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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第六話 幽幻!呪われた山の土蜘蛛
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邂逅

 半九郎があれほど会ってみたいと渇望した相手……現在、日ノ本一の剣豪と目される侍の名だ。


 急に威圧のような『剣気』が消えた。

 たとえれば、抜き身の刃が鞘にもどされたかのような感覚であろうか。

 ふたたび、杉林から鳥のさえずる声や虫の鳴く音がした。

 気絶したカナヘビが目覚めて、草むらに消えた。


 止まっていた時間がふたたび、動き出した、そんな錯覚をおぼえる。

 その武士は何事もなかったように、ゆっくりと深編笠をあげて、顔をみせた。


 精悍な顔立ち、鋭い眼光、口をへの字に曲げ、頑迷固陋がんめいころうを絵に描いた相である。

 その肉体は碁盤ごばんと材木を継ぎ足したような偉丈夫で、運慶の作った不動明王像を思わせる……彼こそが江戸中後期の剣豪として名高い寺田五郎右衛門宗有である。


 十五歳のとき中西派一刀流の初代・中西忠太の道場に入門し刀法を学んだ。

 しかし、中西忠太が亡くなり、二代目・中西忠蔵が跡目を継ぎ、稽古方法の意見の違いから、二年後に道場を去った。


 竹刀稽古をいっさいせず、木刀による形稽古と組太刀の修行に執心。

 そして毎朝二百回から三百回の水浴びと断食を繰り返して体を鍛えあげ、参禅で心を鍛えた。


 寺田は十八歳で上野国高崎藩に仕え、池田八左衛門の平常無敵流門下に入門。

 それから十二年間の修行をし、『谷神伝こくしんでん』の奥義を授かり、池田一門の大立者となった。

 彼は高崎藩随一の武芸者であり、江戸剣術界では組太刀では無敵と噂される。

 このとき数え年で三十七歳。


「盤渓寺流退魔僧と天摩流退治人の試合……なかなかの見物であった……」


 さきほどの威嚇の『剣気』など白昼夢だったかのような……そんな気さくで明るい口調であった。


「あなたが寺田殿でしたか……俺……いや、私は田辺藩藩士で、松田半九郎といいます。下谷の中西道場で一刀流を学んでおります……」


「ほう……中西忠蔵殿のもとで……彼は相変わらず息災のようだの……前に手紙がきた……」


「ええ……きっと、寺田殿がいた頃とは、かなり様相がかわったと思います」


 会いたかった剣客にひょんな事から合うことが出来て感動に打ち震えていた半九郎である。


 ――初対面のこの俺に気さくに話してくだされるとは、なんと親切なお方であろう…… 


「そんな事まで知っているのか? はるか以前(二十一年前)……ほんの二年ほど学んだだけだが……」


「中西先生は昔を懐かしみ、会いたがっていましたが……」


「ふふふ……松田殿。そこもとも藩に仕える身ならば、さまざまな役職があることを存じよう……」


 が、ここで見えない刃による軽い『色付け』を感じた。

『色付け』とは剣術用語で、さぐりの初手のことである。

 急に背筋がゾクリとするものを感じた。


 ――練丹法修得の教えなどはもう、どうでもよい……この剣界随一と噂されるお方と剣を一手まじえてみたい……


 それは剣術修行者である松田半九郎の、純粋な剣客としての渇望であった。

 一刀流の免許皆伝の目録をさずかったとはいえ、まだまだ上の腕を持つ剣術家はたくさんいる。


 ――敵わずとも、彼と試合をしてみたい


 だが、寺社役同心の、公人として理性がこう囁く。


 ――いや、初対面のお方に急にそんな事をいうのは失礼である。それにさきほど、紅羽たちや盤渓寺の僧たちに私闘を禁じた手前、そんなことは言えぬ……


「ええ……それは、無論……」


「役目には留守居役のように御上(幕府)や他藩との交流をおもにするものあれば、そのまた逆もしかりである……」


「逆も…………なるほど……」


 江戸時代の日本は、中央集権国家ではなく、幕藩体制による連合国家であり、藩ひとつひとつが独立国家のようなものであった。

 留守居役とは、今でいう外交官の役目のようなものであり、他藩重役などと交際・交渉を担当し、情報交換や、いざとなれば相互扶助の担い手もなる。


 逆の役目という事は、他藩の者と接触を避け、関わりを持たずに任務を遂行する役目ということだ。

 外交官が表の舞台であるならば、裏の舞台で暗躍をする役目といえば……


「まあ……そんな大した役目ではない。が、それがしの事情を察していただきたい……ところで貴殿はそれがしに用事があるように見受けたが……」


 寺田五郎右衛門は口の端をつりあげたが、その双眸はまったく笑っていない。

 しかし、たとえれば抜き身の刀のような……危険な魅力があった……


「はい……実は中西忠蔵先生に練丹法れんたんほうをつかうという剣客をお聞きしまして、興味がわき、是非、御教授をと思ったのですが……」


「練丹法を? なに、それがしの練丹法など門外漢の真似事でござるよ……それに、そちらのお嬢さん方々の方が専門と見えるが……」


 寺田五郎右衛門が深編笠をあげて、紅羽・竜胆・黄蝶を意味ありげに見やった。

 半九郎もつられて見たが、少し違和感を覚えた。

 三人娘は菅笠を深くかぶり、顔を見せていないし、会話に入ってこない。


「ええ……寺社奉行の御役目で知り合った妖怪退治人でして、少しだけ練丹法の初歩を学んでおります……」


「ほう、それは僥倖ぎょうこうでござるな。練丹法といえば、ここにおわす崑崙坊や盤渓寺のお歴々が得意であるぞ……」


「なっ……そんな……寺田様、お戯れを……」


 とつぜんふられて、崑崙坊が鼻白んだようすで口を濁す。

 そして、内心で旧知の寺田五郎右衛門のことを訝しげに思った。


 ――はて……口数の少ないこの男が初対面の若侍に、このように多く口を開くとは……さきほどの剣気も不可解極まる……なにか探っておるのか?


「ほう……盤渓寺とは練丹法を修行の一環とする宗派なのですか?」


「いかにも左様。それがしも、臨済宗の東嶺円慈とうれいえんじ和尚に禅と練丹法をならったのでござる……」


「なんと、そうでしたか……東嶺円慈というお方が……」


 東嶺円慈とは、臨済宗の僧侶であり駿河国三島の龍沢寺りゅうたくじの住職である。

 彼は臨済宗中興の祖といわれた白隠禅師はくいんぜんじの高弟でもあり、その法を受け継いだ。


「東嶺和尚はそれがしの参禅と練丹法の師匠。こたびは駿河の龍沢寺と鎌倉の寺院に参禅修行の旅をして、江戸への帰る途中……鎌倉街道で奥多摩に向かう崑崙坊殿一行と出会い、ここまで同道したのでござる」


「なるほど……そして練丹法は臨済宗の禅寺で習われたのですか……」


 秋芳尼殿が練丹法の基礎で禅を学ばせたのはそのためかと、半九郎は納得した。


「いかにも……練丹法の基本は心法にあり、心法を鍛えるには禅が一番でござる。この世は迷妄の満ちあふれておる。その迷妄から脱却することが肝要……」


「心法……迷妄……なんとも難しそうな修行ですなあ……」


「さて……思わず長話をしてしまった……それがしは暇乞いとまごいしようかの……」


「おきをつけて……」


 こうして松田半九郎はまだまだ話足りない、と後ろ髪をひかれた。

 が、会いたかった人物に思わぬ所で出会えた感動の余韻にひたり、寺田になんの不審も感じずに見送りした。

 盤渓寺退魔僧たちも草鞋の紐を締めなおして出立の用意をしていた。

 崑崙坊が三女忍をキッと見つめ、


「……さて、天摩流の妖怪退治人たちよ……多少は腕が立つようだが、まだまだであるぞ。連珠坊、帰雲坊、朔風坊は十羅漢のなかでも最弱であるからな……」


「「「えっ!!!」」」


 紅羽・竜胆・黄蝶が顔を見合わせ、意外な顔をする。

 あれほどの術者以上の者がまだまだ盤渓寺十羅漢にいるというのだ……そして、崑崙坊たち盤渓寺退魔僧一行も「南無釈迦牟尼仏」と読経をしながら奥多摩へ向かった。


 松田同心も三女忍と試合場となった庚申堂から去って、往還を進む。


 雲雀がさえずり、さきほどの神気術試合が白昼夢であったかのような、長閑のどかな街道の景色であった。

 田圃に苗を植える早乙女や、畑の畝に種をまく百姓が見える。

 しかし、半九郎は三女忍が押し黙ったままなので、妙に思った。


「……しかし、どうしたのだ、お前達……神妙な顔をして……」


「半九郎殿……寺田五郎右衛門とはお知り合いなのですか?」


「なんだ、竜胆、改まって……いや、知り合いではないが……中西道場の大先輩にあたるお方で、俺が会いたいと思っていた兵法家だ。それがどうしたのだ?」


「……寺田五郎右衛門……あの御仁は危険な男です……」


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