亡者の招き
「くそっ……こんな山中で地震がおこるなんて……ついてねえ……」
日暮が迫る山の道なき道を盗賊の若者・宇平が大地にひざまずいて毒づいた。
ようやく揺れがおさまると、山の下を見下ろし、追手の松明や提灯を見て舌打ちをする。
彼が頼りにする盗賊頭の野伏の万吉とは山中の繁みではぐれてしまった。
彼は鋳掛師の父親と折り合いが悪く、ぐれて悪さばかりしていて、家出をして不良少年になり、盗賊の万吉一味に見込まれ仲間となった。
彼は当初、見張り役と強奪物の運び役であったが、次第に信用され、押し込みの荒事にも参加した。
当初は外道働きを嫌って、逃げ出したいと思っていたが、次第に慣れていく。
今では進んで押し込み先の男を殺し、昂ぶる衝動を縛り上げた女にぶつけ、最終的に殺害するようになった。
そんな外道の極みというべき若者であるが、彼を見込んで盗人のイロハを教えた頭目の万吉を親のように慕った。
これは折り合いの悪かった実父に対する反発からであったのだろうか……
宇平は凶賊の巣窟であった盗人宿で、泥鰌鍋と酒の支度をして、権蔵、弥之助たち先輩盗賊たちに甲斐甲斐しく世話をしていた。
が、突然の関八州廻りと捕り手たちの襲撃に、他の盗賊は匕首や道中脇差を取り出して、捕り手たちと戦闘を始めた。
しかし、弱者をいたぶることしか知らない宇平は泡を食って逃げ出した。
後ろめたさがあったが、他にも逃げ出す盗賊がいて、安心して、彼らについて行った。
中には彼がオヤジと慕う頭目の万吉もいた。
町中ではなく、裏手の藪の中につっこむ一同に、刺叉や六尺棒をもった捕り手たちが襲ってきた。
「親分、ここは俺たちにまかせて……」
「おう、まかせたぜ……」
一緒に逃れた盗賊の幹部たちが体をはって捕り手に立ち向かっていった。
頭目の万吉がそれを当然のように先に逃げてゆく。
万吉は宇平がいることに気がつき、手招いた。
「宇平……ついてこい!」
こんな状況で地獄に仏とばかりに、かつての不良少年は子犬のように万吉を慕って後に続いた。
しかし、それは実は万吉はいざというときに捕り手の前に宇平を突き出して逃げ去る心算であった事を、宇平は知らない。
そして、気がつけば、注連縄で囲まれた禁足地を抜け、『祟り山』をのぼっていった。
いつの間にか灌木にまぎれ、頭目の万吉を見失ってしまった。
山中に取り残された宇平は不安に取りつかれ、狂ったように斜面を駆けのぼり、沢を走り、気がついたときには山奥の中で迷子になっていた。
見上げれば、樹の合間から見える夕陽も沈みかけ、夜の山に一人ぼっちとなっていた。
「……親分……万吉親分は……どこにいったんだ……」
頼りの盗賊頭を見失い、捕り手たちは迫ってくる。
宇平は何人も殺している。
捕まれば磔にされて、槍で串刺し、獄門台に無惨な首が曝される。彼は動かない足を叱咤し、とにかく捕り手の灯りとは反対方向に逃げ進んだ。
ふと、何か声が聞こえた。
(……へい…………うへい…………うへい…………)
己の名を呼ぶ声だ。耳を凝らす。
あの声は万吉親分に違いない。
彼はオアシスを見つけた砂漠の迷い人のごとく、声の発信地を求めて走った。
灌木の向こうに空き地が見えた。
さきほどの地震で土砂崩れを起こしたのか、土塊が散乱した惨状だった。
その中で、一番大きい平たい台上の巨岩の上に万吉の姿が見えた。
「親分……万吉親分!!」
宇平は狂喜して走った。
さっき、宿屋から自分を手招いて救い出してくれたように、今度も何とかして捕り手から救い出してくれるに違いない。
期待をこめて走り寄る。
だが、次第に近づくと、確かに万吉の姿と声なのだが、なにか違和感を覚えた。
日焼けで黒いはずの万吉の肌は青白く、脂でギラギラとした盗賊の親分面のはずが、妙に虚ろな表情で、生気が感じられなかった。
「…………うへい……宇平……こっちだ……こっちに来い……」
確かに聞き覚えのある万吉の声だ。宇平は岩の上に昇り、万吉の前にかしずいた。
「万吉親分……このさき、どういたしやしょう……やっぱり、山を越えて隣国に逃げますんで?」
すると、万吉がはじめてニッカリと笑みを浮かべた。
人間らしい表情に宇平はホッとする。
「……宇平……こっちだ……こっちに来い……」
宇平が少々不審に思いながらも、手招きする万吉に近寄る。
そのとき、虚ろな表情の万吉の姿が、スーーッと霞んでいき、半透明となる。
「万吉親分!」
慌てて宇平が駈け寄るが、万吉の姿は薄れていく。
宇平は必至で盗賊頭の袂を握った。が、手は虚空をつかみ、親分の姿は忽然と消えてしまった。
愕然とする宇平。
闇夜の山中に一人だけ取り残された寂しさが、次第に闇を恐れる原始的恐怖にかわっていく……
暗闇の中になにか光るものが見えた。
陰火だ……八つの人魂が宇平の前面に揺らめいていた。
ーーなんでこんな所に人魂が……まさか……俺が今まで殺した奴らの亡霊か……
また大地が揺れた。
「うわあああああああっ!!」
土砂を撒き散らし、崩壊した塚の中から小山ほどもある巨影が姿を現した。
八つの人魂とは、怪物の目玉……複眼であった。
その八つ目の怪物は蜘蛛であった。
怪物の頭と胸が一体化した〈頭胸部〉は黒褐色の体毛に包まれ、そこから四対のくノ字に曲がった〈歩脚〉が生え、頭腹部の後ろには丸く楕円形に膨れ上がった腹部があった。
四対の脚の前には小ぶりの〈蝕肢〉という付属肢があり、十本足にも見える。
頭胸部には八つの複眼をもち、口から生えた長い鎌のような〈上顎〉は、正確には〈鋏角〉といって、頭胸部とほぼ同じ長さがある。
蜘蛛の口はこの蝕肢と上顎(鋏角)の間にあり、下顎と呼ばれる突起がガッと開いた。
「ぎゃあああああっ!!」
宇平は反転して巨大蜘蛛から逃れようとした。
だが、それより早く蝕肢に捕らえられてしまった。
宙づりになる宇平は巨大蜘蛛の鋏角を見て、子供の頃を思い出した。
貧乏で泥メンコや独楽などを買ってもらえず、近所の悪ガキどもと石合戦やトンボ捕りなどをして遊んだ。
中でも好きだったのは、ジグモ捕りだ。
塀や石垣、橋桁などにジグモが糸でつくった細長い袋を見つけては、上の袋を引っ張る。
するとかんたんに地面に掘られた竪穴の繭状の巣の中に隠れたジグモを捕まえられた。
捕まえたジグモで何をするかというと、頭胸部から生えた長い上顎を指でドテッ腹に折り曲げて、ジグモ自身の腹を斬り裂くという、残酷な遊びだ。
子供たちはこれを『ハラキリグモ』、『サムライグモ』などといってオモチャにした。
――あの子供のときの『ハラキリグモ』が俺より大きくなって復讐しようとしているんだ……
恐怖で青ざめて身動きできない盗賊の宇平。
そして、彼は無情にも大蜘蛛の蝕肢で上顎の間の口に放り込まれた。
グシャリと嫌な音が響き、口から血が噴き出した。
そこへ、関八州廻り同心と捕り手たちが駆けつけ、巨大蜘蛛を眼前にして、唖然と立ちすくんだ。
「な……なんだ……なんなんだこれは…………」
グオォォォ~~ン……
怪物蜘蛛の高さは三丈(約9メートル)、縦横ともに五丈(約15メートル)もある化け物で、呆然とする捕り手たちに向って蝕肢を伸ばして一人の捕り方を捕えた……




