34話 初めての誘い
夕方5時
今日のデートの終わりの時間がやってきてしまう。
本当はまだ一緒に居たい……
だけど夜まで連れ回すのはよくない。
きっと安達さんを怖がらせてしまうから。
そう自分に言い聞かせ
少し落ち込む結城
もうすぐ澪桜の家の近くの公園に着く。
楽し過ぎる1日だった。
色んな事がありすぎて
安達さんがすごく魅力的で
可愛くて面白くて
頬が痛くなるくらい
たくさん笑った。
人生で……初めてだったかもしれない。
こんなに楽しくて、心から声を出して笑ったのは。
時間が過ぎていくのが勿体なくて。
君と離れたくないって思ってしまう。
……でも引き止める術が俺には無い。
普通だったら夜ご飯とかも誘うものなのかな。
次のデートの約束を今するものなのかな。
プレゼントとか準備しておくべきだったのかな。
何も分からない自分が悲しい。
少ししょげながら運転していると澪桜は口を開く
「結城さんはこの後予定があるのかい?」
(えっ!?これは……願ってもない展開!?)
ぱぁぁぁっと明るくなる結城
「いっ……いえ!何も無いです!全く!!これっぽっちも!!!」
満面の笑みで
思いっきり全否定した。
「……そっかそっか。」
うんうんと頷く澪桜
会話終了。
(えええええええ!?何だったの今のは!?)
がくーーーんと項垂れた。
これがよく言う、恋の駆け引きか……と思った(違う)
そして着いてしまう公園。
降りていく澪桜
悲しそうに見つめた。
なんだったんださっきのはと思いながら。
すると澪桜はドアを開けたまま不思議そうに覗き込む。
「ん?あ!ごめん。さっき誘ったつもりだったんだ。
良かったら家に上がっていきなよ。コーヒーでもご馳走するよ。」
サラッと言った。
さっきの"そっか"はそういう意味かぁぁぁ!!!
分かりにくっ!!!!
それ全く誘ってないから安達さん!!!
結城の心はジェットコースター。
はたっ……と止まる思考。
(……え?待って……それって……
安達さんの家に!?!?!?!?
ひっ……一人暮らしの
……女性の家に!?!?!?!?
おっ……お邪魔していいの!?!?!?)
パニックになる結城。
「えっと……じゃあ近くの駐車場停めてきます」
なるべく感情を出し過ぎないように
キモがられないように必死に心を殺す
近くのコインパーキングに駐車場に車を停めた。
ガチガチになる結城。
澪桜は公園の前で待っている。
「行こっか。」
そう言って澪桜が微笑む
ドキィィィィィ!!!!!!
心臓が止まりかけた。
危ない……危険すぎるこの人。
俺の事、視線で殺す気だ。
「うっうぐぐぅ……はい。お供します」
真っ赤な顔を下げ
なるべく足元のアスファルトを見る
「……うちかなりオンボロなアパートだから……笑わないでね?家の中も残念だから。」
恥ずかしそうに言う
「……っそんなの気にしませんよ俺」
下を向いたまま真剣に言った。
君が住む家に上がらせて貰えるだけで、天にも登る思いだという気持ちを込めて。
公園の裏手にある、濃い緑の外壁とサビサビの鉄筋のアパート。
「……ここです。」
「っ!!」
古い。思っていた15倍は古い!!!
というかセキュリティ皆無!!
こんな所に安達さん住んでて大丈夫なの!?
一気に不安になる。
こんな綺麗な女性が……想像しただけで恐ろしい。
しかもこの近く駅もコンビニも無い。
車で何度か通ったせいでそれを知ってしまった。
徒歩で今まで行き帰りしてたなんて今更だが……信じられない。
(これは……明日から俺が守らないと)
変な使命感に駆られた。
カンカンと乾いた音を立て階段を登っていく。
手摺は触れただけでサビが付きそうな朽ち加減
登った先の1番奥でドアを開けて澪桜が待っている。
「はいどうぞ。……なんも無い家だけど」
照れくさそうに言う
破裂しそうなほど高鳴る心臓。
必死で平静を装い結城は口を開く
「……お邪魔します。」
フワッと香る清潔感のある白檀の甘い香り。
───微かに香っていた……彼女の匂い。
濃厚に鼻孔をくすぐる。
ブワッ!!と身体に緊張が走る
鳥肌が立った
でかい結城の後ろで澪桜が立ち往生している。
「早く入ってくれるかい?いつまで経っても私が入れん!虫が入る!」
「すっすみません!」
低い入口に当たらないよう頭を下げて慌てて入る。
殺風景で飾りっけのない部屋。
どこにいたらいいか分からずとりあえず冷蔵庫の前に立った
「……手を洗っておいで。ほらそこ、洗面所あるから。」
澪桜は笑って指を指した
「っ!!はいっ!!」
まるでロボットみたいな動きで言われるまま洗面所に行く。
洗面台に置いてあるキャメル色の石鹸が目に入る
それを使って手を洗うと
……物凄くいい匂いがその空間に一気に広がった。
───澪桜の匂い。
澪桜の部屋にいる現実を
ダイレクトに叩き付けられ
更に動揺する。
それと同時に……
彼女の匂いにもっと触れたくて……
手の匂いを嗅ぐのを止められない。
そのまま部屋に戻ると
「……いい匂いだよね。その石鹸」
優しい声が響いた
(やばっ……見られた!!)
思わず手を引っ込めて澪桜の方を向いた。
コーヒーを入れてくれている。
「うち、ちゃぶ台しかなくてごめんね。そこの座椅子に座ってくれる?」
「はいっ!」
顔を真っ赤にしたまま
素直に言う事を聞きちょこんと座る。
その仕草がとても幼く見えて澪桜は思わず微笑んだ。
「コーヒーどうぞ。今日は色んなところに連れて行ってくれてありがとうね。運転お疲れ様。」
結城の目の前に暖かいコーヒーを置く。
「いえいえ。俺の方こそ色々連れ回してしまって、疲れてませんか?」
挙動不審になりながらも澪桜の心配をする結城
「私は全然。……それに今日はたくさんお金使わせてしまって申し訳ないよ。何かお返しがしたかったんだけど。」
申し訳なさそうに言う
あの料亭……絶対高かったはず……。
そう、澪桜は気付いていた。
「いやいや!そんな使ってないですってば!こないだのおにぎらずのお礼です!」
ブンブンと手を振って言う
「それ等価交換に全くなってないよ!!……あ、そうだ。
これ。気に入ってたみたいだからあげる。」
コト……と置く。
外国の石鹸。
「……え。」
「私のお気に入りの石鹸。良かったら使って?老山白檀の石鹸だよ。」
「……貰っていいの?」
石鹸を大切そうに手に取り
胸に当てて澪桜を見つめた。
「いいよ。まとめ買いしてるんだ。無くなったら言って?またあげるよ」
コーヒーを飲みながら
イヒヒと笑って言った
「……ありがとう。こんないい物……勿体なくて使えそうにないよ」
結城はそう呟いてはにかむ
澪桜からの初めてのプレゼント。
小さな箱の可愛い石鹸
俺は何も準備してなかったっていうのに。
ずるいよ。
俺の心をどこまで奪えば気が済むの?
「えぇー!?使いなよー!使ってみておくれよー!
身体キュッキュッてなるよ!!老山白檀はね、普通の白檀と違って香りが───」
本気で石鹸のレビューをする澪桜が可愛くて愛しくて
目を細めてしまう。ずっと話を聞いていたい。
君の知識を……価値観を共有したい。
……帰りたくないな。
そう心の中で呟いた。




