33話 ホモ・サピエンス☆
※蜘蛛が少し出てきます。
苦手な方は後半飛ばしてお読みください。
「うおおおおお! こっちに大量に集まってくる!! あたしはあの山吹黄金にあげたいんだ!! 逃げるな山吹!!!」
なにやら……鯉と戦っている澪桜。
お目当ての金色の綺麗な鯉は遠くに行く。
池の縁を挙動不審にウロウロしながらチャンスを伺う。
モデルのような出で立ちが無駄に悲しい。
肩を揺らしながら口に手を当てて見守る結城。
今にも爆笑しそうなのを必至で堪える。
手にはエサを持ってるが、あまりあげてない。
楽しそうにしてる澪桜のエサが無くなったら追加してあげたいからだろう。
「結城さん! なにしてるんだい! 一緒に山吹とプラチナ狙うよ!! 早く!」
おいでおいでと手を招く。
その柔らかな手の動きに吸い寄せられるように、笑みを浮かべて足早に近づく。
「……さっきから何なんです? その山吹とかプラチナとか」
結城は話題をふるように、適当に鯉にエサを投げながら聞いた。
「あっ!! そいつはただの鯉だ! だーめじゃーんちゃんと狙わないと!」
澪桜は全く聞いてない。
結城はその反応がお気に召さなかったのか、唇を尖らせて更に適当に放り込む。
「あああ! なにしてんのっ!」
「だって、安達さん、俺の話聞いてくれないんだもんっ」
ツーーーーンとそっぽ向く結城。
これじゃどっちが女子か分からない。
「ごめんごめん、つい夢中になっちゃった。錦鯉の品種の事だよ。あんま詳しくないけどね」
「でた。謎の謙遜!」
反射的につっこむ。……もう慣れたものだ。
「いやいや、本当だって。奥が深いんだよー錦鯉って。綺麗だよね。本人は自分が綺麗だなんて知らないんだろうけど」
そう言って金色の鯉目掛けて餌を投げる
「……へぇ。種類あるんだ……じゃあ、わかる範囲で教えてよ 」
結城は少しだけ棘を残したまま、澪桜に強請った。
要望に応えるように、狙いの鯉へ餌を投げながら説明を始める。
「いいよ。でも適当だから間違ってたらごめん。まず、あの白をベースにした赤と黒が少し入った鯉。あれが大正三色。
この手前の黒の比率が多いのが昭和三色。で、さっきから狙ってるあれ。金色の鯉が山吹黄金。そっちの銀色のやつがプラチナ黄金。……あとは知らん」
「説明の終わり方が雑っ! それぞれ名前ついてるんだ……いかにも日本っぽくて、なんかカッコイイね」
「1匹4000万円とかの鯉もいるらしいよ。すごいよね!!!! 4000円でも高いと思う私の価値観では計り知れないよ! ここの鯉の総額も想像しただけで恐ろしや〜」
楽しそうに今度は銀色の鯉にエサを投げ始める。
「そうなんだ、すごっ! ……極めるとほんと天井知らずだよね。そうゆう世界って」
目を丸めて会話を楽しみながら、澪桜の少なくなったエサに自分のエサを足す。
そのさり気ない仕草に気付き、澪桜は結城の方を向いた。
穏やかな微笑みを浮かべて、池の方に視線を落とし銀色の鯉に餌をあげる。
結城の整った横顔。まだ見慣れないはずの色素の薄い彼。
だけどずっと前から知り合いだったように居心地が良くて、澪桜は少しだけ思考の海に落ちた。
……君といると、楽しくて時間があっという間に過ぎていくね。
美術館でも、さっきのお店でも池でも、つまらないはずの私の話を広げてくれる。
こんなに笑ったのはいつぶりだろう。
幻滅させてしまうのではと、会話を選ばずに話せたのはいつぶりだろう。
何だって話したいと思ってしまうんだ、君になら。
……本当に不思議な人だよ。
トラウマも何もかも消えてしまった。楽しさと、優しさで上書きしてくれた。
もっと君の人となりを知れれば
……少しくらいはこの気持ちを返すことが出来るだろうか。
どうしても……心から感謝の気持ちを伝えたくなった澪桜は、結城の方へ体を向けて満面の笑みで言葉を紡ぐ。
「……ありがとう! 私、社会人になってから今日が一番楽しい! 結城さんと遊びに来れて本当に良かった! さっきのご飯もすごく美味しかったよ! ご馳走様!」
結城からすればかなり唐突に、前後の文脈吹っ飛ばして。
現状に思考回路が追いつかない結城は、澪桜を瞳に映したまま、動けなくなった。つい、手元のエサを全部下にいる鯉にあげてしまう。
「あああああ。なんと勿体ない」
エサが全て投下され鯉達が荒れ狂う。澪桜は残念そうに池を覗き込んだ。
「っ急にそんなこと言うからっ」
結城は声が漏れないように腕で口を抑え、一気に赤くなる顔を隠して視線を逸らした。
全く気づかない澪桜は、楽しそうに最後の餌を鯉にあげた。
「よし! 私の分も終わった! あーーーー楽しかった! 山吹黄金に6回はエサあげられたしね!」
満足そうに結城の持つゴミを取り、自分のゴミと一緒に捨てに行く。
靡く濡鴉色の髪。颯爽と歩く後ろ姿を目で追う。
……結城は眉を下げて、静かに唇を噛んだ。
(何で急にあんな事言うの……? どんな気持ちで言ってくれたの? そんな事言われたら俺……余計に今日が終わってほしくなくなるじゃないか……)
「よし! ゴミも捨てた! 行こうか〜」
「そうですね」
憂いを帯びた笑を浮かべて、結城は頷いた。
広大な敷地の庭園。
散策してまわる2人。
少し歩くと青錆色のおしゃれなベンチが併設されていた。
ひっそりと佇む姿から、あまり人に利用されていない事が見て取れる。
結城は澪桜のピンヒールに一度視線を落として、ベンチを指差した。
「少し休憩しましょうか」
「そうだねぇ……あ、でもちょっとそこで待ってて」
ベンチの側で結城を止めて自分だけ近づいていく。しばらく眺めた後、なにやらベンチを確認するように、ありとあらゆる角度から澪桜はベンチを確認し始めた。
「……な、何してるんですか?」
何かを探すような怪しい動き。
これは聞かない方が良いパターンだと……分かっているのについ聞いてしまう。
ホラーの鉄則。
「……ここ。まだ座らない方がいい」
結城の方へ振り向いて、凛とした笑を浮かべる。そのまま何も言わずに茂みの方へ向かい、なにやら枝を持ってくる。
「……え?」
「……このベンチの隙間にセアカゴケグモの巣がある。結城さん、気をつけろ☆!!!」
バチコーーーン!
澪桜が枝をブンブン振り回しながらウインクして見せる。
言ってることやってる事が噛み合わない。
しかもウインクが出来ないのか、微妙に両目を瞑り、瞼に力を入れてるせいで白目になっている。
(こんなにウインクが下手くそな人初めて見た)
あまりの衝撃発言とウインクに一瞬思考が飛んだ結城は首を振って、聞き返す。
「セア……?? え!? まさか蜘蛛にも詳しいの!?」
さっきは恋……ではなく、鯉を語り
今度は……蜘蛛。
澪桜の会話の振り幅が凄くて現実を受け止めきれない結城は気が遠くなる。
「そんなに詳しくないよ。普通普通。……しかしまぁ、可哀想だが致し方ないか」
手を合わせ一礼したかと思ったら
さっきの枝で蜘蛛の巣を掻き出した。
出てきた蜘蛛をすかさず潰す。
「南無三!!!」
「ギャーーーーーーーーーーー!!!!!」
結城は思わず叫んだ。
振り返った澪桜は清々しい笑顔を結城に向けて、饒舌に語る。
「特定外来生物だからね。残念だが見つけたからには……滅さねば。危うく結城さんを病院に連れて行かなきゃいけなくなるところだった!」
ジャリジャリ。
なにやら捻り潰すような足の動き。
きっと澪桜のパンプスの裏は悲惨なことになっているのだろう。
なぜかは……言わない。
このカオスな現状に結城は天を仰ぐ。
(何故か俺が噛まれる前提で話してるよ……)
蜘蛛が嫌いな結城は澪桜の足元を想像し、身震いをした。
「ひいいい。……ほんと……安達さんて……一体何者なの?」
またベンチの裏側を確認していた澪桜は、結城の裏返った声に反応し、振り返ってもう一度ウインクをする。
先程の残念な白目が再び披露された。びっくりするほどに変な顔だ。
「……ホモ・サピエンス☆!」
てへっ!
持っていた木の枝をブンブンと少年のように振り回し、更に次の蜘蛛の巣を掻き出そうとしていた。
「……いや、あのね?」
何からつっこめばいいのやらわからないまま、結城の虚しい声だけが響いていた。




