危険な男
「……危険な男……とは?」
松田半九郎が眉根をよせて竜胆に訊き返した。
「……あの男……寺田五郎右衛門は主命とあれば、女子供でも容赦なく斬り捨てる、非情の男と聞き及びました……」
「なっ……まさか、寺田殿が……誰がそんなことを」
「我等の師匠・松影伴内からお聞きしましたことです……」
「なんと、伴内殿が……」
美貌の巫女が柳眉をくもらせ、言い淀んだが、決然と言い放った。
「そして、我らが仕える秋芳尼殿には会わせないように、とも……」
「秋芳尼殿に? なにゆえ……」
半九郎は面食らうことばかりが耳に入り、思考がパニック状態だ。
「寺田殿の主君は御存じですか?」
「それは、無論……高崎藩藩主で、御老中の松平右京大夫殿だ……」
そういってから、押し黙ってしまった。
一見、平和に見える太平の世であるが、幕府の最高権力者ともなれば、政界での暗闘もあるであろう。
暗黙裡の噂話で、政界の闇での謀略・暗殺・斬り合いというものを聞いたことがある。
――いや、しかし、兵法者として高名な寺田殿がそのような闇の剣を振るうであろうか……いや、だからこそ、藩上層部に密命がくだることが……いやいや、そんな莫迦な……しかし、竜胆のいう事を疑うことは、天摩流の者達のいうことを疑うということだ。
今までともに妖怪と戦ってきた彼女らを……お優しい秋芳尼殿を……う~~む……
表の世界で一心に剣術を学び、堂々と日の下を歩いてきた松田半九郎には暗闘の話など、別の世界の話のように思われた。
田辺藩と高崎藩は石高こそ違え、ともに徳川家を支えてきた譜代大名の家柄ではあるが、老中となった松平左京太夫の命令には、田辺藩藩主の牧野豊前守も逆らえまい。
まして、一介の下級藩士である松田半九郎は上司に政治の意見することもできない。
「……とにかく、我らは寺田五郎右衛門とは……御老中とは距離をおきます……松田殿……詳細はきかないでください……」
「……うむ、わかった……」
迷妄の霧のなかを彷徨う半九郎。
その脳裏に、町奉行同心で道場の兄貴分である岸田修理亮の顔が浮かんだ。
(不可解なものは道理で考えてもわからない。わからないから、振り回される、時間を浪費する。まずは己の考えがおよぶ範疇から、考えていけばいいのさ……)
――そうだ……俺は一介の……新米の寺社役同心にすぎない。今はただ御役目をまっとうすべきだ。
半九郎は両の頬をたたき、気持ちを切り替えることにした。
惑乱した状態では、本来の役目たる妖怪退治の仕事で足を取られる。
「よしっ!!」
まずは青梅の宿場へ。
そして明日は奥多摩にある氷川宿から土隠山へ向かうのだ。
気分を変えるべく、前から疑問に思ったことを口にした。
「しかし……前から不思議に思っていたのだが、お前たち天摩流の妖怪退治人は忍術遣いが先祖なのか?」
竜胆・紅羽・黄蝶が「えっ!?」と驚愕の表情で松田同心を見た。
今まで秘密にして、半九郎の前では術の発動前に、『天摩流云々』といったつもりであったが。
「えっ……なんで急にそんなことを?」
「前の赤目の人斬り事件の時も紅羽と黄蝶がそういっていたぞ」
「お主たちぃ……」
竜胆が柳眉を逆立てて紅羽と黄蝶を見やる。
「しまったぁぁぁ……」
「しまったのですぅ……」
「いや、さきほどの退魔僧の戦いでも、おもいきり『天摩忍法なにがし』といっていたではないか……」
「なんだ、竜胆もゆっちょったけん、同罪やん……」
「ゔっ…………」
気まずい竜胆に「してやったり」とニヤリとする紅羽。その袂を黄蝶が引っぱる。
「紅羽ちゃん、訛っているのですよ……」
「ゔっ…………まあ、とにかくですねえ、松田の旦那、たしかに天摩流は忍びの……」
「まずいっ! 黄蝶、紅羽の口をふさぐのじゃ!!」
「はいですぅぅぅ!!」
「むぐぅぅぅぅ~~~!!」
竜胆の指図で黄蝶が紅羽の口を両手でふさいだ。
紅羽がなにか余計なことを漏らすのを見越して、竜胆が半九郎に解説を始めた。
「松田殿……確かに我等、天摩流妖怪退治人の破魔法・退魔術は戦国時代の忍びの系譜も受け継いでおります……しかし、忍術とは本来、秘匿しておくもの……それは一刀流の奥義でも同じことを存じあげます……」
「うむ……たしかに……では、詮索するのは野暮というものであるな……いやなに、少し気になったものでなあ……盤渓寺の僧侶たちも同じような不思議な術をつかったし……」
「それは、半九郎殿がいま、我らの頭目・秋芳尼様と小頭の松影伴内にならっております練丹法に関連があります」




