73 クリュエル城
馬車に乗り込み、クリュエル城へと向かう。城が近づくにつれ、気持ち悪くなった。吐き気をこらえて、止まった馬車を降りれば、血の匂いがした。
「ずいぶんきれいになったようですね。友人の話では、本当にひどいありさまだったらしいですが。」
「ですが、かすかに血の匂いが残っています。」
「獣人は本当に鼻がいいですね。ご愁傷さまです。」
鼻をハンカチで抑えるルトに、ゼールはにこにこと笑いかけた。
濃い、血の匂いがする。
でも、きっとこれは、本当に血の匂いをかぎ取っているわけではない。ただの記憶だろう。
城内に入り、すたすたと歩くゼールについて歩く。
「おそらく、あそこが一番記憶を呼び戻す場所でしょう。」
「あそこって?」
「来ていただければわかります。」
そして、城の奥、地下へと続く階段を下りて、私たちは鉄格子の並ぶ場所、牢屋へときた。
じめじめとしていて、かび臭い。
あぁ、ここだ。
自然と足が動き、私は先頭きって歩く。
とある牢屋の前で、何かがいたような気がして立ち止まった。
「・・・誰もいない。」
「はい。今は誰も囚われていません。」
空っぽの牢屋に違和感があったが、私はまたすぐに歩き出した。
気持ち悪い。吐き気がする。
私は、目を背けて、とある牢屋の前を通り過ぎ、最奥の部屋の扉の前で立ち止まった。
「・・・」
「この部屋は、拷問部屋ですね。あなたにとっては、実験部屋だったのでしょうが。」
「サオリ様、戻りましょう。無理して思い出す必要はありません。」
「・・・思い出さないと、私はただの実験動物なんだよ。」
「え?」
ノブに手を伸ばして、ノブを回す。かぎはかかっていないようで、あっさりと開いた扉。吐き気をもよおす空気が、部屋から流れる。
悲鳴が聞こえた。
「うでが!うでがー!!」
「サオリ様!」
「いやぁあああああああああああ!」
あぁ、私の悲鳴か。でも、悲鳴くらい上げるよ。だって、腕を切り落とされたんだ。次には、足を。また腕を、また足を・・・
「はぁはぁはぁ。」
「サオリ様・・・」
額に流れる汗を、ルトがハンカチで受け止める。
「ここで行われていたのは、実験です。サオリさんの自動治癒が、どこまでの治癒能力を発揮するのか。それを実験していました。」
「ゼール!やめろっ!これ以上サオリ様を苦しめるなっ!」
ルトが声を荒げて、ゼールの胸ぐらをつかむ。
「そう、私は実験動物だったの。」
「サオリ様、・・・おやめください。」
「初めは嘆いた。でも、それが無駄だってわかって、痛みにも慣れて・・・いつしか、腕を切り落とされても、燃やされても、叫び声すらあげなくなった。それが日常になったの。」
記憶を整理するように、誰に聞かせるとかいう考えはなく、ただ事実を話した。
「逃げようなんて、考えたのは最初のうちだけ。だって、ここにいれば生きていける。殺されるわけでもないし、ご飯は少ないけどちゃんと出る。だから、ここで生活していた。」
「でも・・・あの日は、違った。」
「あの日?」
私は、移動魔法を使った。
私が過ごした牢屋。そこに私とルト、ゼールはいた。
「え?」
「移動魔法の使い方を思い出したようですね。」
「そう、初めてここで使ったの。使えるようになったの。だって、誰も助けてくれなかったから。自力で、どうにかするしかなかったの。」
「・・・サオリ様・・・」
「私が移動した場所は、玉座の間だった。」
私は再び移動して、笑った。
「ははっ!ははははっ!」
「サオリ!?」
アルクの驚く声が聞こえた。リテ、エロン、プティ、マルトー・・・その他大勢の声が聞こえたが、私は構わず笑って言った。
「兵が、私に乱暴しようとしました。」
「私はそういったの。そしたら、あの王は何て言ったと思う?」
「殺せ。」
「私をね、殺せって命令したの。そして、兵士に襲われた。だから、移動魔法で必死に逃げた・・・死にたくなかったから。」
目をつぶる。深呼吸をして、興奮を抑えた。
完全に思い出した。
目を開ければ、旅を共にした仲間たちが、痛ましそうにこちらを見ていた。一番近く、ルトの視線を受けて、私は微笑んだ。
「やっと思い出せた。ごめんね、忘れちゃって。」
「いいえ・・・サオリ様、すみません。僕は、サオリ様が記憶を取り戻したと知って、うれしくなりました。忘れていたほうが幸せだと分かっているのに。」
「いいよ。忘れたくないことだって、たくさんあるから。」
「それは、私のことも入っていますか?」
胡散臭い笑みを浮かべるゼールに、私は困った顔をして答えた。
「どちら様でしょうか?」
「はぁ・・・ありがとうございます!」
体を震わせて礼を言うゼール。ま、感謝の気持ちだ。
「サオリ、記憶戻ったみたいだな。」
「うん。心配かけてごめんね。」
「サオリさん・・・もう、出ましょう。ここは、あなたにとって気分のいい場所ではないでしょう。」
「ありがとう、リテ。なら、お言葉に甘えさせてもらうよ。」
先ほどから震えが止まらない。
それが恐怖からくるものではないことは、私の口角が上がりそうなのを見ればわかる。
この場所では、何を口走ってしまうかわからない。
「サオリ、私も一緒に行くわ。」
「エロン・・・ごめん、みんなと一緒にいてくれる?」
「え・・・」
なぜ、彼女のことを無条件に信用していたのだろうか?今になって思えば不思議だ。彼女から何かを感じることはない。ただ、少し気恥しいというのはあるけど。
「では、僕が一緒に・・・」
「リテも、プティたちと一緒にいて、情報を集めてほしい。アルクもね。」
「サオリさん・・・」
「わかった。何をするつもりかわからねーが、頑張れよ。」
「うん、ありがとう。」
私は、城に来た時と同じメンバーでゼールの屋敷へと帰った。
記憶喪失のせいで、無駄な時間を過ごしてしまった。
今から特訓をしなければ。




