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第8球 練習の進み具合


 === 千両利士 ===


 藤ヶ谷オープンジュニア、ってやつに出るらしい。

 目標も決まったことだし、やるか。練習、ガッツリ。


 まずはストロークだ。藤崎に言われた回転の習得をせねばならぬ。トップスピンとスライス。これがないと話にならないらしい。

 で、ひたすら打った。朝練、放課後、家でも素振り。こすり上げる、こすり上げる。庭でスイングの練習してたら声がかかった。


「利士ーご飯よー」

「うぃー」


 食卓につくと母親が話しかけてきた。


「あんたなに? 野球の次はテニス?」

「そう」

「野球の時もそうだったけど、のめり込むとトコトンやるわね。すぐに三日坊主にならなきゃいいけど……」

「んなことないって。めっちゃ面白いんだぞテニス。トップスピンとスライスがあってだな……」

「ストップストップ、熱中してるのはわかったから早く食べちゃいなさい」

「うぃ」


 そんなこんなで一週間ちょい。トップスピン、なんとなく、コツは掴んできたかもしれない。


 ボールの後ろを、下から上に、こする。最初は全然飛ばなくて、ぼてぼて落ちてたけど、今は一応、ネットを越えて、相手コートに山なりで入る。入るようになった。


 でもまだ弱いんだなーこれが。


 俺のトップスピン、フラットに比べると明らかにしょぼい。なんていうかおっかなびっくり打ってる感じが抜けない。ちゃんと回転かけようとするとスピードが死ぬ。勢いよく打とうとすると、回転が甘くなってただの浮いた球になる。そしてアウトになる、おわり。


 しかも、変に当たると浅くなる。ネットの手前にぽとっと落ちて、これがいわゆる「チャンスボール」ってやつになっちゃう。相手からしたら「どうぞ打ちこんで下さい」の楽ちんボールだ。こんなん試合でやったら即やられるわ。武器とはとても言えない。

 

 スライスは、もっとひどい。


 上から下に切る、って言われたんだけど。これがマジで安定しない。落ちずにすこーんとアウトしていくことがほとんど。コートの外に出ていく。球が低く滑って、あんまり跳ねないのが特徴って言うけど、切りすぎて逆に浮いてアウトする。自滅だわ。


 ……振りすぎ、なのか? どうやるんだ、これ。


 力を抜くといいのか? でも抜きすぎると、今度はネットに引っかかる。さじ加減が分からん。


 結局、今の俺にできるのは。


 なんとか、トップスピンとスライスでつなぐ。ぎりぎりコートに入れて、ラリーを続ける。そんで相手が甘い球を返してきたら、そこにフラットを叩き込む。


 ……それくらいだ。

 つなぐつなぐ、つないでチャンスが来たら、ドカン。


 地味だ。虎視眈々とチャンスを狙う戦い方だ。


 でも、藤崎にも稲葉コーチにも、「今はそれでいけ」って言われた。「あなたのフラットは武器になる。それをメインウェポンに、回転でしのいで、チャンスを作りなさい」って。


 メインウェポン、面白い言い方するな。藤崎ゲームとかやるのだろうか?

 ――まあ、そういうもんか。今はそれでいくしかない。


 *


 あと、サーブもちょっとだけ練習した。


 いや、これは藤崎が「大会に出るなら、最低限サーブは打てないと、そもそも試合が始まらないでしょ」って、しぶしぶ教えてくれたやつだ。本当はストローク優先なんだけど、さすがにサーブなしじゃ試合にならんからな。


 で、これがな?

 ファーストサーブはむっちゃ楽しいんだわ。


 だって、上から下に、打ち下ろすだけだもん。高いところから、ボールをばちーんって。回転とか考えなくていい。気持ちよくフラットで叩ける。気持ちいい。

 これは俺の得意なやつだってなったわ。入ると、めっちゃ速い球が飛んでく。


 でもセカンドサーブが、壊滅的。


 テニスのサーブって、二回打てるんだよな。一回目を外したら二回目。二回目も外したら相手に点が入る(ダブルフォルト、っていうらしい)。


 俺のセカンド。ファーストと同じ感覚で打つと勢いよすぎて、ぜんぜん入らない。かといって弱くすると今度はネットにかかる。全然安定しない。このままだと試合で二回連続ミスりまくって、勝手に自滅する未来しか見えない。


「セカンドはアンダーサーブにしなさい」


 藤崎にそう言われた。

 アンダーサーブ。下からぽーんって優しく入れるやつ。


 ……うーん。


 正直ちょっとダサい。かっこよくない。なんかこう「サーブ打てませーん」って言ってるみたいで。


 でも、藤崎が言うには「ダブルフォルトで勝手に点を渡すくらいなら、確実に入れてラリーに持ち込むほうが百倍マシ」だと。


 ……確かに。それはそう。ぐうの音も出ない。


 セカンドサーブのコツとして、回転を意識してかける事らしい。ファーストより。いやストロークで悩んでるのにサーブでできるわけないじゃん。

 ――今は、しょうがない。アンダーで入れて、ラリーで勝負する。でもいつか、ちゃんとしたセカンドサーブ、打てるようになりたいな。ダサいのやだし。


 俺、トップスピン、スライス、セカンドサーブ、体力。穴だらけだわ。こんなんでホントに強くなるの? 稲葉コーチおだてて言ってない?


 不思議と焦りはあるけどやることが見えてる、ってのはいいことだ。一個ずつ埋めてけばいい。


 大会までもう少しだけど、よしやるぞ。


 === 藤崎真白 ===


 千両君は、真面目に練習している。


 これは素直に感心する。飽きっぽい子かと思っていたけど違った。地味な反復を文句も言わずにこなす。野球で鍛えられたのか、もともとの性分なのか。たぶん両方だ。


 ただ。

 意外と苦戦している。トップスピンとスライスに。


 見ていて分かる。フラットはあんなに天才的なのに、回転をかける動きになると、途端にぎこちなくなる。叩く癖がまだ抜けきっていない。トップスピンは浅くなりがちだし、スライスはアウトが多い。


 今の彼の回転は、正直「打ち込む武器」じゃない。せいぜい「つなぐ」のが関の山ね。


 ……まぁ今はそれでいい。


 彼の長所の一つは、あのフラット。まっすぐ打ち込む速い球。あれを軸にゲームを組み立てるのがいい。回転でしのいで、ラリーを続けて、チャンスが来たらフラットで決める。シンプルだけど、彼の今の手札なら、これがベスト。


 問題は、サーブね……。


 あのファーストは、入れば速い。でも確率が低い。そしてセカンドが壊滅的。アンダーサーブでいい、とは言ったけど、あれだって、ちゃんとサービスエリアに入れられなきゃ意味がない。まずは「確実に入れる」ところから。サーブは、完全に今後の課題。


 それに。


 彼の、本当の武器、両手フォアハンド。


 私は、改めて、それを見ていた。


 普通の選手は、利き手と逆のサイドを、両手バックハンドでカバーする。でも、バックハンドは、フォアより届く範囲が狭く、窮屈な体勢になりやすい。


 でも、彼は違う。逆サイドも、フォアで打てる。つまり、コートの左右どちらに来ても、得意な打ち方で、広い範囲をカバーできる。守備範囲が、普通の選手より、明らかに広い。


 今はまだ、それを「攻めの武器」として使えてはいない。でも「守りの広さ」としては、すでに機能している。届かないはずの球に届く。返せないはずの球を返す。

 これは対戦相手にとってかなりの脅威だ。ウィナー級のボールを返球されるだけでもつらい。


 この変則的なプレー。


 対戦相手は間違いなく面食らうはずだ。両サイドからフォアが飛んでくる選手なんて、見たことがないだろうから。慣れるのに時間がかかる。その「相手が戸惑っている時間」が、経験の浅い彼にとって大きなアドバンテージになる。


 この武器があれば彼の、圧倒的な経験不足も、ある程度はカバーできるはず。


 まあ……出る大会の藤ヶ谷オープンジュニアは、グレード4。一番下のクラスだから、そこまで飛び抜けた選手は来ないでしょうけど。


 それでも何が起こるか分からないのが試合。まずは場数を踏むこと。試合の経験を、一つずつ積んでいくしかない。


 本人は「優勝」なんて息巻いてるけど。そう簡単にうまくはいかないわよ。テニスは、そんなに甘くない。


 彼の練習ばかり見てるわけにはいかないので、他の部員も見て回る。そしたら――


「真白っちー」


 二年生の先輩が二人、にやにやしながら寄ってきた。あ、嫌な予感がする。


「千両くんの調子どうー? いい感じー?」

「す、すごいよね、……し、初心者なのにいきなり試合だなんて……」


 彼の調子を聞いてきたのは神楽恵かぐらめぐみ、ショートカットのちょっと吊り目の背の高い先輩だ。かぐちゃん、かぐら先輩って呼ばれてる。高い打点からの強打が得意なハードヒッターだ。

 もう一人は大塚紬おおつかつむぎ、声は小さく少しペースがゆっくりな所はあるけど、コートでは機敏なフットワークがあるすごい先輩だ。同じようにむぎちゃん、むぎ先輩って呼ばれている。いざ試合になったら相手を翻弄するネットプレーが得意。

 先輩たちはダブルスを組んでいて、次のレギュラー候補でもある。


「まぁまぁですね、初めて数週間にしては頑張ってるほうです」

「なっちゃん部長と打ち合ってたよねー、うわー将来有望だー」

「でもまだまだ課題が多いです、マシなのはフラットくらい」

「な、何かあったら手伝うからね。い、いつでも声をかけてね」

「ありがとうございます。お二人に助けていただくのはもう少し先かもですけど」

「あんまり焦らなくていいさー。ああ言うタイプは実戦でガツンと成長するよー」

「はぁ……そうですかね。そうなることを期待しておきましょう」

「う、うんうん」


 後輩思いのいい先輩たちだ。特に今千両くんは部内でも注目の人物だ。何せうちの初男子部員だからかも。先輩たちも気になるのだろう。


「――さぁ先輩たちも練習しましょう。新しくフォーメーションに挑戦するんでしょう」

「そうだねー、しっかり練習して先輩として良いところを見せておかないと」

「わ、私たちも試合あるしね」

「そうですそうです、頑張ってください」


 先輩は、にまーっと笑って練習に戻っていった。


 *


 ふと、コートのほうに目をやった。


 女子部員たちの乱打練習。その中で千両君が転がったボールをせっせと拾い集めている。球拾いは新入りの地味な仕事でもある。でも彼がいるとなんだか練習のテンポが速いように感じる。


 ボールが散らばっても、彼がぱっと落下点を読んで最短で拾いに動く。ボール籠にいれるのも慣れているのかスムーズだ。彼ひとりで三人分は働いているように見える。おかげで球出しが途切れていない。


 ……野球部、おそるべし。


 拾い終えた彼が、こっちに気づいて、にっと笑って手を振ってきた。

 ……その屈託のない笑顔が、なんだか調子を狂わせるので、すぐに目をそらした。



【作者あとがき】

 この度はお読み頂きありがとうございました。


 もしよければ、応援・評価の程、よろしくお願いします。それでは引き続きよろしくお願いします。

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