふむ、座標はここで良いな。皆、近う。』
執事が持ってきた水晶には、辺境城の庭園が映し出されている。
その中心には広場があり、少し離れた場所に初老の人間が見える。
警護の騎士が複数ついているのを見るに、辺境伯本人であろう。
『おじいさまか?』
「はい!」
バーミリオンの言葉に火竜女王がうなずき、水晶に手をかざす。
母が膨大な魔力を練る間に、フレアが宙に指先を躍らせる。
水晶に映った映像には、突然目の前に浮かび上がった文字に驚愕する辺境伯と護衛たち。
「な!これは!父上!」
「お下がりください!御館様!」
「今から帰るので広場に来い…? 魔方陣に入るな、弾き飛ばされるだと?」
慌てて見やると。
緋色の魔方陣が広場に出現し、円柱状に立ち上る。
その周りを見た事もない文字で描かれた陣が囲む。
ひときわ強い光をはなった後には、複数の人影があった。
想像を超える事態に、いくつもの修羅場をくぐりぬけた、さすがの胆力を持つ辺境伯たちも肝を潰した。
「おじいさまー! ただいま戻りました!」
ラッセルが抱きかかえていたバーミリオンを下ろすと、一目散に大好きな祖父の元へと駆けて行った。
「あ、ああおかえり?」
「こっちにきてー! 女王様とフレアお姉様が送ってくれたのー!」
孫が手を引っ張っていくが、どうしたものか。
息子と衛兵たちは、立ってはいるものの、精神的には腰を抜かしたも同然。
『おはつにお目にかかる、フラム辺境伯よ。』
言葉は気安いが、その声に込められた気品と威厳に、思わず跪いた。
自国の王など比較にもならぬ。
冷や汗が止まらない。
幾百幾千の敵を前にした時より何より恐ろしい。
「は。」
『良い、顔を上げよ。わらわたちもお主らに害意はない。捕らえた賊は、後日手の者が運んでくる故、事後は任せるぞ。』
「は。さすれば失礼して。」
気力を振り絞って、改めて姿を眼に入れる。
先ほどまでは肝を潰して、見てはいてもその容姿は頭に入ってこなかった。
それがどうだ、紅きドレスと白きドレスをまとった絶世の美女が二人。
どちらもその袖と裾には炎をまとい、手に持った扇にもゆらゆらと炎が立ち上っている。
高いヒールの横からも、小さな羽根の様に炎がちろちろと揺れている。
「ね! おきれいでしょう? おじいさま! それにとっても優しいのよ!」
「こ、こらバーミリオン、失礼な。」
「お祖父様。ラッセルならびにバイオレット。バーミリオンを連れて、ただいま戻りました。」
「あぁあラッセル。これは一体どういうわけでこうなった? お前も無事か? いや待てその髪はどうした?」
「はい。後でご説明します。」
「ち、父上。場所をあらためませぬか、この様な場所では失礼では。」
火竜女王がラッセルを見やる。
得たりとうなずいたラッセルが告げる。
「叔父上、椅子を運んではくれませんか。かえって外の方がいいと思います。」
「では、東屋へ行こう。あそこならば茶の用意もできる。火竜様たちもそれでよろしいでしょうか?」
『うむ。かまわぬ。』
いつの間にか圧が消えている。
その事に安堵しながら、辺境伯一行は先に立って歩を進めた。
火竜女王が中央に座り、それを挟む様にフレアとラッセルが座っている。
やや離れた後方で、火竜女王寄りに鬼人族の執事が立ち、ラッセル寄りにバイオレットが控えている。
対する辺境伯側は、辺境伯のみが座り、控える様に息子が立っている。
バーミリオンはその中間、ラッセル側の横手に座っている。
護衛は誠意の証しとして、この場にはいない。いても役には立たない事もわかっている。
『さて、では始めよう。わらわは火竜の長。そなたらは炎竜と呼んでおる様じゃから、それでかまわぬ。』
無言で頭を下げる。
『そして、左手におるのが娘のフレア。次代の長となる。』
同様に頭を下げた後、年若き女性を見やる。
見た目だけならば10代の少女であるが、たたずまいはこの国の王女、いや王妃ですら比較にならぬ。
いったいどれほどの力を秘めているのか。
「正直理解が追いつかぬのですが、なぜここに?」
『ひとつにはこのバーミリオンを帰すため。人化と転移を使ったのはいらぬ混乱を招かぬためよ。』
「お気遣いに感謝いたします。」
『そしてもう一つには、そなたはラッセルの祖父ゆえ、直接伝えねばならぬ事があってな。また、辺境伯という国の重鎮でもあるが故、国王にも伝えてもらわねばならぬ。』
「はあ、それは一体。」
火竜女王はまたしても人《竜》が悪い笑みを浮かべている。
フレアは少し落ち着かない、見た目の歳相応の態度を現わしはじめ。
ラッセルはここから告げられる事への反応を予期し、神妙な顔。
バイオレットは虚無を浮かべ、バーミリオンはわくわくしている。
『なに、そなたの孫ラッセルに、我が娘、火竜公女フレアを嫁がせる。それを告げに来た。』
血の気を無くし、辺境伯が倒れた。