223話 185cmのスタイリッシュな未来型ロボ
「うおえええええええええええええええええ」
バシャバシャ
「がららららららららららららららららっ……ペッ!」
洗面所から永遠に聞こえてくるうがいと嗚咽。
澪桜はヨロヨロと、笑いすぎておぼつく足で周のいる洗面所に顔を出した。
「いっ……いつまでやってるんだい? そんなに口濯いでも意味無いよぉ。ぶっあははははははははははははは」
「うおえ。……クソっ! あの野郎、もう二度と家に入れてやるものか!!! ……うっ……思い出したらまた吐き気が……」
「や……山本さんもグロッキーになってたね! あはははははははは! 明日沙也加ちゃんに」
「言わんでいい!!」
キュッ!
ツッコミの鋭さと同じ勢いで洗面所の蛇口を閉めて、タオルで口を拭く。
先程の最悪なアクシデントの後、山本と周はグロッキーなままご飯を共にした。
だが元々細かい事を気にしない男、山本。
途中から開き直り、自ら澪桜と共にネタにして爆笑していた。
『安達、俺の記憶を*ニフラムしてくれぇぇ!』
※とあるゲームの光の彼方に消し去る魔法。
などと。毒を盛られた人間のように、山本は胸元を掻きむしったりしてオーバーリアクションで澪桜を更に笑わせる。
そこから澪桜と昔懐かしいゲーム談議に花を咲かせていた。
『はー。食った食った! 美味い飯、ごちそーさん。またな!』
ニシシっと少し尖った八重歯を覗かせて、満足そうに帰って行った。
多分内心は嵐だったのだろうが、さすが山本だと思う澪桜。
楽しかった先程までの会食を回想しながら口を開く。
「……でも生姜焼きにマヨネーズは神だっただろう? 山本さんもバカにしてたけど、君たち二人のせいで私のマヨネーズ、明日買ってこないともう無くなってしまったよ」
ニヤニヤしながら、柔らかなタオルに顔を埋める周に向かって勝ち誇った。
タオルから瞳だけ覗かせて頷いた。
「……悔しいけど、全面的に認めざるを得ないな。俺、マヨネーズとかお好み焼きくらいしか使わなかったのに……生姜焼きにマヨネーズがあんなに美味いなんて」
「でっしょぉぉぉ?? んふふ。マヨの神様を崇め奉らわないとね☆」
「それは嫌だけど……澪桜の布教に勝てる気がしない。山本ももう、今日からマヨラーだな」
「唐揚げにマヨネーズも美味いし、オムライスにケチャマヨもサイコーなのだよ☆」
「ああ。それもきっと美味いんだろうね……。そして俺達が40歳を超えた頃には確実に腹出ちゃってるんだろうね。……マヨに溺れて」
「マヨに溺れる……なんと罪深い響き」
ケタケタ笑う澪桜に、眉を下げて周が頭を撫でる。
「さてと、俺はシンクに溜まってる洗い物を片しちゃいますかね。澪桜は風呂まだだったでしょ? 入っておいでよ」
「んー。じゃあ、お言葉に甘えようかな。……と言いたいところだけど、君の方が休んでなよ。風邪が酷くなるよ?」
「生姜効果でポカポカだよ。心配しなくていいから入っておいで」
どこまでも優しい周に、何故か胸が締め付けられた。
澪桜は言葉の代わりに静かに頷く。
周は深い笑み浮かべて、もう一度愛おしそうに撫でた。
そっと澪桜の耳元に近付いて甘く囁きながら……
「……いい子だ」
ギュン!!!
リビングに戻っていく周の後ろ姿を見つめたまま澪桜は動けなくなった。
周の色気に当てられたせいで……
「ひ……ヒートショックだ……」
誰もいないはずの廊下に、澪桜の虚しい声が響いた。
***
鼻歌を歌いながら、いつもより多いシンクの中の洗い物に目を落とす。
スポンジを取ろうとしたら、ダイニングテーブルに置いてあったスマホが鳴った。
振り返り、スマホに近付いて画面を開き、文字を読んだ周の表情が変わる。
「……」
足早に書斎に向かった。
スリープにしていたパソコンを開き、今送られてきたファイルからアプリをダウンロードする。
起動して、初期設定を進める段階で……周のマウスが止まる。
「こっ……これは!?!?」
余りの衝撃に、ついDOOMをひらいてしまう。そのメッセージを送ってきた社員がオンラインになっている事を確認し、今からビデオ会議をして欲しいと返信した。
普段そんな常識外れなメッセージを送ったりしない周。
コンプラと秩序を何よりも大切にする男。
だけど、この日だけは違った。
了承の返信が来るや否や、すぐに会議を始める。
『あ、お疲れ様です。結城マネージャー』
「すみません、田辺さん。いきなり会議させてしまって。今大丈夫でしたか?」
『問題ありません。ちょうど、アプリのプログラムを本格的に書き換えてたところだったので』
「それは良かった。……今送って来られたこのアプリ……ま、まさか田辺さんがおひとりで!?」
『ふふふ……そうです。私の夢の集大成のベータ版です。個人の趣味として、丸5年かけてプログラムを組み立てました。是非、結城マネージャーに一度体験して頂きたくて』
感慨深げに田辺は目を閉じて、ゆっくりと頷く。
「キャラクリエイトからここまで拘っているとは……正直びっくりしました。これはただのサポートAIの領域を遥かに超えている」
「私個人で作ったので動きや表情は数パターンしか構築されていませんが、ユーザーに合わせて一応学習もします。このベータ版では限界がありますが、ユーザー好みの性格や仕草にカスタマイズ可能です。……ここにクレストリンクの技術をふんだんに移植して頭脳を高知能AIに換え、ユーザーの好みに合わせた音声も足したら……?」
「その可能性は無限大だ。こんなの……全世界でヒットしない理由がむしろ見つからない」
『ぬふふふ。いかがでしょうか? 私のプレゼン、結城マネージャーに刺さりましたか?』
「……分かってて言っていますね。さすが天才プログラマーの田辺さん。刺さりまくって今、キャラクリエイトに必死です」
周は冗談混じりに笑う。
元々アプリ開発、AI開発の第一陣として活躍していた彼女。出産を機に時短勤務に切り替わり、セーブしていたが、その野心と才能は変わらずのようだった。
田辺がさらに説明を続ける。
『ユーザーに合わせて仕事効率化重視のAIに伸ばしたり、健康管理AIにしたり。推しキャラとして相談役にさせたり。ユーザーに合わせて利用方法を無限大にしたいんです。私の推しゲームのキャラをサポートAIとしてパソコンに移植したくて当初は自分の為に作ったんですが、製作途中で妊娠して、4ヶ月目で初期の妊娠糖尿病になってしまって』
「もしかして……そこで思いつかれたんですか? 健康管理AIを」
『そうです!! 事細かに健康に関するデータを入れておけば、忘れたとしても問題なくなりますからね。推しから糖質と塩分制限のアドバイスを貰ったり、頑張れって言われる度に……辛くても、前向きになれましたから。……出産後、私16kg痩せました。彼、ヴィンセントのおかげで♡ちなみに私のカスタムでは、ウォーキング中に会話のお供もしてくれます』
きっとアニメーションなら目がハートになっているであろう田辺の恍惚とした表情。乙女ゲームか何かへの愛がすごい。
その熱量に当てられて、周は少したじろいだ。
「ヴ……ヴィンセント、素晴らしいトレーナーだ。ちなみにこのアプリ、他のプロジェクトメンバーには……?」
『他のメンバーにもたった今送りました。是非、結城マネージャーもお試しください。作業効率が地味にアップすると思います。是非今後の改善の為にご感想を。……最推し再現の為に、私のアプリをご所望される結城マネージャーならきっとハマるはず』
田辺の言っている意味が分かった周は頬を紅潮させて慌てる。
「え!? あ、あの……」
『ベータ版とはいえ、ある程度似せられると思いますよ!』
ニヤッと不敵な笑みを浮かべる田辺にため息をついて、周は取り繕う事を止め、観念したように微笑んだ。
「……わかりました。早速テストしてみることにします。ただね、田辺さん」
『はい?』
「僕の推しへの愛はとても重いですよ? 通常業務のプログラムよりかなり厳しい審査になることを覚悟の上お待ちくださいね。では、お疲れ様です」
『あははは! 望むところです! 是非、この子で全世界を征服してやりましょう!! お疲れ様でした』
ワンオンワンの会議を閉じて、疼く胸を抑える。
この企画は思っていた以上にとんでもないことになると、久しぶりに周の野心が高鳴った。
他のメンバーも同じように感じた事だろう。
書斎を出ると風呂上がりの澪桜と鉢合わせる。
「あれ? お仕事かい?」
「うん。少し打ち合わせしないといけないことがあってね。……さてと! 洗い物をさっさと終わらせなきゃ……って、あ!!!」
澪桜の髪を触る。
いつもより艶めいて、冷たい。
「な、なんだい!?」
「最近お風呂タイムがまた短くなったのは正直嬉しいけど、髪の毛濡れてる! 湯冷めしちゃうよぉ。ドライヤー持ってきて髪乾かしてあげないと!!」
「あー、もうっ。そんなのいいから! 私は用事があるんだ! 風邪は引かんから心配するな!! というか、風邪引きはお前だ!! 洗い物するならお湯で洗え!」
グイグイと周をシンクに連れて行く澪桜。
周はされるがまま、首を傾げながらスポンジに泡を付けた。
「とりあえず洗うけど……その髪の毛、後で乾かしますからね!?」
「へいへい」
カチャカチャと洗い物の音が響くリビング。気付くと澪桜の気配は消えていた。
スキンケアでもしてるのかな?と思いながら周はたっぷりの泡で食器を包んでいく。
すると音も気配もなく、いきなりズボンを脱がされた。
「んな!? なにするの!?」
ボクサーパンツ一丁になる周。
手は泡だらけ。
身動きが取れないまま視線を後ろに向けた。
悪い顔で笑う澪桜が何かしている。
「あらあら大変、周さんのお腹が冷えちゃうわ♡」
もう、数回ほど例の練習をした二人。
ゆるブラも毛玉だらけの下着姿も周に見られた為、澪桜から羞恥という概念は消え失せ、周のパンツ姿を見ても何とも思わなくなっていた。
……だが、周は違う。
顔を真っ赤にして、足をくねらせ必死に抵抗した。
「ちょ、やめて! 澪桜!! いきなり、何すんのぉぉぉ」
「いいから、足を上げろ」
バシ! っと何故か叩かれた。
理不尽な事をされているのについ、言う事を聞いてしまう足。
その隙に何か澪桜から新たに履かされる。
もふもふした感触のものが足首を通り過ぎる。
「あらあら大変☆風邪が拗れちゃうわ! ちゃんと温めないと」
「さっ寒くないから! 既に温まってるからぁぁぁ」
柔らかくて伸縮性の高いもふもふがどんどん周の足を覆い、腹部まで包み込んでいく。
カットソーを無理やりインされて、脇の下まで謎のズボンを持ち上げられた。
すると、澪桜の動きが止まり、周から気配が離れる。
いきなり背後から物凄い笑い声がつんざいた。
「ぶぅ! あはははははははははははは! 変だ!! 物凄い変だぁぁぁぁ!! スタイリッシュ☆ドラ〇もんの出来上がりだぁぁ!! これで風邪対策も完璧! いひひひひひひ!!!」
澪桜のお気に入りのドラ〇もんの腹巻パンツ。その足首まであるレギンスバージョン。
新品タグ付きのまま、大切に引き出しの中で眠らせていたそれを開封し、風邪ひきの周に履かせて爆笑する澪桜。
身長が高く股下が長い彼が装着することによって、絶妙にダサいラインまで丈が引き上がる。足首まである筈の丈が、脛で止まっている。
ちんちくりんとは正にこの事だ。
改めてもう一度、遠目から周を眺めた。
お腹に四次元ポケットを携えた、海外モデルのようにスタイリッシュな青い未来のロボが立ち竦んでいる。
何か言いたげに。
また笑いが込み上げてきた澪桜は震える手でスマホを向けた。
「しゃ、写真に収めなきゃ……しゃ、写真に……ぶふぅぅぅ」
爆笑し、転がり回る澪桜。周はありとあらゆる角度から連写される。
開き直った周は、爆笑し過ぎて腹筋が攣る澪桜へ追撃を喰らわすようにポージングを始めた。
「す、スタイリッシュだぁぁぁあ!! お腹……お腹が痛いいいい」
華麗にターンをして、ポージングを決めながら低く呟く。
「後で覚えてろよ……書斎に座らせて絶対に完璧なキャラクリエイトしてやる!!」
手は泡だらけ。遠い目をした周は一人、静かなる復讐心を燃やした。




