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第14球 届かない現実


「それでは、サーブは千両君から」


 審判のコールで、俺と二ノ宮君はコートで向かい合った。


「よろしくね、千両君」


 二ノ宮君が、さっきと同じように、にこにこ笑って言った。


「……よろしく、お願いします」


 俺は、頭を下げた。

 ……何を考えてるのか、分かんねぇ。

 あの笑顔。爽やかなのに、なんか底が見えない。試合が始まる直前なのに、まるでいつもの練習みたいな、リラックスした顔。


 ……いやいや。集中しろ、俺。


 相手を見てビビってる場合じゃない。俺は、俺のテニスをする。それだけだ。

 内心……正直に言うと、ちょっと、いやかなりビビってた。優勝候補だぜ。全国レベル。オールラウンダー。藤崎の言葉が、頭の中をぐるぐる回ってた。


 でも。


 藤崎は言った。「今のあなたにできることを、思い切りぶつけてきなさい」って。

 だったらやるしかない。俺らしく、思い切り。


 *


 今回は俺からのサーブだ。

 一回戦では、アンダーサーブで痛い目を見た。だから、同じ轍は踏まない。今日は——最初から、思い切り、振り切る。


 トスを上げて。打ち下ろす。


 スパァン! ドンッ!


 ……入った! 速い、ファーストサーブ! 我ながら、いい球だ!


 スパァン! ドッ!


 ……えっ。


 ラブフィフティーン<0-15>


 返ってきた。それも、ただ返ってきたんじゃない。俺のコートの、ぎりぎりの隅に打たれた。


 リターンエース。


 俺の、自慢のファーストサーブが。エースされた。一球で。


 ……は? いや待て。今の、めちゃくちゃ速いファーストだったぞ。それを、こんな、当たり前みたいに、しかも俺が触れないコースに、打ち返した!?


 ――いきなり、失点。


 ……まあ、いい。今のは、たまたまだ。次、次。


 もう一本、ファースト。


 パスっ。


 ……あ、ネット。フォルトか。


 仕方ない、セカンドだ。一回戦で掴んだやつ。アンダーじゃなく、上から、思い切り振り切る——。


 スパァン! ドカッ!


 ……入った! ぎりぎりだけど、ちゃんと、サービスエリアに!


 パァァン!!


 ……えっ。


 ラブサーティ<0-30>


 ……また。また、リターンエース。


 俺のセカンドサーブも。またエースで――打ち返された。


 ……なんで。


「……おいおい、やばいな、二ノ宮優斗」

「あのサーブをエースするって、どんだけレベル高いんだ……」

「さすが、優勝候補だな……」


 コートの周りから、ざわめきが、聞こえてくる。


 ……分かってる。聞こえなくても、分かってる。


 俺の、武器のはずのファーストサーブが。二ノ宮君には、ただの、打ちごろの球だったっていうのか!


 ……くそ!


 ……切り替えるんだ! 最初から、相手が強いことは、分かってたんだ。藤崎にもさんざん言われてた。怖気づくな。


 大丈夫だ。サーブがダメでも、俺にはラリーがある。


 ラリーに持ち込めば、両手フォアの広いカバー範囲がある。左右でどこでも返せる、俺の土俵。そこに持ち込めば、きっと、勝機は——。


 *


 ゲーム、<0-6>。


 ファーストセット、二ノ宮君の取得。


 ……。


 俺は、ベンチで、呆然としてた。


 <0-6>。


 一ゲームも、取れなかった。


 ……どういうことだ。


 ラリーに持ち込んだ。何度も。両フォアで、左右、追いかけた。届く範囲は広いはずだった。


 なのに。


 二ノ宮君は、俺がぎりぎり届かないところに、打ってくる。針の穴を通すみたいに、コートの本当に、際のところ。俺が必死に追いついて返しても、今度は、逆のサイドに打たれる。それの繰り返し。

 走らされて、走らされて、最後は、もう足が止まったところに、ウィナー。


 ……なんで。

 なんで、俺のラリーで、ポイントが取れないんだ。


 俺のカバー範囲は、広いはずだろ。両フォアで、普通の選手より、ずっと広く返せるはずだろ。


 なのに、その広いはずのカバー範囲を、二ノ宮君は、平気で上回ってくる――。

 俺が「ここまでは届く」と思ってる、そのさらに外。そこを正確に、突いてくる。まるで、俺のすべての動きを見透かされているみたいだ――。


 ……分からない。

 二ノ宮君は涼しい顔、汗もかいていない、まるで本気を出していないような余裕がある。

 何が起きてるのか分からない。ただボールに、ずっと、振り回されて。気づいたら、0-6になってた。


 *


 セカンドセットが、始まった。


 ……ダメだ。流れを変えないと。


 でも、どうやって。


 ゲーム<0-1>。<0-2>。


 二ゲームとられた。

 でもなんとなく、なんとなくだけど、わかってきた――気がする。やられてる、理由が。

 二ノ宮君はとにかく、コースが正確なんだ。

 俺の、苦手なコース。というか、ほとんど取れないエリア。そこに狙って、打ってくる。まるで針の穴を、通すみたいに。コートの、際ばかりだ。


 ラリーになっても、同じだ。きわどいコースに、打たれて。左右に、振られて。俺が、なんとか食らいついても、最後は、届かないところに決められる。


 理由は、分かった。


 でも——分かっても、どうしようもない。


 相手のコースが、正確すぎる。返せないところに、打ってくるんだから。理由が見えても、対処のしようがない。


 むしろ、理由が見えるぶん、苦しい。走りまわっている途中、二ノ宮が打とうとするコースが見えるんだ……。

 「あ、またあのコースだ」「あ、また届かない」って、やられるのが、分かってて、やられる。


 ゲーム、0-3。


「……おいおい。このままじゃ、ラブゲームじゃんか……」

「千両の両手フォアハンドも、やばかったけど……二ノ宮は、それ以上か……」


 観客の声が、刺さる。


 ……ヤバイ。


 このままじゃ、一ゲームも取れずに、負ける。0-6、0-6。完全に、何も、できないままだ。


 クソっ!

 なんで、こうなってる。


 俺の、両フォア。広いカバー範囲。覚えたばっかの、トップスピン。思い切り振る、ファーストサーブ。

 ぜんぶ、通用しない。


 ぜんぶ、二ノ宮君の、手のひらの上だ。

 田中君のときは、自分の武器で、なんとか、戦えた。穴を突かれても、工夫で、乗り越えられた。


 でも、この相手には。何も通じないのか。――工夫する、隙さえ、ない。


 ……そもそも。

 俺は、ラケットを、握りしめた。

 ……俺の武器って、なんだ?


 両フォア? 通じない。フラット? エースされる。トップスピン? まだ、しょぼい。サーブ? 打ち返される。


 じゃあ、俺の、武器って。


 ……なんなんだ?


 ベンチで、俺は、初めて。

 自分が、分からなくなった。



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