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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第四話 対決!雷音寺一門
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湯けむり女忍風呂

 チャポン……

 白い湯気の渦巻く世界。連子窓れんじまどから水蒸気が外気へ逃げていくのが見えた。外は火が暮れて真っ暗で、カエルが鳴いている。湯煙のむこうで若い娘達が生まれたままの姿で湯槽につかっていた。 


「ふぅぅぅ~~極楽なのです……」

「このために生きているなって気がするよ」

「うむ……それにしても、三人も同時に入れる内風呂があるとはのう……さすがに駒込の庄屋はもうかっておるようじゃな……」


 風呂場で紅羽、竜胆、黄蝶は湯船につかっていた。三人は張りのある玉の素肌に雫をたらして蕩けた顔をしていた。大顔妖怪五体面の唾液粘着弾で粘液まみれになったのを見かねた駒込村の庄屋が風呂を貸してくれたのである。


 江戸時代の人々は貧乏長屋の庶民家族から、大店の主人一家も、武家もほとんどの人間が銭湯に通っていた。それはこの時代、火事が多発したため、幕府は内風呂を禁止していたのである。それに江戸市中には水道が引かれていたが、それでも使える水量は少なく、薪代も高いため、銭湯に通う方が合理的なのである。


「それしても、まだ肌にネトネト感があるのじゃ……」

「まったく、ろくでもない攻撃をする妖怪だったなあ……」


 湯船からあがった竜胆と紅羽は庄屋の奥さんから借りた米糠こめぬか入りの袋を使って、ゴシゴシと二の腕から全身をこすりはじめた。


 江戸時代にもポルトガルから輸入された石鹸せっけんはあったが、とても高価で一般庶民はとても手に入る品ではなかった。当時の人々はお米を精米したときにできる米糠を袋にいれて体を洗っていた。これで体の汚れがおち、さらに肌をしっとりとさせる効果もあった。糠は現代の化粧品にも使われている優秀な洗顔料である。また、シャンプーの代わりにうどん粉、海藻のフノリ、粘土、灰汁あく、椿の油粕なども使われていた。


「竜胆ちゃんも紅羽ちゃんも綺麗な肌なのですぅ……うらやましいのですぅ……」


 浴槽から首だけ出して、黄蝶が上気した顔で二人のくノ一を見つめていた。


「なにいってんだよ……ほらっ、黄蝶も洗ってやるから湯船からあがりなっ」

「やぁ~~んですぅ!!」


 紅羽が黄蝶をザブンと引っ張り出して、米糠袋で少女体型の黄蝶を洗い出した。


「おいおい……無理強いはするでない紅羽……」


 と、女忍者三人娘は「きゃっきゃうふふ」と広い風呂を楽しみ、疲れを癒していた……夜も遅くなり、庄屋の好意で三人は衣服を借りて一泊した。




 そして翌日の朝――


 小高い丘の上に朝靄につつまれた小さな尼寺がみえる。ここは駒込から北東へ進んだ地・谷中やなか新堀村にいぼりむら道灌どうかん山から北に小さな尼寺・柳厳山りゅうげんさん鳳空院ほうくういん庫裡くりから墨染めの法衣を着た尼僧が出てきた。


秋芳尼しゅうほうにさま~~~~」


 元気な声が聞こえて、若い庵主の秋芳尼が顔をあげる。細身だが、胸と腰の肉付きがよい。いつの間にか傍らに初老の男が佇んでいた。


「あらあら、うふふふふ……紅羽たちが無事に帰ってきたようですね……」

「そのようですな、秋芳尼様……」


 鳳空院の麓にある茶屋の主人であり、天摩忍群の小頭である松影伴内まつかげばんないが目を凝らすと、紅羽・竜胆・黄蝶は駒込野菜のはいった駕籠をのせた大八車をひいて戻ってきた。にぎやかな声に引きつられて、大男の金剛こんごうと伴内の妻・浅茅あさじも集まってきた。


「秋芳尼様、小頭、妖怪五体面は首尾よく退治いたしました!」

「よくやり遂げましたねえ……」

「この野菜はどうしたの?」


 伴内の妻で小太りの肝っ玉母さん・浅茅が目を輝かせて三人と野菜籠を見やる。


「妖怪退治料とは別に、駒込の名主さんやお百姓さんたちが感謝の印にオマケをくれたのです!」

「あらまあ、家計に大助かりだよ……」


 まかないい係である浅茅は特産の駒込ナスや牛蒡、人参など美味しい野菜土産を見てホクホク顔だ。鳳空院はいつも清貧の暮らしぶりなのである。次に先輩忍者・金剛が三人に武器を見せるようにいった。


「ふむ……手裏剣はともかく、太刀や薙刀に刃こぼれが少々あるな……炭焼き小屋で修理をするから預かる……」

「ありがとうございます、金剛さん!」

「黄蝶の円月輪もお願いするのです」

「わかった……わかった……」


 ちなみに手裏剣や苦無くないなどの忍具はできるだけ回収して、忍者の痕跡を残さないのが常道である。


「ところで、竜胆。妖怪退治料は無駄遣いしなかったであろうな?」

「はい、小頭……そっくりそのまま……」


 竜胆が布に包まれた金子きんすを松影伴内に渡した。駒込の名主たちと神社仏閣の僧侶・宮司の執事からの心づけである。妖怪五体面のせいで停滞していた野菜市場も活性化し、参詣客も増えるのであれば、これほどの報酬も出せるのであろう。


「小頭あたしにも、金子を見せてくださないな……」

「黄蝶も黄金色を見たいのです!」

「やかましい、お前たちは無駄遣いをするからいかん!」

「そんなあ……見るだけくらい、いいじゃないですかぁ……」

「そうだよ、小頭のケチケチオヤジ!」

「なんじゃとぉぉっ!」


 朝靄が消えつつあるなか、鳳空院はいつも通り騒がしい。



 十代将軍徳川家治の時代――天明てんめい元年五月上旬、西暦でいえば1781年の初めの頃。




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