新たな証拠
同じ週の金曜日の朝、十時頃だった。
多嘉恵さんが神原のいる部屋に、一人の少女を伴って入ってきた。
「神原さん。この方は田川ひろ子さんといってね、柔道教室に通っている人よ。田川さん、この人が探偵の神原さんよ。田川さんはね、同じ痴漢に三度もあって、すごく恐い思いをしたの。それでね、美咲先生に相談してしばらく経ったら、嘘のように痴漢にあわなくなったのよ」
「ほう。それは興味深い。ぜひ話を聞かせて下さい。多嘉恵さん、お茶を頼む」
山本刑事と吉田刑事は、閑静な住宅街の一角にある川村家のインターホンを鳴らした。
「はい」女性の声がした。
「お宅に、川村武文さんはおられますか。私達は神奈川県警のものです。」
「少々お待ちください」
しばらくして門が開けられ、げっそり痩せた小柄な男が出て来た。
「川村武文さんですか。連続男性自殺事件の調査の一環なのですが、少々お聞きしたいことがあります。ちょっと、よろしいですか」
「…どうぞ」
リビングに招き入れられた二人は、川村武文と向かいあわせてソファに座った。
「川村さん、あなた、田川ひろ子さんという女性をご存じですね」
「さあ、知りません」
「シラを切っても無駄ですよ。警察に、あなたが自首してこられた際の記録が残っているんですから」
川村はうなだれて言った。
「もう、終わったことです。罪は償ったんですから、そっとしておいてください」
「申し訳ありません。今回は、あなたを責める為に来たわけじゃないんです。伺いたいんです。何故、あなたはバレてもいないのに、赤裸々に自白されたのでしょうか」
「それは…。信じてもらえないかもしれませんが、脅されたのです」
「誰に?」
「誰かはわかりません。とにかく、その脅しが恐くて、自首せざるを得なくなったんです」
「どんな脅し方だったんですか」
「僕は、田川さんに三回、他の女性にも数回、痴漢をしていました。そのため『臀部に焼き印』の刑に処すると脅されたんです」
「え?」
「ちょっと、話が見えないんで、順を追ってお願いします。まず、いつ、何処でというところから聞かせて下さい」
川村武文は、自分が体験した不思議で恐ろしい出来事について、刑事達に説明した。
山本と吉田は顔を見合せた。
「それで、あなたは焼き印の刑だったわけですか」
「でも、今お話しした通り、もし賠償金を払って警察に自首すれば、一回だけ免除されると書いてありました。それで僕は、お金を払って自首したわけです」
「真に受けて、大金を払い、正直に自首しようと思うほど、恐かったのですか」
「それもありますが、僕の知り合いの痴漢仲間に、実際に『恥』の焼き印を押された奴がいたもんで、それを知っているから、そんな目にあうくらいならと思って自首したんです」
「その人を教えてもらえませんか」
神原、山本、吉田の三人は、比較的小さいが小奇麗な、アパートの角部屋の呼び鈴を押した。
ドアを開けたのは、四十才くらいの毛髪の薄い中肉中背の男であった。
「剣持靖男さんですね。私は探偵神原、こちらは神奈川県警の刑事さん達です。お願いしたいことがあります。中へ入れてもらえませんか」
怪訝そうな顔をしながら、剣持は散らかった部屋に三人を入れた。
「剣持さん、大変恐縮ですが、お願いがあります。お嫌でしょうが、焼き印を見せてもらえないでしょうか」
「えっ! い、嫌です!」
「これは今回発生している、連続男性自殺事件の真相を知る上で、大切な事なんです。今後、あなたのような被害者を出さない為に、ぜひご協力いただけないでしょうか」
剣持は答えに窮した。
「い、いくら刑事さん達とはいえ、いきなりやってきて初対面の僕にお尻を見せろだなんて、失礼じゃないですか」
「失礼は重々承知ですが、犯人を捕まえる上で必要な証拠なんです」
「…証拠ってことは、僕のお尻の写真を撮って、警察や色んな関係者の人達にも見せるって事ですか? 絶対嫌だ! 名誉棄損だよ、そんなのは…」
「そこを何とか」
「嫌だ、帰ってください」剣持は臀部を守るように壁に背中をくっつけて、部屋の隅ににじり寄った。
「つべこべ言ってんじゃねえよ、痴漢容疑で逮捕されたくなかったら、さっさと脱げ! こっちは仕事なんだ、べつにあんたのケツなんか見たくて見るんじゃねえんだよ!」
吉田が啖呵を切った。
神原も山本も、いきなりだったのでびっくりした。
もっとも、山本のちょっと昭和の刑事ドラマっぽい捜査方法を日頃から見ている吉田が、こういう行動に出る事は珍しくなかった。
そんな時には山本が温厚な刑事役を演じるのが常である。
だが、この局面での吉田の啖呵は山本にも予想外だった。
しかしそのお蔭かどうか、渋々ではあるが、剣持から証拠となる焼き印を見せてもらう事が出来、しっかりと写真に収めることが出来た。
その焼き印は、確かに一文字の直径が野球ボールほどのサイズのものであったが、はっきりと刻印されていた。まるで入れ墨のようにも見えるその焼き印は、何ミリも深く肉を引き裂いて刻印されており、皮膚を通過して焼かれた肉がぱっくりと焼け跡の左右に開いて焦げ茶色に爛れた為、太く見える線は、見るからに痛々しいものだった。焼き印が押されてから三ヶ月近く月日は過ぎていたが、未だにその火傷が癒える兆候は全くない。
剣持によると、焼き印を押される時も、目隠しをされていたので、状況はわからなかったらしい。しかし、息も止まるほどの熱による衝撃は、まさに地獄の沙汰であったという事だ。
吉田から写真をスマホに送ってもらった神原は、「少なくとも、これは多嘉恵さんには絶対に見せられないねえ」と、ニヤッと笑った。
「だけど神原、敵は驚くほど慎重だよ。絶対に自分達の姿が見えないように行動してるから、何人の被害者を集めても、結局決定打にはならないよ」
山本が考え込みながら言った。
「まあ、そこは俺ら探偵が、お堅い警察とは違うってとこを見せてやるさ」




