32話 懐石と箸の持ち方
「うわぁぁぁぁ!!鯉が!!アホのようにいる!!集合体恐怖症の私にはエグい光景!!!」
テンション爆上がりの澪桜
「…………喜び方が独特。」
1歩下がって付いていく結城。
美しい日本庭園の池の前で前のめりに凝視する澪桜を見て心が踊る
(連れて来て良かった。めちゃくちゃ喜んでる。)
「ほら、あんま覗き込むと危ないですよ?」
そう言って少し服を引っ張り
引き戻した
「……鯉が居すぎて気持ち悪いのに惹き込まれる……あれは何でだろうね。……あ!エサ!!!エサがある!!!餌付けしなくては!!」
「……ダメ!ご飯食べてから!!」
結城に静かに怒られる澪桜。
「ごめんなさい、お母さん。」
しゅんとして謝った
「だからね!?俺!男だから!安達さんのお母さんじゃないから!!!」
必死に訴える
それを見て楽しそうにケタケタ笑っている……くそう……確信犯だ。
自分でも信じられないくらい、澪桜の手の内で転がされてるのが分かる。
(これがいわゆる……惚れた弱みというやつか)
結城は初めての感覚に名前を付けた
スタッフに案内され2階の窓際の見晴らしのいい席に通された。
「うわぁ……なんじゃここ。」
澪桜の色気のない感動。
「……気に入って貰えた?安達さん、庭園とか好きそうかなって思って予約した。ほら昨日、和食食べたいって言ってたでしょ。」
嬉しそうに言う結城
どう見ても恋人のそれ。友達同士で来るようなところではなかった。
「和食……言ったけど……思ってた13倍は凄い。……緊張する」
カチカチになりながら結城の引いた椅子に座る
当たり前のようにエスコートする男。
「……13倍て!
ほら……緊張しなくていいよ。見てみて?庭園が青々してて綺麗ですよ」
春の若葉が揺れ美しい景色を作り出していた。
「わー!本当だ!凄く綺麗だねー。この距離なら鯉の暴虐的な数もキモくない!」
景色に感動した後
緊張が少し解けた澪桜は
ニコニコと結城を見つめた。
不意の笑顔に心臓が跳ね上がる
「っ!!!」
可愛くて……つい、視線を外した。
外した先のお品書きに触れ
違和感のないようにゆっくり開く
「……ほら、まだ席しか取ってないから好きな物選んで?」
値段の書いてないお品書き。
少し格式の高いその店は事前に調べておいた所。
きっと値段なんて書いてある所だったら
彼女なら金額で遠慮するだろうと……結城の配慮だった。
1番の理由は周りの喧騒に邪魔されないで
二人の世界に浸りたかったからだが。
「うわー……どうしよう……。懐石しか無いんだね。ここのお店」
「そうみたいですね。食べれない物とかありましたか?」
「いや、何も無いよ。……うーーん。どの懐石にしようか?多分同じ懐石しか選べないから。結城さんは月の膳と桔梗の善だったらどっちがいい?」
メニューを持ったまま隣に座る結城に見せてきた。
数種類ある懐石からその2つを選び結城に委ねる。
トン……
肩が少し触れる……
全神経が……肩に集中した。
澪桜は気付いて無い様子だ
(近い近い!っ……安達さん、なんか凄いいい匂いがする……ってバカか俺は!!)
内心パニックになる結城。
「っ!!…………きっ……桔梗……がいいかな。」
顔を真っ赤にして
誤魔化すようにほうじ茶を飲んだ
「いいね。じゃあそうしようか。先付からあるなんて本格的だなぁ。楽しみだね」
そして目が合った店員に注文した。
本当は結城が注文するべきだったのだろうが……今の彼にそんな余裕は無かった。
(ああ、かっこ悪い……俺のバカ……)
───
少しの雑談の後
先付けが運ばれてくる。
柚の皮を器にし盛り付けられた綺麗な一品と花の器に盛りつけられた小鉢
「わぁー。綺麗だね」
姿勢を正す澪桜
「……本当ですね。」
澪桜を見て目を細める。
君の方が綺麗だって言えたらいいのに。
少し胸が苦しい。
(俺……どうしたんだろう最近変だ)
ずっと見つめたまま考えていたら……
澪桜は一向に食べない。
「?……安達さん、食べないんですか?」
不安そうに聞いた
「……結城さん。私ね箸の持ち方変なんだ。
君に育ちが悪いと思われないか少し不安だよ」
「……育ち?そんなの気にしませんよ?俺」
美しいフォルムで箸を使いこなし品良く食べる結城。
「そんな綺麗に箸持てる人に言われても……うう。」
そう言って澪桜は箸を持つ
細くしなやかな長い指で箸を扱う。
とても美しい所作だ。
思わず指に吸い付く結城の視線。
「……?……え?綺麗に持ってるじゃないですか。
どこが変なんです?」
澪桜は残念そうに箸を開く
「これでもかい?」
人差し指と中指に挟まれた箸と親指の付け根に挟まれた二本の箸はみよーーーんとありえないほど広がる
「え!?それどうなってんの!?」
普通は角度30°〜45°位がせいぜい。
澪桜は120°くらい開いてる
様子がおかしい。
「だから言ったでしょ。変なんだよあたしの持ち方。
とほほ、こんな格式のあるお店で申し訳ないよ。頑張れば普通に持てるが……アホのように食べるの遅くなるから……」
そう言って普通に持ってみせる
会話の途中に続いてやってくる向付と椀物。
そんなことより澪桜の箸。
意味がわからない
「親指がね……ほら、反対側に90°曲がるんだよあたし。だからね……力点がこの反対側に曲がった所でしか力が入らない。」
グッと親指を立てた状態からグニっと曲げて見せた
「うおおおおお!?なにそれ!!すげえ!!」
大人な結城はどこかに旅立つ。
「この親指のせいでねぇ……クラウチングスタートは安定しすぎて出遅れるし、指相撲は反則級に強くて怒られる。なにより毛筆!肘を付かないで書け!?力が入らなくて無理なんだよ!!」
(なるほど……力点が反対側ということは
1番中途半端な位置で箸を押さえるということ。
力なんか入るわけないか。)
なぜか冷静に分析を始める結城。
目の前の現象を必死に理解しようとする。
「なるほどね。それは物理的に無理だ……箸も。」
うんうんと、納得した。
「分かってくれるかい!?育ちが悪いだの!親の顔見てみたいだの散々言われたよ!だから努力した!でもねぇ……力が入らないからなにも掴めないんだよ!!で、この持ち方を考案した。力点は親指の付け根と人差し指と中指。だから安定して持てるし……パッと見は分からない!」
ブハッと吹き出してしまった
「あははは!!凄い名案だ!」
「でしょでしょ!?これ生み出した時私凄い!て思ったもん!!」
ケタケタ笑って橋を広げる。
理解して貰えたことが嬉しい
と言わんばかりの笑顔で笑う澪桜から
結城はずっと目が離せない
そんなことで真剣に悩んで
真剣に解決策見つけ出して。
そんな澪桜が愛しくて仕方なかった。
そしてなにより
心無い他人の一言に傷付いてきたのかと思うと
自分の事のように胸が痛い。
「……ねぇ、安達さん。」
友達とは思えないほどの優しく甘い声で澪桜を呼ぶ
「ん?なんだい?」
微笑みながら結城に応える
「もしまた、そんな心無い人達が現れて酷い事を言われたとしても何も気にしたらダメだよ。
これから先は俺が君を全部肯定してあげる。
だから箸も、自由に持って楽しく食べて。」
優しく……澪桜を見つめて呟いた
「っ……うん。……ありがとう。結城さん」
すこしだけ……頬が紅潮したように見えた。
……馬鹿だな俺は。
きっと気の所為なのに。
彼女は今何を思ったのだろう。
分からない。
1mmでもいいから……届きますように
俺の……君を想う気持ちが。




