51 そばにいたい
私のほほに、温かい何かを感じた。だけど、目を開けるのがもったいないくらいに気持ちよくて、その何かを確かめようとはせず、まどろみを楽しむことにした。
「サオリ・・・」
あぁ、懐かしい。ずっと、この声を聞いていたい。
「ん・・・」
目を開ける。
すぐ近くに、エロンの顔がある。普通だったら寝起きの顔を見られて恥ずかしいとか感じるはずなのに、そんなこともなくただ安心した。
「おはよう、サオリ。よく眠れた?」
「うん。」
頭をなでられて、もう一度眠りにつきたくなったところで、元気な声が頭に響いた。
「おはようございます、サオリ様!今日もいい天気ですねっ!」
やや、やけくそ気味に聞こえたルトの声に、目はすっかり覚めた。挨拶を返して、起き上がり伸びをする。
ルトはさっさと支度をして、下に降りて行った。でないと私たちの準備ができないからだろう。私たちもさっさと身支度を整えて、朝食をとるために食堂へ向かう。
「サオリ。」
「何、エロン?」
「・・・」
「エロン、どうしたの?」
泣きそうな顔をしたエロンに、焦る。どうすればいいのかわからなくて、とりあえず抱きしめたら泣きだされた。
「ごめ・・んなさい、サオリ。」
「エロン?どうしたの・・・」
「あなたが、辛い思いをしたって・・・聞いて・・・」
どうやら私の境遇を憐れんでいるらしい。優しい子だ、人のために泣けるなんて。
「泣かないで、エロン。もう私は大丈夫だから。」
「本当に、大丈夫なの?・・・本当に?」
「・・・うん。」
嘘を言った。本当は、大丈夫ではない。それでも、この涙を止めるために私は嘘をついた。
「・・・嘘が下手ね、サオリは。」
「・・・隠し事はできないみたいだね。」
「ふふっ。当り前じゃない、どれだけ一緒にいると・・・はっ、何でもないわ。」
「エロン?」
「さ、行きましょう。きっとみんな待っているわ。」
「うん。」
食堂に行くと、アルク、リテと先に部屋を出たルトが待っていた。
プティたちは先に食べて、プティの部屋で話をすることになった。話とは、エロンを仲間に加えることだ。
「昨日も聞いたが、エロンは戦えるんだよな?」
「はい、一応。ですが、自分の身を守る程度だと思ってください。私がこのパーティーで役に立てるのは戦闘ではなく、回復です。わかりやすく言えば、腕が取れたとしてもくっつけて差し上げることができますよ。」
にっこりとかわいらしい笑顔で言っているが、かなりグロい例えだ。ちょっと食欲がなくなってきた。
「それはすごいですね。教会は凄腕の魔術師を多く抱えていると聞きました。特に回復魔法が得意なものを抱え、優遇していると。その中でも、優秀なものは聖女と呼ばれているとか。」
「公式ではありませんけどね。私の教会では、聖女、聖人は人の体を捨てたものに与えられる肩書ですから。ただ、民衆にわかりやすく受けがいいので、その肩書を語ることが許された者もいます。」
「へー。だったら、聖女や聖人って呼ぶのはあまりよくないんだな。」
「えぇ。私は気にしませんけどね。」
「あなたは聖女なのですか?」
「はい。そう呼ばれています。ですが、そんなたいそうなものではありません。私は、熱心に祈りをささげている敬虔なシスターと噂されていますが、祈りの内容を聞けばみな眉を顰めるでしょう。」
「どのようなことを?」
「それは内緒です。ですが、祈りは届いた・・・それだけは事実として、お伝えしましょう。」
エロンは私を見て、少し悲し気に微笑んだ。
私たちは5人でプティの部屋に押し掛けた。プティに用意された部屋は広い部屋だったが、さすがにこの人数が入ると窮屈に感じた。
「初めまして、王女様。私はシスターのエロン。教会からの命令ではなく、個人的に勇者の力になりたいと思い、ここまで来ました。」
そう、エロンは教会の指示で私を助けたわけではない。教会の名を使ったが、教会は私に関しては国に任せる方針らしく、わざわざ悪い領主から救おうなどとは思っていないらしい。だから、昨日はエロンの善意に助けられたわけだ。
「教会は関係ないということでいいのね。」
「はい。」
「わかったわ。そのまま教会に戻りなさい。」
「え・・・」
「ちょっと待って、プティ。」
「何かしら、サオリ。」
「なんで考える様子もなく、反対するわけ?」
「そんなの決まっているじゃない。もう、決まっていたことだからよ。魔王討伐は、私にマルトー、サオリにアルク、リテ、ルトの6人で行くわ。」
「ギルドじゃねーんだ。パーティーを変えるはずないだろ。ま、そいつがかなり強いなら話は別だが?一考するぐらいの強さの持ち主なのか?」
マルトーがそんなわけないだろうと、確信したように言った。
「・・・わかりました。なら、あなたに勝てたならば、考えてくださりますか?」
「エロン!?」
エロンが決意したように言うが、私はそれを止める。
「面白れぇーが・・・笑えねぇな。女をいたぶる趣味はないんだ。」
「私は、ただいたぶられるだけではないですよ。」
意志の強い目で見返すエロン。ちょっとかっこいいが、怪我をしてほしくないので挑発するのはやめてほしい。
「はぁ・・・プティ、こいつの目、マジだぜ。俺と刺し違えてでも俺を倒す気だ。」
「それで、あなたはどうかしら?賛成か反対か。」
「反対だ。足手纏が増えるってレベルじゃねー。自殺しに行くやつを止めるのは骨が折れるからな・・・」
「そうね。で、あなたたちはどうなのよ、サオリの騎士たち。」
黙って成り行きを見守っていた3人にプティは尋ねる。3人とも私を見て、言いにくそうに口を開いた。
「賛成はできません。」
「俺もだ。」
「僕は決定に従います。」
3人とも、エロンを仲間に入れるつもりはなかったようだ。なぜ、どうして・・・
「決まったわね。わかったらさっさと部屋を出て行ってちょうだい。」
「待って。なんでみんな反対なの?回復役は必要だと思うけど、みんなはそうは思わないの?」
「腕はくっつけることはできませんが、僕が回復魔法を使えるので必要ないでしょう。」
そうなのか?だって、みんな私みたいに自動回復をしない。なら、回復魔法は必要だ。それも、高レベルな。
森に狩りに行く程度だったら、リテの回復魔法でもいいだろう。だが、これから行くのは魔王城・・・軽傷では済まないけがを負うものだって出てくるはずだ。なのに、なぜ?
「サオリ・・・」
エロンが悲し気に私の目を見る。だけど、私にはどうすることもできない。
「ごめん、エロン。私もあなたと旅をしたかったし、回復魔法は必要だと思うけど・・・」
これだけ反対されているのだ。何を言っても無駄だろう。
「・・・わかったわ。話を聞いていただき、ありがとうござました。それでは、失礼します。」
王女に向かって礼をしたエロンは、私の手を取って部屋を出る。それに3人もつづいたが、プティが3人を呼び止めたので、結局出たのは私たちだけだった。2人きりになりたかったからよかったけど。
「サオリ、残念だったけど私はあきらめていないわ。」
「でも、エロン・・・」
「本当は、あなたを連れて・・・森にでも家を建てて、一緒に住みたいと思っているわ。でも、あなたは行くのでしょう?」
「うん。でも、私もエロンと離れたくない。」
彼女の傍だと安心する。敵か味方か、そんなこと考えなくていい。彼女は味方だと本能が告げる。そんな人のそばにいたいのだ。
「私もよ。だから、この別れは一時のもの。すぐに会いに行くから、待っていてね。」
「・・・うん。」
別れか。その言葉で、胸が張り裂けそうだ。苦しい、辛い。
「またね。」
「あ・・・」
エロンの手が離されて、エロン自身も私から離れていく。
行かないで。
そう、止めることもできない。それが悔しくて、唇をかみしめた。