9話 初めてのメッセージ
結城が車で送る事になり、1人パーキングに向かう。
(安達さんを送る事ができるなんて……まだ夢を見てるんじゃないのかな)
少し話ができるだけでも有難いと思っていたのに、こんなチャンスが来るなんて未だに信じられない。
人生で1番幸運が回ってきてる日なのでは? と思うほど浮かれてしまう結城
もしかしたら帰り道もう少し話せるかも。想像しただけで浮かれ、少し頬が緩む。
(おっと、平常心平常心)
そう言い聞かせながら車のドアを開けた。今日は来れて本当によかったと、心からそう思いながら皆の元に戻る。
「ヒュー!! 高級車ぁ! かーっくいー!」
酔っ払った松本がハイテンションで言った。そして速攻で結城に絡みまくる。
「でぇもぉ! あたし絶対結城さんよりハイスペイケメン、ゲットするんでぇ!」
松井はもうフラフラだ。 1度降りて結城が後部座席を開け誘導する。
「はいはい。俺より凄くて良い男なんて星の数ほどいますからね〜」
なんて言いながら、笑って流していた。
(酔っぱらいの扱いが上手だねぇ。謙虚だし)
結城に感心しながら松本を支え後部座席に押しやる。座った途端、目を瞑って溶けていく松井を見て澪桜は注意した。
「こら! 沙也加ちゃんまた飲みすぎ! 肝臓死ぬぞ!」
「ふぁぁい」
(肝臓死ぬってすごい表現。そしてコレ、いつもの事なんだ)
少し笑いそうになる口元を手で隠し、結城は優しく促す。
「安達さんもどうぞ」
「あ、ありがとうございます。ではお言葉に甘えて失礼します」
頭を下げた後、澪桜も後部座席に乗り込んだ。結城が後部座席のドアを閉め運転席に戻ると、もう既に当たり前のように山本が助手席に座っている。
「じゃー運転手さんたのんま!」
「……お前、ものすごイラつくな」
山本をジロリと睨み、後ろに聞こえない程度の声で呟いた。結城は気を取り直して「じゃあ動きますよ」後部座席の女性に声を掛けた後、車を走らせる。
いつの間にかベロベロの松本が心配だったので先に送り、部屋まで澪桜が介抱する。
次は戻ってきた彼女を送ることにした。
結城としてはとても嬉しい。澪桜と話すチャンスだ。
本当は現地解散だったはずだから、今の状況は僥倖と言える。山本は察してくれたのか、寝たフリをしていた。
(……ありがとな)
友達の好意に感謝し、結城は後部座席の澪桜に何気ない話題を振ってみた。すると澪桜は楽しそうにまた話し始める。
他愛のない会話を。
運転しながら、たまにミラーで目線を合わせて、結城は笑顔で相槌を打つ。
「あ、そうなんですね。安達さん、選択は美術だったんですか。それで美術館に行かれるのがお好きなんだ」
「たまたま、少し絵を描いてただけなんですけどね。と言っても見たものそのまま写すしかできませんし、着色も出来ないんですが……」
「描ける事自体が凄いですよ。俺なんてそういった芸術系はさっぱりですし」
「じゃあ美術館とかはやっぱり興味ないですよね? すみません、さっきから沢山美術館の話なんかしてしまって」
また人の興味のない話をしてしまったと、澪桜は慌てて謝った。結城は軽く首を振りながらウインカーを上げる。
「いえ、見る分には好きですよ。ただ絵心が死んでるだけです」
結城はへへっと笑って冗談混じりに言ってみせた。
「なにそれ……絵心が死んでるて」
思わず澪桜がつっこみ、二人は声を出して笑い合う。
(いい感じじゃねぇか、この2人。頑張れよ周……)
寝たフリを続ける山本が、目をつぶったまま少し口角を上げた。
そうしてる間に澪桜の家の近くの公園に着いた。あっという間の時間だった。
「ここで大丈夫です」
結城は後部座席を降りていく澪桜に優しく声をかける。
「どうか暗いので気を付けてくださいね」
澪桜は頭を下げ丁寧に挨拶をした。
「送って頂いてありがとうございます。結城さん、山本さん今日は楽しかったです。おやすみなさい」
「おう」
ぶっきらぼうに手を振る山本。
「おやすみなさい。僕もお話出来て、とても楽しかったです」
窓を開け恥ずかしそうにはにかむ結城に、澪桜は深く微笑んだ。
そして車は彼女を背に走り去る。
「見送らなくて良かったのか?」
運転席を見た山本が言った。
「あのまま彼女が去るのを見てたら、家探ってるようでキモいだろ」
「あぁー。なるほど」
気にしすぎじゃね? と思いつつも結城の配慮に感服した山本。
その後しばらく車内は沈黙をしていた。先程までの楽しい時間を反芻するように。
そんな空気を破ったのは山本だった。
「で? どうだった? 安達の印象は」
早速確信をつくことを聞いてみる。3年前から紹介しろとうるさかった結城の今の気持ち。
少しの沈黙の後、結城は髪をかきあげる。そしてどんどん顔を赤くしていき、左手で口元を隠した。
「……やばい」
一言だった。それで何もかも全てが表現されている。
「だろうなぁ」
山本は深く共感するように頷いてやった。
あんなに女に興味なかった、というか拒絶さえしてた男がねぇと感慨に耽ける。たった一度会っただけの人をここまで想い続けられるのはそれだけで才能だろうなと、素直にそう思った。
先程までのやり取りを反芻していたのか……興奮冷めやらぬ様子で結城が急に怒涛の質問を繰り広げた。
「どうだったかな!? どう思う!? 俺、変くなかった!? 大丈夫だったかな!? 安達さんどう思ったかな!?」
「まぁ落ち着け、落ち着け」
またため息を付く。昔から変わらねぇなぁこいつ。純粋というか、なんかキッチリしてるようで抜けてるというか。山本は呆れた顔で結城を見た。
はっ!! と自分の子供みたいな挙動を自覚して反省した結城が言った。
「……俺よりある意味で大人な山本の意見がほしい。残念ダメ男だけど」
「残念ダメ男だと!? ぃよし! 殴る!!」
ガッ!! 肩パンされた。痛みで結城の顔が歪む。
「痛っっ! あ、危ないだろ!? 俺は本気で聞いてるの! 山本さん、いえ山本様どう思われますか? ご見解をお聞かせください」
結城はキリッとした横顔で改めて真面目に懇願した。
ふむ、と顎をさすりながら山本が返す。
「まぁ、俺から見たら。……あれは多少気がありそうだったなぁ」
「やっぱり!? そう思った!?」
食い気味にそして嬉しそうに、やったぁ!!! と赤信号で停止したタイミングではしゃぐ結城。山本はため息をついてポンポンと結城の肩を叩いた。
「だから落ち着けって。でもまぁ、せっかくLINU友達になったんだ。せいぜい頑張れよ、あ、オヤジ構文だけは打つな」
優しくそして的確なアドバイスを友達送った。
「オヤジ構文……わかった。あとでググる」
そう言って山本を送り届け、ふわふわした高揚感と少しだけキュゥゥっと締め付ける心臓を抑えながら帰路に着いた。
帰宅してすぐにシャワーを浴びながら、ポケーっとした表情の結城は今日の事を思い出していた。思っていた以上に高かった綺麗な声、楽しい会話、可愛い仕草、そして――
あまりにボーッとしていたせいか、トリートメントを間違えて2回してしまった。
ルームウェアに着替え、歯を磨く。そして左手にはずっとスマホ。画面は澪桜のアイコン。チラッと画面に目を向ける。
「……俺のLINUに安達さんがにいる」
一言呟いた後、思わず耳を赤くさせしゃがみ込んだ。
たったそれだけで、飛び跳ねる程嬉しい。下の人に悪いのでしゃがむだけにしておこうと自重した。
(LINUを送ってみようかな。もう遅いから迷惑かな)
そう思いはするもののやっぱりどうしても、澪桜にお礼が言いたくて、この関係を一過性のものにしたくなくて。何度も何度も文章を作った。
書いて消して書いて消して、繰り返すこと1時間。
やっと納得のいく文章が出来上がった。
『今日は素敵な時間を本当にありがとうございました。皆さんや安達さんとのお話とても楽しかったです』
あえて皆さんを入れて気持ちを誤魔化す。恥ずかしくて素直には言えなかった。これだけではもの足りなくて、もう一言添える。
『これから、友達としてどうかよろしくお願いします』
変じゃないかな、文字多すぎるかな。と何度も確認しながら送信をタップした。
止まる結城。
「送っちゃった……」
独り言を呟きポスンとベッドに横になった。チラリと横目で画面を見つめる。既読が付くまで見てたらかえって気になるので、あえてスマホを小さなキャビネットに伏せて置いた。結局キャビネットの方をうつ伏せになったまま、ずっと凝視してるのだから同じ事なのだが。
ポコン───
10分後スマホが鳴る。
飛び起きてすぐ画面を開く。
『結城さんも無事に帰宅したみたいで安心致しました。私もとても楽しいひと時でした。ご馳走にまでなってしまって申し訳なかったです』
『こちらこそ、これからお友達としてよろしくお願いします』
きたーーーーーー!!
興奮して何回も何回も読み返す。ゴロゴロとベッドを転がり手に持つスマホを抱きしめた。
もう寝たかな? 返信してもいいのかな? ソワソワしながら即座に返信を送ろうとした手を止める。
(……いや、これ以上は夜遅いしご迷惑だろう。安達さんの立場になって考えないと)
そう自分に言い聞かせた。
(返信、返してくれた。楽しかったって言ってくれた。それだけで凄く嬉しい)
「……明日の朝、おはようって返信しよう」
幸せな気持ちに浸りながら結城はスマホを胸に夢に落ちた。




