29話 澪桜とヒール
5月6日 AM9:15
よし!
澪桜は鏡の前で自分をチェックした。
……今日は完璧!
メイクもした!服も仕事用に買ったまだ着てないやつ、白いノーカラーでシア素材のカットソーに、ロイヤルブルーのストレートパンツ。
足の長い澪桜にとても良く似合う。
この組み合わせは肌が抜けるように白く見えた。
基本的に無彩色かロイヤルブルー、青みがかったワインレッドくらいしか着れない。後は全部黒ずんで見えるから。
寝癖をシャワーで直し艶やかなストレートの髪が肩甲骨まで靡く。
「時間は……」
スマホに目を落とす。
現在時刻9:20。待ち合わせ時間10分前。
こないだの様な失態は犯さない!
今日はミスひとつ無いと自負する。
公園で初めて二人で会った日の失態がかなりトラウマになってしまった澪桜は3日も、今日も異様なほど確認する。
大丈夫だと確信し安心した所で
そろそろ出ますかねと呟きながら
いつものローヒールを出そうとした……。
しかし
手を止める。
「……結城さんなら……いいかな。」
ポソっと呟き
おもむろに靴箱を開ける。
お気に入りの黒いピンヒール。買ってから2回しか履けなかった靴。
1度目は通りすがりの女子高生に
「あの人脚長すぎて虫みたいじゃね?きも」
と笑われて自分は変なんだと認識した。
2度目は告白されて友達になった小柄な男性に
「俺を見下して楽しいですか?」
と睨まれた。
配慮が欠けていたと申し訳なくなり、その場で安い靴を買い、履き替えた。
正直この靴には嫌な思い出しかない。
だからもう履くのはやめようと置いたままにしていた。いつもなら捨ててしまうのだがこの靴だけは捨てられなかった。
一目惚れで買った靴だったから。
でも不思議と今日なら……大丈夫な気がした。
過去の嫌な記憶を結城さんなら塗り替えてくれる。
何故かそんな予感がする。
靴を出し、玄関に置く。
コツ、コツ。
9cmのヒール。
重心が変わり
いつもの猫背が強制的に伸びる。
気持ちも少しだけ前向きになれた。
「行きますか」
そう言ってドアを開ける。
鍵を閉め古めかしい鉄筋の音を響かせながら階段を降りた。
道路側に出てみるとそこにハザードを炊いて外で待つ結城がいた。
白いシャツにグレーのカットソー、鮮やかなカーキのキレイめなサルエルパンツにローカットのスニーカー。
朝日に照らされて余計に爽やかさが足されていた。
澪桜に気づき手を振る。
「おはよう!安達さ……」
そして止まる。
(あれ……やはり変だったか?)
「おはよう!わざわざ来てくれてありがとう」
不安をかき消すように笑顔で言う。
もし変だったら家に戻って服装も靴も変えよう。
結城さんを待たせることになるから申し訳ないが……
少し悲しくなる。
「っ……今日……その格好」
口元を抑え何故か震えて見える。
「?……ああ、せっかくだから服を下ろしたんだ。買っておいたけど着てないやつ。それと靴。好きだけど人に嫌がられるから履かなかったやつ。
……ごめん、やっぱり変だったかな?着替えてこようか。」
戻ろうとする澪桜。
「いや!!めっちゃいいですよ!!
え!?なんで!?すごく似合ってるのに!一瞬モデルかと思いましたよ俺」
そう言って結城は驚いていた。
嘘では……なさそう。
「またそんな大袈裟な……お世辞が上手だねぇ……でも変ではないかい?服とか……靴とか」
それでも確認したくなった。
不安を結城にぶつけてしまう。
「……ぜんっぜん!!!むしろいい!と俺は思います!ロイヤルブルーがこんなに似合う人あんま居ませんよ。俺似合わないし。
靴も俺なら……ほら。」
そう言って澪桜に近づき、背を比べた。
それでも結城のほうが高かった。
「っ!!」
ギョッとする澪桜。
「……視線丁度いい。
どうせ器の小さいヤツに何か言われたんでしょ?」
ね!と誇らしげに、そして核心をつき、
イタズラに笑う。小悪魔のように。
「ぐっ!何故分かった!?」
近付いてきた美の化身に図星を突かれ変なポーズをしてしまう。
「ぶっ……わかりやす」
結城は笑う。
おちょくられる澪桜。
どんどん赤くなっていく。
澪桜の過去に勝手に嫉妬した結城は、
少し意地悪したくなってしまった。
あまりにも可愛くて……たまらない。
「……っ!!!!ムカつく!ムカつく!!そうだよ!!前に友達になった人に『俺を見下して楽しいですか?』て怒られたよ!!一回喫茶店で話しただけで疎遠だよ!
自分から告白しておいて!!!
しかも女子高生に虫みたいって言われたよ!!虫て!!!他にも例えようがあるだろうに!!!」
バンバンと足を叩く。
それを見てクスクス笑いながら結城は言った。
「ふふふっ……何その男。さっさと終わって良かったじゃないですか。そんな思いやりのないやつと関わる方が時間の無駄。」
手を振って呆れた
確かに……と納得する澪桜
「それに、虫って……言い方酷いけど最高の褒め言葉じゃないですか?
だって……その子からしたら異次元みたいなスタイルだったって事なんだから。妬んじゃうくらいかっこよかったって事でしょ。」
優しく微笑みながら
更に結城は続ける。
「……他人の言うことなんて気にしたら駄目ですよ。
好きな物着て、好きな物履いて、自分らしくいないと。
きっと後悔しますよ?」
後悔……。
結城の目は……揺れない。
まっすぐ見つめ、先程のイタズラさは消えている。
本心で言ってくれている。そう思った。
彼は洋服が好き。
だからそんな事で好きなものを着なくなる、履かなくなるなんて勿体ない。
そういう価値観なのだと理解した。
自分にはなかった価値観に、澪桜は救われる。
「うん。そうだよね……やっぱり今日これ、履いてきて良かった。過去の事はもう忘れるよ」
澪桜はありがとうと感謝の気持ちを込めながら微笑んだ。
「……そうそう。すごく似合ってるから自信持って。」
結城は嬉しそうに深く微笑んで澪桜を見つめた。
やっぱり思った通りだった。
結城さんなら何でも許してくれる。
認めてくれる。
本当に良かった。
友達になれて
本当に───
君なら……
諦めた物も何もかも包んで救ってくれる。
そんな気がしたんだ。




