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社会不適合者の恋愛論  作者: 澄泉
第1章
92/120

92話 反面教師


あれから2日経った。

変わらず……会話は無いまま。


話しかけても

LINUをしても

「はい」か、「いいえ」

程度の返事しかして貰えなくなった。


私はあれからずっと

まともに食事が喉を通らないまま。

このままでは不味いのでどうにか栄養を摂ろうと思考し

お昼にせめて栄養機能食品ゼリーを摂取するよう心がけた。

無理やり流し込む。……中々飲み込めない。


夜は何も入らない。

食べられない。

……何も作れない。

──────お弁当以外は。


それだけが彼との生命線な気がしたから。

彼の為ならまだ動ける。


「せんぱぁい。今日もゼリーだけですかぁ??」


いつもの休憩室に向かう時に後ろから声をかけられた


「うん。まだ胃の不快感治らなくてねぇ」

眉を下げながら胃の辺りを摩る


「もー!あんま酷いようだったら病院行くべきですよ!?私にいつも言ってる癖に!」


元気よく指摘してくる松井

笑って返事をする

「はいはい、ごめん。……だって注射怖いんだもん」


「毎回それ言いますよね!注射とか一瞬チクッとするだけでしょ!?大人なんだから!」


松井が困り顔で言った

本気で心配してくれているようだ。

嬉しい。


「だってぇ、怖いじゃないか。針だよ!?腕に針が刺さる!嫌いなんだよあれ。」


それは本当。

だから嘘をつかずにごまかせた

松井はエレベーターの方に向かう、ランチに行くのだろう。手を振って別れた


そしていつもの窓際右奥の席。


ゼリーを口にして窓を眺めた。


大丈夫。

沙也加ちゃんにも、山本さんにも気付かれてない。

いつもの私を演じられてる。

こんなの……いつまで続くんだろう。

私はいつまで演技したらいいんだろう。


いつになったら自然に彼を忘れられる?

本当に……忘れられる?


もう、無理なのかな。


視線をまた感じる。

ふと見ると

また……佐野だ。

目線を向けるとまた逸らされる。

構って欲しい、気づいて欲しい

そんな空気。


もういい加減にしてくれ。

今は私を1人にして欲しい。

休み時間くらい


だけど、あからさまな態度でモジモジする佐野をほっとけるほど割り切れる人間ではない。


はあ。

ため息をつく。

ゼリーのゴミを捨てに給湯室に向かう。

そしてついでにコーヒーを入れ

佐野の席にドカッと座った。


びっくりする佐野。

頬杖をつき澪桜は話しかけた


「こないだからじーっと見てくるが……なんだい?言いたいことがあるならさっさと言いなさい。」


呆れたように言う。


佐野はモジモジしながら言った


「安達先輩……聞いてくれますか??」


「……だから、ここに座ったんだよ。話してみなさい」


「せんぱぁぁぁい」


「いいから、早く。」


「あ、はい。」


反省し改まる佐野

澪桜は姿勢を直し話し始めるのを待った


「安達先輩、俺この仕事続けていいのでしょうか。未だにミスは減らないから雑務しかできていません。

気持ちだけ焦るのに、姿勢を変えても、ミスが減らない。自分に嫌気がさします。」


反省する佐野。

それを聞いて澪桜はフッと柔らかく微笑む


「そうだねぇ。資料の日付を間違う、金額を間違う、取引先の名前を間違う、契約の内容を間違う。

……普通にダメだもんねぇ。」


何もフォローしない。


「酷い!!安達先輩直球すぎるぅ!」


頭をガシガシ掻きむしる佐野。

また頬杖を付き優しく微笑んだ


「まぁでも、努力しようとしてる姿勢は買ってるつもりだよ。」


「っ……男前なんだよなぁ……安達先輩って。」


男としても負けてる気がして

余計に凹む。


「君はさ、あの私が昨日渡した資料、どう思ってる?」


キョトンとした顔で答えた


「……え?俺を教育する為の……資料じゃないですか?」


「そう。君にとってはただの”資料”なんだよ。所詮はね。」


「え?」


「ほら、向こうに座ってお弁当食べてる男性、見えるかい?」


「はい。……確か営業部のエースって言われてる」


「そう。因幡さん。あの資料はね、彼の昇進がかかっていたうちの会社としても結構大きい案件だったんだよ。」


「……え!?」


「あの案件は私が担当した。2~3年前の事だけどね。

昇進したらそれを機にプロポーズする予定だったらしいんだよ。もちろん昇進して今は新婚さんだよ。」


「そうなんだ。」


へぇーとその男性の方を見つめた

澪桜は続ける


「……もし、その案件をあの時キミが引き受けていたらどうなってた?」


「……あ……」


みるみるうちに顔色が悪くなる佐野


「何度もそんなミスをすれば取引先を怒らせ、取引は白紙に戻っただろうね。その時取引先から責められるのは?……そう。因幡さんだよ。彼が何もしてなくても、責められるのは、取引の顔となる彼だ。言い訳なんか通用しないんだよ。そしてうちの会社にも被害が出る。

信用出来ない会社としてね。」


佐野は意味を理解し……俯いた


「俺は……」


「君はさ、まだ社会人になってから2ヶ月だ。学生気分が抜けないのも仕方ない。

きっと心のどこかで資料なんか、レポートと同じに思っていたんじゃないかな?」


言い訳ができない。

だってその通りだったから。


「気持ちは分かるよ。でもね、もう君は社会人だ。

君の行動には責任が伴う。会社を回すには人が要なんだよ。それを深く理解して行動してごらん?きっと変われるから。」


優しく穏やかに諭す澪桜

佐野は……意味を噛み締めて更に落ち込んだ

俯いたまま言葉を口にする


「俺……恥ずかしいです。こんな……当たり前の事なのに。……辞めた方がいいんでしょうか?向いてないのかな。」


澪桜は溜息をつく


「はぁ……辞めたければ辞めなさい。私は親じゃない。止めないよ。」


佐野はその冷たい返事に悲しい顔をする

だが澪桜の話はまだ終わりではなかった


「……でもね。辞めるならもっと足掻いて足掻いて、納得して俺はここまでやり切った!だけどやっぱりこの仕事は向いてない!無理!!って納得してからにしたらいいんじゃないかな?」


思いがけないアドバイスに

ゆっくり顔を上げた

すると澪桜は優しく微笑んでいた


「せめて、自分の行動に責任を持って後悔できる人生を歩みなさい。あの時、こうだったから次の仕事はこうしようって理解した上で生きていけるように。前を向けるように。

それが大人だよ。……ね?」


優しくて……目頭が熱くなる

歯を食いしばって我慢した


「はい。」


「……私みたいな人間にならないようにね。仕事の話ではないけど、目の前の反面教師をよく見ておきなさい」


佐野は目を見開いた


儚く微笑むその顔が美しくて

目が……離せない。


いつもの鬼軍曹はそこには居なかった。

今にも消えてしまいそうな

か弱い女性が……笑っていた。


「……あのっ……あだ」


「おー。珍しいなお前ら」


気怠い声


「あ、山本さん。」


「係長と言え。」


「業務外ですから。今は」


スンとする澪桜


佐野は驚く

今見せた表情が無かったことになっていたから。

見間違い?

そんなはずない。だって……


「佐野、お前カップラーメンばっか食ってたら死ぬぞ」


「山本さん。言い方」


「……じゃあ、塩分過剰摂取で腎臓ぶっ壊して腎不全になるぞ?」


「いや、リアルに怖いですから。」


2人の慣れたやり取りに置いていかれる


チラッと澪桜に視線を向けた

大きな瞳と視線が合う


ドキッ!!!

心臓を鷲掴みにされるような感覚


「??」

佐野は理解できなくて

視線を外した


「おーい。聞いてんのか!?佐野!」


「っは……はい!」


「どうした?顔真っ赤だぞ?」



「……っなんでもないっす」


澪桜の言葉が佐野を包む。

感謝と尊敬と分からない気持ちが今、芽生える


この人に認めてもらえる人間になろう。

そう固く誓った。


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