アイビスの花
――あれから一か月が過ぎた。
自室の椅子に沈み込み、ぼんやりと天井を見上げながら、ルイは静かに回想していた。
事件の後始末や事情聴取に追われ、気づけば日々は風のように過ぎ去っていた。
アルベルトの死は、公には「突然の病死」と発表された。
無用な憶測を避けるため――そう説明されたが、真実を知るルイには苦く響いた。
国葬が執り行われ、帝都中が英雄の死を悼んだ。黒い旗と白い花で埋め尽くされた大通り。すすり泣く人々の群れ。
皇帝ドラガンの顔はひどく憔悴して見えた。
……もしかすると、アルベルトは最後に父に対して“復讐”を果たしたのかもしれない。
エリスは泣いていた。
あの気丈な彼女が、子供のように目を真っ赤に腫らし、肩を震わせて嗚咽をあげていた。
その姿を見て、胸の奥が締めつけられるように痛んだ。
――チャイムの音が、静寂を破った。
ルイはゆっくりと立ち上がり、玄関のモニターに目を向ける。
そこには、喪服を纏ったエリスの姿があった。背筋をまっすぐに伸ばし、凛とした気配を纏っている。
「……準備できた? 行きましょう」
「ああ、出来てる。行こう」
ルイは短く返し、玄関へ向かう。
今日はアルベルトの月命日。
生前の遺志により、彼はヘルミナの眠る軍人墓地の隣に葬られた。
石畳を並んで歩きながら、エリスが小さく呟いた。
「……あっという間ね。一か月なんて」
「いろいろバタバタしてたからな」
たわいもない会話。だがその後、しばし沈黙が落ちる。
エリスは真実を知らない。
知る必要もない――ルイはそう思っていた。
だが不意に、エリスが口を開いた。
「私も、アルベルトと母さんに誓いを立てるわ。この国の平和を守っていくって」
ルイは少し驚き、それから静かに微笑んだ。
「ああ。俺たちのやり方で、必ず」
エリスもまた笑みを返す。
その顔は、ヘルミナによく似て凛々しく、美しかった。
「よし、じゃあ墓地まで競争しましょう」
「は? 意味が分からん。喪服だぞ?」
「いいじゃない。行くわよ。負けたら昼ご飯おごりね!」
言うが早いか、エリスは小石を蹴り飛ばすようにして駆け出した。
「ちょっ……勝手に決めるな!」
ルイも慌てて走り出す。風が頬を打ち、どこか遠い昔の夏の日を思い出させた。
帝都郊外、静かな軍人墓地。
整然と並ぶ白い墓標の中、ヘルミナとアルベルトの墓が並んで立っている。
その墓前には、鮮やかな赤紫のアイビスの花が添えられていた。
かつて三人が命を懸けて摘もうとした、あの日の誓いの証が。
風が吹き抜け、花弁をそっと揺らした。




