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そうして勇者は森へと逃げ出す

「勇者様、お待ちしておりました!」


 宿に着くと恰幅のいい男の店主が、俺たちを元気よく迎え入れてくれた。英雄だとかもてはやされたが、実際のところ大したことはしていない。黒い奴を倒して、草を持って帰っただけだ。


 店主に案内されて、二階の高そうな部屋を二室案内された。説明によると、ここは通常の部屋料金より倍以上高いらしい。まあ、代金は王が出すのだろうし、店主としては、高い部屋を埋めることができて願ったり叶ったりなんだろう。


 実際、俺が安い部屋で構わないと言うと、即座に「いえいえ、勇者様に普通のお部屋など……」と訳のわからない理由で断られた。俺は、狭くても寝られればいいという考えなため、ここまでしてもらう必要もなかったのだが、まあそれでも本気で拒絶するのもおかしな話だ。王の好意だと受け取り、高い部屋に泊まることを了承した。


 二階の廊下で、ミランダと別れる時に、声をかけられる。

 俺はビクリとして彼女を見た。


「勇者、明日は朝七時に起こしにいくわ。明日からまた頑張りましょう」


 俺はびくついたが、普通のことを言われる。


「あ、ああ……」


 俺はしどろもどろとしながらも、言葉を返す。


 過去のトラウマが蘇り、また説教タイムが入るのかと思ったが、今日はそれもなさそうだ。出発予定が八時なため、七時から朝食兼会議を行うつもりでいるのだろう。それはそれで、苦悶の時間ではあるが、一先ず安堵する。


 俺たちは廊下で別れ、それぞれ指定された部屋へと向かう。俺は部屋のドアを開けた。

 部屋に入ると、高級そうなベッド、お洒落なテーブルクロスが引かれたテーブルが目についた。豪奢な棚などが並び、大きな窓には白いカーテンがかけられている。確かに今まで泊まったどの部屋よりも高級感が漂っている。だが、貧乏性の俺は逆に落ち着くことができなかった。


 高級そうな椅子に座るのも落ち着かず、すぐに立ち上がってしまう。


 そうして大きな窓に近寄っていった。

 宿の窓からは、城下町が見え、人々が多く行き交っているのが見えた。まだ昼間なため、仕事をしている職人や買い物をしている主婦などが忙しく動き回っている。そんな景色を眺めながら、今後のことをふと考えてしまう。


 明日、俺たちはグラリア王国へと出て行く。その際アイリに、パーティーに加えてもらって良いのか再び訊ねられるだろう。断る理由はなく、俺としても彼女がいてくれると心強い。今回のミンクの丘の旅で感じたのだが、アイリは根性もあり、ミランダからのキツいしごきにも耐えられそうだ。


 何より彼女の回復魔法は貴重なもので、いるだけで精神的な支えにもなる。実際ブラックヒドラ戦は、彼女なしではどうにもならない場面が多数あった。


 それでも彼女を連れて行っていいのだろうかと、俺は考える。


 今回のブラックヒドラとの戦闘は見積もりが甘く、一歩間違えれば三人ともお陀仏となっていてもおかしくなかった。今後、旅を続けていけば、あのような場面は幾度となく訪れ、その度に死線を彷徨わなければならない。


 そんな旅に彼女を連れて行くのはやはり気が引ける。なにより最終的に逃げだそうとしているのに、一緒に冒険に出て何があるというのだろうか。


 ミランダはああいう性格だから、万が一俺が脱落しても、新しい仲間を見つけて魔王討伐に向かうだろう。いずれにしても、馬があっていないのは明確なわけだし、早めに決別した方がいいのではないか。


 考えれば考えるほど、アイリを連れていっては駄目で、俺はすぐにでもリタイアしたほうがいいと思い始めてきた。街は現在、勇者は英雄と沸いており、俺以外のパーティの士気は非常に高い。俺自身、今回英雄と持ち上げられることに、若干の快感を覚えないわけではない。しかし、一時の感情に流されて、冒険を継続しても寿命を縮めてしまうだけだ。

 やはりすぐにでも逃げ出すべきなのかもしれない。


 俺は今まで自分の弱さが原因で、周囲の言葉そのままに従って生きてきた。

 このタイミングで逃げ出したとなったら、「コイツまじか……」的な空気に街がなりかねないだろうが、こちとら三人の命がかかっているのだ。みんな楽観的過ぎると思うし、ブラックヒドラを倒せたからといって、魔王に勝てると思う頭の方がどうにかしているのだ。


 考えれば考えるほど、今すぐ逃げ出すのが最善だと思い始めてきた。ブラックヒドラに踏み潰されて死ぬはずだったが、せっかく助かった命だ。残りは、隠居するという夢に向かって歩き出していきたい。


 一度そう考え始めると、俺の思いは止まらなくなってきた。期待してくれているグラリア王国の民には多少罪悪感を覚えるが、どちらにしても愕然とするのが早くなるのか遅くなるのかの違いだ。


 俺は気がつくと、置いた荷物を再び手にして、ドアを開けていた。

 宿の一階に階段を降りていく。


 一階のカウンターには店主が新聞を読んでおり、俺に気がつくとこちらに笑顔を向けてきた。


「勇者様、お出かけですか?」


「ああ、ちょっと街に出てくる」


「そうですか。行ってらっしゃいませ」


 俺は軽く一礼し、堂々と外出する。全く疑う様子のない店主だったが、それも当たり前だろう。さっき王に表彰された男が、これから隠居しようと画策しているなど、普通は思い至るはずがないのだ。


 堂々と玄関から外へ出たのは、訝しがられないための思索だった。窓から逃げれば、万が一見られてしまえば逆に疑われる要因を作ってしまう。この明るい時間に街を歩くといった動機は不自然ではない。


 俺は外に出るとフードで顔を隠す。今回のルーラン草の件で評判が良くなったため、勇者とわかると人々が集まってくるのを避ける為だ。俺はつくづく有名人にはなりきれない男なのだと思う。


 下を向き、街の人にバレないように歩いて行く。


 今回は、前の脱走に比べれば、時間的な余裕が大分あることが救いだった。ミランダは俺がいないことに気がついても、店主が外出したと答えるため問題ないはずだ。さすがに夜まで戻って来ないと、おかしいと思われる恐れはあるが、それまでにはグラリア王国を出発する予定だ。


 疑われないよう、注意しながら街を歩いて行く。

 できれば誰にもバレずに街の外に出たかったが、今後のことを考えると、行っておかなければならない所があった。



「いらっしゃいアル」


 生意気そうな第一声が、耳を不愉快にする。正直、こいつの顔は二度と見たくなかったのだが、今後の生活を考えると、色々と買いそろえておいた方がいい。そして、幸いと言うべきか、こいつは勇者という存在を特別扱いはしない。客は客だというスタンスである。逆にそれが今は有り難い。


 目が合うと、一瞬「おっ」という顔をされるが、すぐに普段通り無表情な顔に戻る。保存食など欲しい物を伝えると、あれこれ進められた。口が上手く、関係ない物まで買わされそうになるが、あまり荷物を増やすわけにはいかない。


 欲しい物を選び終えると、値段を告げられ、俺はまたしても不平を鳴らすこととなった。


「ちょっと待て。これだけで七百五十フォルツは、いくらなんでも暴利ってもんだろう」


「高くないアル。お客さんが相場を勘違いしてるアルよ」


「それじゃ、他の店に行って……」言いかけて、ため息をつく。諦めたかのように俺は言った。「いや、わかった。買おう」


 俺があまりにあっさり買うと言い出したからか、道具屋の店主は拍子抜けしたかのように、意外そうな顔をする。


「お、今日は物わかりがいいアルね」


「まあな」


 今はどこへ行っても、勇者だと騒がれて大変なのだ。別の道具屋に行く余裕がなかった。


「締めて七百五十フォルツ。お願いするアル」


「その値段で買うが、一つ条件がある」


「なにアル?」


「大きなハットを被った魔女みたいな奴が訊ねてきたら、伝えて欲しいことがあるんだ」


 俺はこの高い値段で買う変わりに、一つ頼み事をすることにした。


「わかったアル。それくらいならお安い御用アル」


 こいつは店の利益しか考えていない。購入をチラつかせておけば、言うことを聞くと思った。予想通りだ。


「なんて伝えればいいアル?」


 俺はなんて言えばいいのか、言葉を探す。長く一緒にいた幼馴染みとの決別。悲愴感は全くないが、なんらかのメッセージを残しておくのは最低限の礼儀だろう。

 少し考えるが、語彙力も表現力もない俺は、結局ありきたりな言葉しか出てこなかった。


「俺を探さないでくれ……だ」


 俺がそう言うと、店主は若干驚きの表情を浮かべる。珍しく神妙な様子だ。


「一人で旅立つアルか?」


「……とにかく頼んだ。それだけ伝えてくれればいい」


 俺はそう言い切って、この店主に伝言を頼んだ。こいつなら派手に喧伝はしないだろうと計算してのことだったが、危険な橋を渡っていると思う。だが、いずれは皆にわかってしまうことだ。


 少し沈黙した後、店主は不承不承といった感じで頷く。


「わかったアル。気が進まないけれど、言っておくアル」


 あまり納得はしていない様子ではあるが、了解してくれたようだ。ともかくこれでミランダに伝わるだろう。

 その後、支払いをして商品を受け取る。結構な荷物になってしまった。ちゃっかりと七百五十フォルツを取られ、俺は道具屋を後にした。



 城門に行くと、番兵が俺に気づき姿勢を正した。


「勇者様! これからどこかお出かけでありますか⁉」


 以前生意気な口で、俺達のテンションを駄々下げてくれた番兵。態度が歴然と変わっていた。あまりの変容ぶりに驚きつつも、俺は言葉を返す。


「ああ、この周辺にいる魔物を倒しとこうと思ってな」


「さようでございますか! さすがは勇者様、平和のためにご苦労様であります!」


 こいつは別に俺がブラックヒドラを倒したから改心したわけではない。先ほど王様に呼び出された時に、コッソリ告げ口をしてやったのだ。俺が問題あると口にすると、ミランダもプロ意識が欠けていると乗ってくれた。王は早急になんとかすると言っていたため、厳重注意でも受けたのだろう。


「いや、ちょっと身体を動かしに行くだけさ」


「了解いたしました! 行ってらっしゃいませ!」


 それにしてもわかりやすい奴だ。上司に媚びへつらい、部下に厳しいタイプの奴なのだろう。後ろの奴も背筋をピンと伸ばしている。


 俺は侮蔑な視線を送りつつ、平原の方へ向かう。

 ちょっと怒られたくらいで、萎縮してしまうようなら、最初からデカい態度なんぞ取らなければいいのだ。


 少し歩いて振り向くと、二人共まだ辞儀をしていた。どうしようもない二人だが、改心したのならば、嫌な思いをする人間が減ってくれるだろう。


 広大な平原へ一人で歩く俺。

 清々しい気分でもあるが、不安も走る。今から行おうとするのは、さっき番兵に言ったように、本当にこの辺の魔物を退治しにいくのではない。本格的な雲隠れ。隠居生活の始まりだ。


 誰とも関わらないサバイバル生活に慣れた後は、俺が死んだという偽情報を流す必要もある。ただこれは、比較的簡単だと思っている。街へ行き、適当に噂を流し回れば、各国に広がっていくだろう。噂の伝播はとにかく速い。


 ミランダはともかく、アイリには申し訳ないことをしてしまったと思う。

 明日彼女は、決意の申し出をするつもりでいたはずなのだ。これで、俺が一人で旅立ったと知った彼女は、失意のどん底に陥ってしまうだろう。


 それでも死んでしまうよりは、ましだと思う。魔王討伐という目標は絵空事でしかなく、三人頑張ったところで待っているのは四度目の失敗だけだ。


 これでよかったのだ。

 アイリを含め、本気で期待していた人には多少申し訳ない気持ちもあるが、結局駄目なら同じことだ。

 俺は自身の行動を無理やり正当化していった。そうして、これから向かう予定の地の名前を呟く。


「深淵の森か」


 アイリは言っていた。深淵の森に人が寄りつくことはないと。


 多少強い魔物がいそうではあるが、ブラックヒドラほどの強敵はいなかったはずだ。適応し、生活に慣れることができれば、森は絶好の隠れ蓑になる。うまくいけば、長寿まで全うできるだろう。俺の後継者がどうなるかはわからないが、今は知ったことではない。次の奴が考えればいいことだ。


 様々と浮かんできた思想に決着をつけ、俺は深淵の森へと足を向けた——

書き溜めていた話も終わり、

ここまでで完結とさせていただきます。


なろうへの投稿は初めてでしたが、

読んでくださっているということが大変励みになりました。

ここまで読んでいただいた皆様、有難うございました!

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