第8章 特殊弾作戦
あれから二週間が過ぎた。
レドラとデスジラスの戦いは連日テレビで報道され、水岡たちも取材を受けた。世間は、海上へ逃げたデスジラスの行方を追い続け、一部のマスメディアや野党は、怪獣を逃したのは何もかも自衛隊の責任だとして、自衛隊不要論を声高に報じた。
一方、インターネット上でも同様の混乱が発生したが、こちらは逆に、怪獣を倒すのに今の防衛力では不十分だとし、日本国軍の再編成と核武装を論ずるものだった。
対極の意見が好き勝手なことを言い合っている中で、冷静な人々は、怪獣と戦って消えたレドラの行方にも着目していた。レドラはあの日、航空自衛隊のレーダーに一度引っかかったきり、消息を絶っていたからだ。
誰もが、レドラとデスジラスの行方に強い関心を抱いていた。特に太平洋沿岸の港町では、その傾向は強かった。いつ何時、自分達の目の前に、デスジラスが姿を現すか分からなかったからだ。
― 三陸海岸 ―
早朝の海岸にタイヤの駆動音が鳴り響き、複数台の戦車が姿を現した。二〇式戦車が十数台、それに一九式戦車が数台。さらに最後尾には、巨大なミサイルを一基搭載した巨大な運搬車が続いていた。
― ”一九式八連装ミサイル車”。
二〇式に先立って開発された戦車で、小型だが八発の実弾を積んでいる、二〇式戦車のプロトタイプだ。今回の作戦に至って使用されることになったのだ。
数十台の小型戦車は、海岸の道路沿いで停車し、その砲塔を全て海面に向けた。まるで、何かを待ち構えるかのように。
一台のジープが、仙台市の南東を走っていた。ジープは速度を落とすと、迷彩服の人物が開けた入り口から、ある敷地内に入っていった。
《宮城県名取駐屯地》
敷地内の駐車場でジープは停止した。ドアが開き、隊長が、続いて水岡、吉崎、マスターが中から出てきた。降車した四人は隊長を先頭に、白壁の建物に入っていった。
隊長について建物内の通路を幾度か曲がると、他より少し大きめの入り口が見えてきた。その入り口には、なんと電子ロックがかけられていた。
隊長が自身のIDカードを通すと、ロックが外れて「ピッ」という電子音が鳴った。自動ドアが横にスライドしていった。
その部屋の全貌が見えたとき、水岡たちは感嘆の声を上げた。
そこはまるで秘密基地だった。
階段状に設置された大量の機械類が、画面を明滅させている。その機械の数だけ、画面の前で情報を処理している、数十人の自衛隊員たち。最上段に構えられた指令席。そして部屋の一番奥に設置された、巨大な統括モニター。映画やアニメに出てくるような形の設備が一通り揃っていた。
「すげぇ・・・・・・」
吉崎が思わず呟いた。隊長は満足げに笑った。
「これから実行する作戦を聞いたら、もっと驚きますよ」
「そういえば、そんなこと言ってましたね。一体、どんな作戦なんですか?」
思い出した水岡は聞いた。
水岡が電磁波をデスジラスに食らわせた張本人だと知ってから、隊長は水岡に対して以前よりも更に親切になった。きっと、水岡には感謝してもし足りないと思っているのだろう。今回の作戦に立ち会うのも、水岡たち三人が野次馬ではなく当事者として、この戦いの行方を真っ先に知りたがっているのを聞き、隊長が上層部に掛け合って許可を得てくれたのだ。
「”特殊弾作戦”と呼んでいます」
「特殊弾?」
水岡が聞き返した。
「通常、ミサイルは目標の表面で爆発します。しかし、今回開発した特殊弾頭は、目標に突き刺さって水素を注入する。その大量の水素を引火させ、目標の内部で大爆発を起こす仕組みです。つまり、外からの攻撃が効かない怪獣を、内側から吹き飛ばしてしまうんです」
「デスジラス専用か・・・・・」
水岡はメインモニターに映る特殊弾頭を見やった。
「けど・・・・・よく、外国が納得してくれましたね。十四年前にも、あんなことがあったのに・・・・」
マスターが言った。
2006年7月5日未明、朝鮮半島北部から発射された数発の弾頭ミサイルが日本海に着弾し、日本をはじめとする世界中を震撼させた。十四年も経っているとは言え、日本が特殊な弾頭弾を開発したとなれば、そのことを引き合いに出される可能性は大いにあった。
ましてや、日本国内でも世論に何を言われるか分かったものではない。いかに説明を繰り返そうと、政府を批判する口実にされるからだ。勝手な解釈がなされ、偏った思想の持ち主達に利用される可能性すらあった。
「いや、全くその通りです。実は、最初はどこの国も納得しなかったんですよ。・・・・・しかし、最初の説得をしたその日に、ハワイ沖にデスジラスが現れたらしいんです」
「・・・・ああ、そういえばこの前、ハワイ行きの飛行機が全部止まったとかニュースで言ってましたよ」
マスターの言葉に、隊長は自嘲気味に笑った。
「ええ。それからなんですよ、諸外国の態度が突然変わったのは。特に米国政府。日本の弾頭弾開発は認められないと言っておきながら、自分達にも被害が及ぶかもしれないと分かった途端、手の平返したように態度が変わる。何でも、『ミサイル作戦は平和のために必要』とか何とか言ったらしいですがね。全く勝手なもんですよ」
隊長はそう言ったきり、前を向いて黙り込んでしまった。
「はぁ・・・・」
マスターは、理解したともしてないとも取れない声を出した。
そのとき突然、それまで黙って話を聞いていた水岡が言葉を発した。
「全くだな・・・・・」
あんまりボソッと言ったので、マスターは思わず聞き返してしまった。
「え?」
水岡は、マスターの方を向いて言った。
「いや・・・・・なんか、どいつもこいつも身勝手だと思ってよ。デスジラスに殺されそうになったのは、俺達や自衛隊の人たちだぜ?それを、他人事で聞いてる連中が勝手なことばっかり言いやがって。自分達の都合しか考えてねえクセに、バカバカしいったらありゃしねえよ・・・・・・」
隊長が宣言した。
「・・・・現在、マルハチマルマル。作戦を開始する!」
一九式の発射ボタンが押された。
早朝の三陸に、ロケットエンジンの音が鳴り響いた。白煙を散らしながら、二発のミサイルが海上を飛んでいく。ミサイルは徐々に高度を下げていき、遂に海面スレスレで爆発した。黒煙が広がっていく。
隊長は、モニターから眼を離そうとしなかった。
海上保安庁から数日前にあった報告― 識別不能の物体が領海内に進入し、三陸海岸に一直線に向かっている ―との報告が正しければ、そして自衛隊の予想通りそれがデスジラスであったならば、これで炙り出されてくる筈だ。
計算によれば、今朝のこの時間、三陸海岸から8㎞の地点にデスジラスが現れる筈だった。果たして、吉と出るか凶と出るか?
しばらくの間は、何の変化も起こらなかった。煙が晴れた後にも、ただ青い水面が広がっているだけだった。
突然、巨大な水柱が飛沫とともに上がった。舞い上がった大量の海水が、再び海に降り注いでいく。吉だ。デスジラスが現れた。
機械と生物が融合したその怪獣は、完全に身体の傷を修復し終わっているようだった。二週間前の損傷はどこにも見当たらない。このことが、やはり”誰か”が怪獣を作ったのだということを物語っていた。
デスジラスは海上に半身を出したまま、岸に向かって進み始めた。背面のジェットが起動しているようで、海面に波が立ち続けている。
一九式に残る六発のミサイルが、立て続けに発射された。二〇式からもレーザーが放たれる。レーザーの命中した海水が、膨張して爆発した。小型のミサイルも次々と着弾していく。
そこら中で水柱が上がっているにも関わらず、デスジラスは前進してきた。
だがそれで良かった。隊長の狙いは、デスジラスをおびき寄せることにあったのだから。時間が足りなかったため、特殊弾頭は一基しか用意できなかったのだ。ひきつけて確実に命中させる必要がある。
デスジラスが火球を発射した。ミサイルの切れた一九式が一台、火球が命中して粉砕された。爆風が周囲へと広がる。
「怯むな!もっと奴をひきつけろ!」
隊長は檄を飛ばした。
しかし隊長の意思とは裏腹に、デスジラスはいつの間にか、身体の向きを反転させていた。気が変わったのか、罠に気が付いたのか。どちらにせよ、その場から逃げようとしている。
「逃げられてたまるか・・・・!大野、残った一九式のミサイルを、出来るだけデスジラスの目の前に落とせ!」
隊長の指示で、デスジラスの眼前にたくさんの水柱が上がった。弾幕の中に閉じ込めようとしているのだ。
デスジラスは動じなかった。降り注ぐミサイルとレーザーの雨の中を、平然と突き進んでいく。
即断した隊長は、無線を取って叫んだ。
「鷹山!」
運搬車内。
鷹山は名前を呼ばれ、運転席の脇から無線を引っ張り出した。
「はい!」
「このままじゃ奴に逃げられる。今しかない、ミサイルを発射しろ!」
「予定より1㎞ぐらい遠いですけど、大丈夫ですか!?」
鷹山も無線に叫んだ。
「実弾が底を突いてきてるんだ。これ以上、その海域に閉じ込めておくのは無理だ!」
「・・・・了解っ!」
鷹山は無線を戻すと、すぐにロックを解除するパスワードを打ち込んだ。
337652319・・・・・・。
目の前の画面に”認証”の文字が表示された。ミサイルを固定している鎖が、弾け飛んだ。それから発射台の淵が徐々にせり上がっていき、三十度ほど傾いた所で止まった。
十秒ほどの間があった。ロケットエンジンから白煙が噴出し、ミサイルは発射台を離脱した。
全長8mの特製弾が、空に白い尾を引きながら飛んでいく。
デスジラスが後ろを振り返った。自分に向かって何かが飛んでくる。あの、忌々(いまいま)しい龍ではない。デスジラスは息を吸い込むと、事も無げに火球を発射した。たくさんの火球がミサイルに向かって飛んできた。
ミサイルは、一度海面の近くまで高度を下げると、それから再び上昇した。駐屯地からの遠隔操作により、ミサイルは大きく孤を描く軌道をとった。それによって火球の半分がミサイルを逸れた。そのほかの火球も、ミサイルの動きに追いつかず、次々と海面に衝突しては爆発していく。そのままミサイルが、デスジラスに命中するかに見えたその時。まだ二発、火球は残っていた。
時間差で飛来した火球が、ジェットエンジンの噴射孔、それから中央付近の安定翼を、それぞれ焼き焦がした。爆発こそしなかったものの、バランスを崩したミサイルは何回か不規則に回転した後、今まで飛んできた軌道を逆戻りし始めた。
ミサイルの制御システムより、警告ブザーが鳴り始めた。
隊長は焦った。
「何が起こった!?」
「噴射孔及び、安定翼に被弾・・・・・弾頭の軌道が変化した模様!」
レーダーサイトを見ると確かに、ミサイルを示す光が、海岸に向かって逆進してきている。隊長は慌ててミサイルの軌道を操作しようと試みた。だが、軌道は変わらない。
「・・・・まさか」
「現在、ミサイルの到達地点を計算中。・・・・・結果出ます!」
モニターに、三陸の地図が新たに表示された。地図がどんどんズームしていく。その場所が巨大なカーソルで示されたとき、隊長は背筋が凍りついた。
そこは、仙台市のど真ん中だったのだ。オフィス街が密集する中に、仙台駅を示す記号が浮かんでいる。会社へ出勤する人々のため、この時間帯は一日の中で最も人口密度の高い時だ。
「こんな時間帯にミサイルが飛び込んだりしたら、とんでもない数の犠牲者が出る・・・・!」
隊長は反対側を向いた。
「伊野!」
伊野と呼ばれた隊員が振り向いた。
「やむを得ん、空中で弾頭を爆発させろ!何万人も死ぬよりはマシだ!」
伊野は黙って頷き、緊急用の自爆スイッチを押した。
ところが、しばらく経っても何も反応は無い。伊野は焦って、何度もスイッチを押した。それでも反応はなく、伊野が真っ青になった。
「・・・・大変です。さっきの衝撃で、遠隔操作システムそのものがやられたようです!!」
「・・・・寺田!!」
隊長が叫んだ。
「至急、仙台駅と周辺の警察署に連絡!避難誘導を要請するんだ!!」
「了解!」と叫んで、寺田が電話に飛びついた。
「伊野、お前は引き続き、弾頭をコントロールできるかやってみてくれ!」
伊野も返事を返し、別の機器を操作し始めた。
「クソ・・・・何か手は無いのか!?」
「レーザーでアレを撃墜することは出来ませんか?」
水岡も思わず聞いた。
「無理です、あと二〇秒しかありません!」
そう言って隊長は、別の機器に走った。
「クソ、こっちもダメだ!」
「残り十五秒ぉっ!!」
伊野の緊迫した叫び声が響いた。
それと同時に、先程の寺田が部屋に飛び込んできた。
「隊長っ!屋外で実験中の二〇式が、一台だけ・・・・!」
「そいつのレーザーを使え!」
隊長は、寺田の言葉が終わるのを待たずに言った。その後わずかに、水岡に対して頷いた。
残り九秒―
「起動完了!」
「8㎞先に、照準セット!」
指示された場所に、カーソルが移動する。
残り七秒―
「処理速度が追いつきません!」
「頼む・・・・お願いだ!」
残り五秒―
モニターに映るミサイルは、すさまじい速さで仙台市の上空を飛んでいく。僅かずつ、高度が下がってきている。
残り四秒―
「ロックオン!」
残り三秒―
「レーザー発射!」
残り二秒―
「間に合わない!!」
残り一秒―
「まだ間に合―」
残り〇秒。
全ての時間が止まったようだった。誰もが、息を呑んだ。
「・・・・・・着弾しません」
隊長はモニターを見て呆然としていた。伊野の報告も聞こえていない。水岡も同じ状態だった。
「レドラ・・・・・!」
モニターから見える仙台市の空を、紅い龍が羽ばたいていた。その両腕に、ミサイルを抱えながら。
レドラはその身を翻すと、海岸に向かって飛んだ。羽ばたきが、物凄い勢いで繰り返されている。ミサイルが飛んだのとほぼ変わらない時間で、海岸まで到達してしまった。ぐんぐんデスジラスの姿が近づいてくる。砲撃の雨を抜けたらしく、ゆっくりと海岸から離れている。レドラは、速度を落とさなかった。まっすぐ、デスジラスの背中に突っ込んでいく。
気配を感じたデスジラスは、背後を振り返った。一瞬、あの忌々しい龍の姿が見えたような気がした。
次の瞬間、特殊弾頭の鋭い切っ先が、怪獣の腹部へと突き刺さった。弾頭から手を離したレドラは、そのままの勢いで上空に飛んでいく。
数秒間、デスジラスと、ミサイルとの押し合いが続いた。が、敵わなかった。ジェットエンジンの力に押し負け、デスジラスは恐ろしい叫び声を上げながら、ミサイルに突き刺さった状態で後ろ向きに飛び始めた。上に上に、更に上に向かって。上空へと運ばれていくデスジラスを、レドラが追った。
龍の口内が光り、青い炎の塊が吐き出された瞬間だった。
弾頭に詰められていた水素が、一瞬のうちに燃焼した。その火は、デスジラスの体内を駆け巡り、そこに充満した水素に引火し、そして、爆発した。
断末魔の咆哮が響き渡った。後に爆炎と、叫び声と、大量の水を残し、デスジラスは虚空に砕け散った。
モニターに映るその映像を見ても、誰も事実を受け入れられなかった。
デスジラスは倒された。こんな簡単なことであるのに、喜ぶべきことであるのに、全く誰も声を発さなかった。
モニター上から、デスジラスを現す光が消えたのを見て、伊野がハッとした。
「デスジラス・・・・・・消滅を確認!」
「・・・・・・・作戦終了」
隊長が宣言した。
その瞬間、部屋中が歓喜に沸いた。皆が肩を叩きあい、手を取り合い、デスジラスが倒されたことに、これ以上無い喜びを表した。
水岡は、まだボーっとしていた。それに気が付いたマスターが、水岡の肩をポンと叩いた。
「水岡さん。もう終わったんですから、暗い顔するのやめましょうよ」
マスターに言われて、水岡は我に返った。
「あ・・・・ああ、そうだな!」
「今夜は、俺の店に来てください。一杯おごりますよ」
マスターは笑って言った。
「あ・・・・俺、焼酎」
吉崎が話に入ってきた、
「何言ってるんですか、水割りしか飲めないくせに」
「うるせえやい!」
ワイワイ言いながら、二人は開いた自動ドアから出て行った。
「・・・・お世話になりました」
水岡は、隊長に会釈した。
「いえいえ、こちらこそ本当に・・・・」
隊長も会釈を返した。
「三十分ほどお待ちください。こちらで、お送り致します」
「わかりました」
水岡はそういうと、まだ歓喜の声が止まない部屋を後にした。自動ドアが、ゆっくりと閉まっていった。