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「アンジェリカ。婚約破棄か、それとも第二妃として生きるか選べ」
王宮の別邸。その広間にて、侯爵令嬢アンジェリカは唐突に迫られた。
まさに寝耳に水といえた。
アンジェリカに宣言したヘンリック第一王子の隣には、利発そうな一人の女性がいる。
エステル・オブリビオン男爵令嬢だ。彼女は平民の出身だが、幼少期にオブリビオン男爵家に養子となった過去を持つ。
エステルは勉学に抜きんでており、特待生として王立学園に入学。優秀な成績で卒業した才女だ。
その学園にはアンジェリカ、ヘンリックも共に在学していたので彼女の存在はよく知っている。
学業が優秀だからではない。彼女がアンジェリカを差し置いて、ヘンリックといつも仲良さげに会話していたからである。
アンジェリカはそのことで、エステルに何度も注意をした。しかし彼女は決まって快活にこう答えた。
「ヘンリック様とはそういう生々しい関係ではなく、もっとサッパリした友情で繋がっているのです。アンジェリカ様は心配性ですね!」
学園を卒業してからは特に表立って会っている気配は無かった。しかし彼女がこの場に居ると言うことは……。
婚約破棄。
それはアンジェリカが最も恐れていることだった。第一王子のヘンリックから婚約破棄をされたら最後。実家が没落して、爵位もはく奪されてしまうかも知れない。
それだけは避けなければ。
「ヘンリック様、どうして婚約破棄をしたいと仰るのですか」
自分でも声が上ずっているのが分かる。
「俺が言わなくても分かっているのではないか。自分がエステルに全ての面で劣っているということを」
アンジェリカは目を伏せた。エステルは確かに顔立ちのはっきりした美人であるし、ダンスも上手だ。それに、五か国語も話すことが出来る。
アンジェリカも三か国語を話すことが出来、ヘンリックが隣国に赴く際には通訳を担当することになっているのだが、その唯一の強みだと思っていた能力さえ、彼女の前では揺らいでしまいそうだ。
「このゼーレは実力主義の国だ。元平民ながら王妃の座に上り詰めようとしている彼女は、その象徴にピッタリじゃないか」
ヘンリックはエステルとじっくり見つめ合った。絡み合う視線は熱い。既に彼の中では、エステルが正妃となる姿が思い描かれているらしい。
「それに引き換えお前はどうだ」
ヘンリックは視線をアンジェリカに移す。表情は険しいものに変わっている。
「お前が出来ることと言ったら、俺が隣国へ行った時の通訳のみではないか。だがエステルなら、お前より多くの事を成せるのは明白だ」
確かにアンジェリカは通訳以外、何か特別な仕事をしているわけではない。まだ正式に結婚したわけではないからだ。
だがどうやらヘンリックは、エステルなら結婚した後も、通訳を含め、全ての業務をアンジェリカより優秀にこなせるようになると言いたいらしい。確かにエステルなら、そうなる可能性が高いだろう。
しかし……、とアンジェリカは思う。
「ヘンリック様。この婚約は国王陛下がお決めになった事です。そう簡単に破棄できるものではありません」
国王陛下は、ヘンリックとの婚約が決まる時、アンジェリカに「うちの息子をよろしく頼む」と言ってくれた。それが社交辞令であれ、陛下から頼られていることはとても嬉しかった。
ただヘンリックはそれが気に入らなかったようだ。父親である国王から、まるでアンジェリカのフォローが無ければ半人前のように言われたと感じたのだろう。
「ああ。確かにお前との婚約をお決めになったのは父上だ」
ヘンリックは鼻を鳴らした。
「しかし父上は俺と同じく、血筋に囚われない実力主義の人だ。必ずお前よりエステルの方が優秀だと認めて下さる。そう、お前には代わりが居るんだ」
ヘンリックはゆっくりと、一歩前に出た。
「さあ、選べ。俺との婚約破棄を受け入れて実家に戻るか、それとも第二妃としての人生を受け入れ、エステルの補佐をするか」
それはアンジェリカにとって究極の二択と言えた。どちらを選んでも、彼女に待っているのは破滅。
困り果てたアンジェリカの頭は、どうしてここまで自分が追い詰められてしまったのか、そのことを思い返していた。




