天摩忍群くノ一衆出撃しますっ!
「おおっ!! これが『比翼剣』!!! やっと完成したんですね……」
「ああ……小頭に手伝ってもらって、やっと完成した」
「ふう……これでやっと、安心して眠れるわい……」
紅羽が金剛の大きな手から長い包みを受けとり、震える手で中を開いて赤い鞘に収まった三尺二寸の二振りの日本刀を手にとった。
紅羽が鞘から抜いた二振りの剣を両手に持ち、左右に翼のように持ち上げた。
一瞬だが、凄まじい赤い剣気がわきあがった。
「これは……大きな力を感じます……」
「ほう、これが紅羽の新しい太刀か……凄まじいのう……」
「すごいのですぅ!!」
竜胆と黄蝶も目を見開いてその尋常でない二振りの刀に刮目した。
金剛がホクホク顔で会心の出来の説明をする。
「右手の刀が『赤鳳』で、左手のが『紅凰』だ……二振りでひとつ、あわせて『比翼剣』と名づけた……」
「なるほど……平和をもたらすといわれる霊鳥・鳳凰は、雄を鳳といい、牝を凰という……そして、比翼とは一つの翼と一つの眼しかもたない雄鳥と牝鳥が二羽で協力して空を飛ぶという伝説の鳥の名……うまい名称だと思います」
「おお……さすが竜胆は物知りだな……」
金剛が感嘆する。
「そういえば以前、中西道場の助っ人でも見たが、紅羽は二刀流剣士でもあったな……」
松田半九郎はその刀が普通の刀ではないことを見抜いた。
興味津々とばかりに紅羽と二振りの太刀をみる。
「これは……最近の刀ではないですな、金剛殿……これはまるで、南北朝時代に作られた復古刀のような業物ですなあ……」
半九郎が刀に魅せられたようにいうと、金剛は嬉しそうな表情となる。
「ほう、おわかりですか、半九郎殿。確かにこれは復古刀です。私は以前、水心子正秀さまの元で三年ほど刀工修行をしたのですよ」
「なんと、水心子殿の……実は去年、陸奥へ廻国修行のおり、彼にお会いしました……そして、刀鍛冶の現場を見学させていただきました」
「それはそれは……なんという奇遇。先生はお元気でしたか?」
「ええっ、もちろんお元気で、刀鍛冶と本の執筆に勤しんでおられました……」
金剛と半九郎が喜色満面に刀鍛冶の話題で盛りあがった。坂口同心は眉をよせる。
「なんじゃい、半九郎と金剛で盛り上がって……そもそも、スイシンシとは何者じゃ?」
「えぇっ……武士なのに、知らぬのですか、伯父上……水心子殿を……衰退しつつあった刀鍛冶の仕事を、ふたたび活性化させた有名な刀鍛冶の名を……」
水心子は号であり、水心子正秀の本名は川部儀八郎正秀という。
羽州米沢藩領中山村で生まれた刀工であり、山形藩主・秋元永朝に刀工として召し抱えられた。
このとき数え年で三十二歳である。
戦が無くなり、平和となった江戸の世において、刀は実戦向けの殺人刀から、武士の装飾品としての価値となり、自然、江戸中期ともなると、刀工の数も減り、衰退しつつあった。
そんな世情をなげいた、刀工の水心子正秀は過去に作られた刀の研究をし、刀の名工の子孫に会って教えを請い、実践的な刀をふたたび作りはじめた。
これは復古刀として有名になり、弟子になりたい者も増えた。
彼は復古刀の祖であり、また新々刀の祖でもある。
「そうなのか? いや、わしはその方面の知識はさっぱりでな……腰の刀も重いので、寺社廻りではこれをさしておる」
坂口宗右衛門がそういって、腰の太刀を鞘から出して見せると、竹光であった。
「なっ……伯父上……お勤めの最中は刃引き刀を携帯するのが決まりですぞ……」
「そういうな、半九郎。浅草ならまだしも、谷中の見廻りでは刀をつかうこともあるまい……大目にみよ……」
呆れ果てる松田半九郎。
その傍らで、黄蝶が金剛の袖をひっぱり、駄々をこねた。
「金剛さん、紅羽ちゃんだけ、ずるいですぅ……黄蝶にも新しい武器が欲しいのですぅ……」
「……ああ……おいおい、な……なにせ、金と時間がかかるのでなあ……」
困った笑みを浮かべ、首筋をかく大男に、黄蝶もカクンと首をたれた。鳳空院の経済状況は火の車なのである。
「金剛、伴内……ご苦労でした。さあ、紅羽、竜胆、黄蝶……土蜘蛛が現れて奥多摩の村人たちが難儀しております。妖怪退治屋の天摩衆、出撃ですよっ!!」
「「「はっ!!!」」」
片膝ついて、かしこまった紅羽・竜胆・黄蝶は頭領である秋芳尼の命にしたがった。三人の武器に秋芳尼の霊力が込められる。
「おっ……では、さっそく俺も……」
「待て待て、半九郎……奥多摩は寺社奉行の戸田殿の差配であって、牧野様の差配地はここ、谷中や浅草である。お主は行く理由がない」
「そんなぁ……」
しょげる新九郎。
「まあまあ、松田の旦那。ここはあたし達にまかせて、大人しく寺社廻りをしていてください」
「土蜘蛛退治をした話を土産替わりにもちかえりまするゆえ……」
「いい子にして待っているのです」
紅羽・竜胆・黄蝶はそういって、二人の寺社役同心と秋芳尼、伴内の見送りをうけ、鳳空院を後にした。
多忙のため、しばらく休載します。




