磐渓寺十羅漢
怪影は墨染めの法衣と袈裟を着込み、網代笠を被り、手に錫杖を持った十人の僧侶たちだった。
笠に柿渋が塗られ、縁を布でくるんでいるので臨済宗の僧侶であろう。
江戸の町に住んでいる者、まして寺町の谷中に棲む天摩くノ一衆にとっては、托鉢僧など見慣れた風物である。
が、この十名の僧侶は気配が違った。
ザッ、ザッ、ザッと草鞋を踏みしめ、訓練された歩兵のように整然と隊列をくんで街道を進んでくる。
往還には離れて深編笠の武士が歩いてくる以外は人通りがなかった。
先頭をいく坊主が網代笠を傾けた。
三女忍を一瞥したのかもしれない。
往還が湾曲し、杉林にその姿が見えなくなるまで、三人娘は黙ったまま見送った。
「いったのう……」
「ああ……最近のお坊さんにしては只者じゃない気配だったよ……」
「もしかして、妖怪退治専門の僧侶かもしれないですぅ……」
「むう……ひょっとしたら、今回は我らの出番はないかもしれん喃……」
「何いってんのよ、竜胆!」
「そうなのです。黄蝶たちが妖怪退治をしないと報奨金がもらえないのですよ!」
「そうそう……鳳空院のオカズが山菜だけになっちゃうよ」
「別にかまわんと思うが……」
「いやいや……竜胆と秋芳尼様は精進料理だけど、あたしや黄蝶はたまには焼き魚や鶏肉も食べたいよ……それに、中西道場の屋根修理代もあるし……」
「そうなのです。浅茅さんが新しいお鍋が欲しいといってたし、秋芳尼様に新しい法衣を着てもらいたいのですぅ……それに、金剛さんに新しい忍具も作って欲しいですし……」
「むう……個人的言い分もあったが……旅早乙女も実入りがよいが、退治料はさらに破格じゃ……我等が稼がないとのう……」
と、おしゃべりをしながら街道を進む天摩流くノ一たち。
杉林を横目にゆくと、右手に開けた土地があり、庚申堂が見える。
そこから黒い影法師のごとき怪影がわらわらと飛び出してきた。
さきほどの異様な気配をもった僧侶集団が、道に横になって通せん坊をしていたのだ。
紅羽達は人の気配を感じられず、まったくの油断である。
この怪僧侶たちは穏形の法で気配を消していたのだ。
「ちょっと、お坊さんたち。その先を通りたいのですが……」
紅羽が半ギレ気味に網代笠にいった。すると、真ん中にいる網代笠がシャリンと錫杖を鳴らす。
「……そこな娘侍と巫女、町娘……お主たちは只者ではないようだな……妖怪退治人と見たが……」
「ドンピシャよ。どうやら、御同業のようだけど、何かようかしら?」
「拙僧たちは鎌倉より来た妖怪退治の退魔僧である……その名も『盤渓寺十羅漢』!」
それを聞いて、竜胆が驚愕の表情を浮かべた。
「なにぃぃぃぃ~~… 『盤渓寺十羅漢』じゃとぉぉぉ~~~~!!」
「知っているのですか、竜胆ちゃん!?」
「知っているもなにも……鎌倉の盤渓寺といえば、妖怪退治僧として名高いのじゃ……」
鎌倉・盤渓寺とは、妖怪伝説や心霊現象のおおい鎌倉につくられた退魔機関である。
そも、源頼朝が鎌倉に幕府を開き、武士の世になると戦が増え、大量に人が死ぬようになった。
そのため、武将から足軽にいたる侍や兵士などの落ち武者の怨霊や、戦に巻き込まれて殺された民百姓の死霊が増え続け、鎌府も人口が増えるにしたがい、妖魅化生の類いも集まりだした。
若宮大路や小町大路に百鬼夜行の群れが出没することに手を焼いた鎌倉幕府の要請により、臨済宗の禅寺である建長寺・円覚寺・寿福寺・浄智寺・浄妙寺といった鎌倉五山などからえりすぐった霊力の高く、頑健な僧侶をあつめて鍛え上げ、渡来僧から伝わった破魔術・退魔法を修行させた機関が盤渓寺である。
この修行場から高名な破魔僧や山伏が誕生していた。
たとえ相手が強大な妖力をもつ妖怪・怨霊であっても、ひるまず挑み続ける……それが盤渓寺の退魔僧だ。
以上、『盤渓寺執行日記』および『妖怪退治屋人別帳』より抜粋させていただいた。
「その中でも精鋭の退魔僧に『羅漢』の称号が与えられるのじゃ」
「ほへぇぇ~~~そうなのですか……」
「あたしも聞いたことあるよ……盤渓寺の退魔僧は今までに死霊軍団や海坊主や山鬼などの妖怪怨霊を退治してきたって……もしかしたら……」
紅羽が何かいいかけたが、さきほどの僧侶の笑い声が割ってはいる。
「ふはははは……少しは物を知っているようだな、小娘ども……ならば、ここは大人しく江戸へ帰るのだ。江戸の町で狐憑きや小妖怪を退治するのとはワケが違う……土蜘蛛は大妖怪、命を落とすかもしれぬぞ」
「はん、御断りよっ!!」
紅羽が頭目とおぼしき網代笠に啖呵をきった。
「なんだとっ!!!」
「知らないの? あたしたちは最近売出し中の天摩流の妖怪退治屋よ。親切な忠告とみせて、あたしにはお為ごかしに聞こえるんですけど?」
「忠告は痛み入るが、よけいな杞憂じゃ」
「ちょっ……紅羽ちゃん、竜胆ちゃん……もっと言い方があるのですよ……」
紅羽と竜胆が強気に言い返し、黄蝶が言葉を補おうとする。
いら立った僧侶が網代笠をあげると、墨染めの僧衣をきた四十代の僧侶であった。
屈強な体躯に顎髭を生やし、褐色の肌色。
そして、大きな顔で外へはみ出しそうなほど目鼻と口が大きいのが特徴的だ。
眼がギョロリと動くだけで、対峙している者はそれに釣られて首が動き、目を閉じると、周囲が暗くなったような錯覚を覚える。
こういう巨顔の人間は、他者を圧倒させるほどの迫力をもち、人を従わせる貫禄があった。
さらに精気があふれ、尋常者ではない僧侶だと思わせた。
「なにぃ!? 天摩流だと……なるほどのう……お主らがさいきん江戸で名をあげた妖怪退治屋か……拙僧は盤渓寺の崑崙坊……小娘どもの名は?」