人魔大戦
霊峰オレイオス。そこに魔族は突如として現れた。
その力は圧倒的だった。
魔獣たちは、その巨大な牙で兵士たちを薙ぎ払い、強力な魔術は一撃で町を消し去った。
巨大な人類最大の国家ルイデス皇国が陥落した時、誰もがこう思った。
――ああ、人の世は終わった、と。
だが、人類は諦めを知らなかった。
アイゼルク帝国を中心に諸国が手を取り、魔族から奪った魔道具を解析し、魔術を学び取り、自らの科学に融合させる。
厄災の恐怖に身を屈めながらも、必死に抵抗を開始した。
そして、戦場に一人の女神が現れた。
帝国軍大佐ヘルミナ・フェルナー。
女神と評される程の美貌。勇猛にして冷徹。戦女神と呼ばれる彼女を得た時、人類はようやく反撃の狼煙をあげたのだ。
いくつもの激戦を超え、いま、ついにその刃は魔族の幹部へと向けられる。
決戦の時が来た。
「壮観だな」
ヘルミナは、小さくつぶやいた。
広大な平原に、千を超える軍勢が整然と進む。
重装歩兵隊、騎兵隊、砲兵隊、魔導隊――。
あらゆる兵種が一糸乱れぬ動きで前進するその姿は、精巧な機械を思わせた。
「いよいよですね」
副官が問いかける。
「ああ、ついに...ここまで来たのだ」
ヘルミナは目を細め、前線を睨んだ。
魔貴族ゼルフィア。
幾度となく刃を交えながらも、打ち取ることが出来なかった強敵。
魔族にして智将、戦術家、そして猛者。
奴を討ち取れば、人類の未来は大きく切り開かれる。
だが、その思考は一瞬で現実に引き戻された。
「全軍、一斉射!」
ヘルミナの号令。
「撃てええっ!」
「弾を込めろ、急げ!」
大地が揺れ、轟音が耳をつんざく。砲兵隊の大砲が炎を吐き、魔導隊の魔術が戦場を切り裂いた。
「グオオオオーッ!」
前列のオークの軍勢が直撃を受け、地を割くような絶叫をあげる。
「効いてるぞ! 撃ち続けろ!」
「魔力を絶やすな、押し切れ!」
だが同時に、黒い魔力が逆襲の如く押し寄せ、兵士たちを弾き飛ばす。
「ぐあっ!」
「退くな、踏みとどまれ!」
「弾を送り続けろ!」
「砲撃は勝利を導くカギだ、止めるな!」
砲兵隊と魔導隊は、怯むことなく前線に砲撃を送り続けた。
いくつもの爆炎が戦場に現れ、兵士と魔族の命を同時に呑み込み、消えていく。
重装歩兵が盾を構え、前進を開始する。
「押せ! 列を崩すな!」
その前に、巨大なゴーレムの腕が振り下ろされた。
「ぐっ……うわああ!」
盾列が悲鳴を上げ、衝撃が戦場に響き渡る。
「押し返せ! 負けるな、意地を見せろ!」
「立て、まだ死んでいない!」
何人もの兵士が地に叩きつけられる。だがすぐさま仲間が助け起こし、彼らは再び前へと進む。
「恐れるな!人類の未来は我らの盾に懸かっている!」
ヘルミナの声が戦場を突き抜け、兵士たちの目に炎が宿る。
歩兵の列が魔族の前線に食い込み、戦場はますます混乱を極めていった。
「騎兵! 側面より突撃!」
「突っ込めええっ!」
疾走する騎兵たちが土煙を巻き上げ、槍を構えて敵陣へと迫る。
馬の蹄が大地を打ち、地鳴りが戦場に広がる。
「奴らの横腹を裂け! 止まるな!」
完全に不意を突かれた魔族の陣形は一瞬で崩れ、鋭い槍先が敵陣中央へ突き進んだ。
そして――
「見えた!」
ヘルミナは叫ぶと同時に、一気に跳躍した。
「ゼルフィア! 決着の時だ!」
身体強化魔法をかけられたヘルミナは、まるで猛禽類のように一直線にゼルフィアに突っ込んだ。
ヘルミナとゼルフィア、両者の剣が交わるたびに火花が散り、その余波だけで兵も魔族も吹き飛ぶ。
誰一人として近づけない。両者の死闘は、まさに戦場の中心そのものだった。
「……見事なものだな、ヘルミナ」
ゼルフィアの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
「その剣、何度刈り取られてもなお鋭さを失わぬ。人の技とは侮れぬものだ」
「貴様に褒められても嬉しくはない」
ヘルミナの返答は冷徹だった。彼女の剣筋には迷いがなく、むしろ確実にゼルフィアを追い詰めつつあった。
だが、追い込まれた魔貴族が易々と倒れるはずもない。
ゼルフィアの全身から膨大な魔力が吹き出し、炎の奔流が彼を包み込んだ。
「なっ……!」
熱気に圧され、一瞬、ヘルミナの動きが鈍る。
その隙を突き、ゼルフィアは全魔力を解き放った。
「灰すら残さぬ……《魔滅爆》!」
眩い閃光と轟音。戦場の中央が抉れ、大地が裂ける。兵も魔族も巻き込まれ、阿鼻叫喚の声すら爆風にかき消えた。
「……勝負あり、か」
ゼルフィアは息を荒げながら、崩壊した戦場を見下ろす。
だが――土煙を突き破り、銀の閃光が突進した。
「ゼルフィアァッ!」
ヘルミナだ。倒れたキングオークを盾にし、辛うじて生き延びていたのだ。
「ば……馬鹿な!」
返す刃を構える間もなく、ゼルフィアの胸を剣が貫いた。
巨躯が崩れ落ちる。勝負は決した。
ヘルミナは剣を構えたまま、淡々と問う。
「言い残すことはあるか」
血に濡れた口元が、わずかに動く。
「……子を、作ってみたかった」
ヘルミナの表情に、一瞬の揺らぎが走った。
「……なに?」
「人は……子に未来を託す。そう聞いた。……その意味を、この身で知りたかったのだ」
その声はもはや戦士のものではなかった。知を求める者の、静かな探究心。
ヘルミナはしばし沈黙した。
幾度も刃を交えた宿敵。その最後の願いは、戦場に似つかわしくないほど人間的なものだった。
やがて彼女は剣を収め、短く告げる。
「……良いだろう。その代わり、条件がある」
「……条件?」
「人間に味方し、私の指揮下に入ることだ」
ゼルフィアはわずかに目を細め、やがて苦笑を浮かべた。
「……なるほど。悪くはない」
こうして魔族の智将ゼルフィアは、かつての敵に膝を屈し、その軍勢を人類連合へと投じた。
この日を境に、魔王討伐への道が大きく開かれていく。
こうして世界はひとつの転機を迎えた。だが、その選択の果てに待つものを知る者はいない。




