↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第六話 幽幻!呪われた山の土蜘蛛
PR
113/429

成木街道の怪影

 街道の脇に黄色いたんぽぽの花が咲き乱れ、紋白蝶と紋黄蝶がひらひらと舞い踊っていた。

 田圃では早乙女や農家の男衆が田植えの真っ最中である。

 やわらかい春風が一颯し、たんぽぽの綿毛が宙にふわふわと舞い飛んだ。

 男装の女剣士が綿毛をひとつまみする。


「綿毛の舞い飛ぶ季節になったか……」


「衣替えの季節でもあるのです」


 菅笠をかぶった三名の娘が往還をあるいていた。


 振り分け荷物などをもった旅姿の寺侍姿の紅羽、薙刀をもった巫女の竜胆、杖をついて歩く黄八丈の町娘姿の黄蝶である。


 三女忍はあれから翌日の朝早くに鳳空院を旅立ったのだ。

 紅羽と黄蝶が他愛ないおしゃべりをして往還を進む。

 日が陰り、見上げると鉛色の雲が覆い始めていた。


「さっきまで晴れていい天気だったのに、どんよりと曇ってきたなあ……ひと雨くるかもなあ……」


「傘か蓑をもってくれば良かったのですぅ……」


「なあに、今回は坂口様から青梅までの手形と旅費をいただいているんだ。途中で買えばいいさ。なあ、竜胆」


 紅羽と黄蝶が竜胆をのぞきこむ。マジマジと見られた竜胆はコホンと咳払いをし、


「そうじゃのう……必要経費じゃな」


「今回は豪勢なのですぅ!」


「ううぅぅ……傘や蓑を買うだけで豪勢とはのう……黄蝶は健気けなげな良い子にそだったわいなあ……」


「ちょっ……紅羽ちゃん……なんで、お婆ちゃん口調でいうのですか!」


 天摩衆の三女忍は谷中の鳳空院から西へと道を進み、板橋の宿場から成木なりき街道(のちの青梅街道)を歩んでいた。


 成木街道は内藤新宿を起点とし、青梅宿を通り、大菩薩峠を越え、最終的に甲府へといたる道である。

 もとは徳川家康が江戸城建設に必要な石灰(漆喰などに使う)を成木村・小木曽村などから運ぶために整備した道であり、別名・石灰いしばい街道とも呼ばれた。


 この街道は甲州裏街道ともよばれ、甲州街道の内藤新宿の追分(現在の新宿三丁目交差点)から、中野・田無・小平を通って青梅に行き、多摩川をさかのぼり、大菩薩峠を越えて、甲府の酒折で甲州街道に合流する。

 甲州街道よりも短い130kmの道のりであるが、大菩薩峠の難所がある。


 もっとも、紅羽たちは青梅から奥多摩にある氷川宿から土隠山つちごもりやまへ向かうので、関係はない。

 氷川宿までおよそ十七、八里(約70km)はある旅なので、江戸時代の普通の旅人ならば二日か三日の旅程だ。


 江戸時代の旅は鉄道も車も無く、徒歩でおこなっていた。

 旅人は夜明け前に出発し、夕方の日暮前までに次の宿へ到着するようにしていた。

 一日の行程は成人男性でだいたい八里から十里くらい(約32~40km)であり、歩行速度が時速4kmとして、一日8~10時間も歩いた。


『東海道中膝栗毛』の主人公である弥次郎兵衛と喜多八はお伊勢参りのため毎日10時間くらい歩いたが、これは当時の平均的なものといわれる。

 しかも当時の履物は草鞋わらじであり、昔のひとは、

現代人とは比較にならないくらいの健脚であり、体力があったことがうかがい知られる。


 本来、忍者たる彼女達は一日四十里の道を走破することができるので一日で到着する。

 が、こたびの妖怪土蜘蛛は難敵であると予想されるので、普通の徒歩で移動し、青梅宿で一泊して、体力を温存することにしたのだ。


 街道の右側に磁眼寺じげんじ(現在の港区三田にある)が見えた。

 ここにはタイ風の屋根のある鐘楼や、黄金仏があるので有名だ。

 この寺の門前から100mほど先の左に妙法寺の参道があった。

 この道は鍋屋横丁ともいった。鍋屋という休み茶屋があったのが由来だ。

 この道は旧鎌倉街道の中道という道であり、成木街道に交差していた。

 三人はその鍋屋で茶と団子で休憩することにした。


「お団子が美味しいのですぅ」


「疲れたときには甘いものがいいねえ~~…」


「二人ともゆるみきっておるのう……」


 街道には紅羽達のほかにも、旅商人や飛脚、辻駕籠、巡礼姿の夫婦親子や講の集団も行き交っていた。

 成木街道は青梅のさきにある御嶽神社の参拝路としてもにぎわっていたが、今は人通りが少なめである。

 縁台にすわった旅商人の会話が聞こえた。


「青梅から先へは関所で通行制限があるそうだよ……」


「ええ……これから青梅の取引先に行くというのに……」


「なんでも、人喰い妖怪が出て大騒ぎになっているそうなんだよ」


「人喰い妖怪? 熊か狼の間違いじゃないのかい?」


「いや、それが、小山みたいに莫迦でかい蜘蛛だそうだよ……なんでも、ほら……その昔、源頼光が倒した土蜘蛛みたいな化け物が塚から甦ったって……」


 ここで旅商人は手の平で相手の耳を隠すように小声で話した。

「すでに関八州同心や多摩代官所の役人が弓矢鉄砲で退治にでたが、やられてしまったという噂だよ……」


「ひえぇぇ……いや、そんな莫迦な……御上(幕府)はなにをしているんだ……」


 こんな所まで土蜘蛛騒動の伝聞はつたわってきたようだ。


「ご馳走になりました」


 竜胆が茶屋のお上に代金を払って、一同は立ち上がった。が、そのまま彫像となったように動きを止めた。ただならぬ霊妙な気配、不穏な空気を感ずる……


 シャリン! シャリン! シャリン!


「むっ……」


 妙法寺の参道、つまり鎌倉街道の中道から多数の金具の鳴る音がした。

 紅羽達がその街道を振り向くと漆黒の集団がやってくるのが見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。