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212話 あの漫画の正体



「……それって、本気?」


甘い周の視線がより一層の熱を帯びる。

思わず心臓が跳ねて、澪桜は視線を逸らした。



(どっどどどどどどどどどどどどうしよう!? なんとハレンチな事を言ってしまったんだ!?)


「ダメ、俺を見て。……本気?」


逃げられないくらい、熱い視線。

澪桜は息を飲んだ。

囚われるくらいに綺麗で。


周の透き通る瞳に吸い込まれながら、ゆっくり頷いた。


「……本気」


震える声で微かに答える。



「……こないだ言ってた『お願い、もっとして?』ってあれ、そういう意―――」


「っ!」


ガタン!


あの黒歴史を蒸し返され、余りの恥ずかしさからその空気に耐えられなくなって、何も言わずに立ち上がる。


もう隠すものは何も無いと、開き直った澪桜はウォークインクローゼットからバッグを持って来た。

呆気にとられる周の前に立ち、今日買った残りの本達をさらけ出す。


「ん? なんだ? ……まだ他にも買ってたの?」


「わ、私は! こんなふうに女性として愛されたいのかもしれない!!」


真っ赤な顔で周に暴露した。

恥には恥を重ねておけば、もう怖いものは無い。


ポカーンと間抜けな顔をして澪桜を見た後、周は漫画とハウツー本に目を落とした。


「……ふーん。溺愛されて、俺の愛情を独占したいの? それで……俺を心も体も骨抜きにしたいわけだ」


ゆっくりと長い指で漫画のタイトルと、ハウツー本のタイトルを指をさす。



「っ!!! そうじゃなくてっ」


「何が?」


「と、とりあえず、異世界漫画は面白いのだよ! 周さんも読んでみて!? 皆同じ顔だから! 一緒に甘ったるいファンシーの世界に浸ろう!」


澪桜は余りの恥ずかしさから、周に漫画を勧める。頬杖をついた周は薄く唇を緩め妖艶な笑みを浮かべた。


(なんかいつもより、色気がすごい気がする)



「わかった。でもせっかく買ったんでしょ? 1巻は澪桜さんから読んだら?」


「え、でも」


「俺は別に2巻から読んで後で補填すればいいから。さて、仕方ない。一旦話し合いは終わらせて、コーヒーでも飲みながら読書に耽りますか」


コーヒーを淹れる為に周は立ち上がる。



挽き立てのアロマの香りに包まれながら、二人は漫画を読み始めた。静寂に包まれた空間には、ページを捲る音だけが響く。


やはり異世界モノ。

断罪されたご令嬢があれよあれよとド天然ムーブで公爵様に何故か執着されている。


(やっぱり花だらけだな! ぷぷ。周さんもきっとこの洗礼をうけていることだ……ん?)


少しずつ、方向が変わっていく。

前に松井に借りた本にはなかった展開が始まる。


……そう。

艶かしくも濃厚な、夜伽の世界へ―――


衝撃の内容に、読んでいられなくなった澪桜は思わず周に目を向けた。


長い足を組み、少し目を落として少女漫画を読む様は、さながら映画のワンシーンのようで。



(1巻ですら、後半がアレだった。……ま、まさか)


周の表情からは何も読み取れない。

長いまつ毛が揺れているだけ。


「あの……あ、周さん? ……それ、どんな内容?」



恐る恐る聞いてみると、周は本を閉じて澪桜に微笑む。



「うーん。殆ど裸! これ爵位とか異世界、全く関係ないね☆」


「ぎゃーーーーーーす!!!!」


思わず天を仰いだ。

澪桜はこの日、初めて恋愛漫画にTLというディープな世界がある事を知った。


周の手から強引に漫画を没収し、クローゼットに封印する。

もちろん、澪桜が知ってて買ったとは思ってない周はクスクス笑いながら揺れていた。


耳を真っ赤にして目を泳がせながら必死で言い訳をした。

羞恥に塗れすぎて一度本気で転生したい程にこの場から脱兎したい澪桜。



「本当に! そ、そんなつもりで買った訳じゃっ」


「わかってるって。……でもまあ、君がどんな風に溺愛されたがってるのかは勉強になった」


「だからっ違うって」


「違うの?」


「っ……!!!」


どう伝えたらいいのか分からなくて、澪桜はパニックになる。違うけど、違わない。それが本音。

上手く言葉に出来ないままでいると、周が優しく低い声で囁いた。



「……さっきも聞いたけど、こないだのあのセリフ、何を期待して言ったの?本当にキスだけ?」


「そっ……それは……」


ゴニョゴニョと口篭ってたじろいでいる澪桜の髪を撫でる。


「溺れるほど俺に愛されたいんだよね? ……奇遇だよ。俺もちょうど、君を溺れるほど愛したかった」


「ぐはぁ!!」


今まで聞いた中でもトップクラスに甘いセリフ。

そしてこの眼差し……た、耐えられない!


顔を真っ赤にして悶えていると優しくそっと周の手が澪桜の手を包み込む。

ゆっくり指を絡め……なぞる。

ぞくりと身体が跳ねて思わず声が漏れた。



「んっ……」


澪桜の反応を見逃さない視線。

ゆっくりと近付いて、耳元で甘い吐息を落とす。



「澪桜さん。痛いことも怖いこともしないし、今日は奪わない。……でも少し進むくらいなら……いいって事だよね?」


「へ?」


呆気にとられている澪桜に、弾ける笑顔で周は澪桜に本を渡す。


「……このハウツー本読みながら待ってて。俺の事骨抜きにする為に予習、するんでしょ?」



左手で優しく澪桜の頭を包み込み引き寄せる。


薄い唇が柔らかく重なった。


甘くほろ苦い、キス。


蕩けるような視線のまま、ゆっくり唇を離し、周は立ち上がる。


「お風呂、入ってくるね。今日は入念に綺麗にしないと♡」


軽い足取りで踵をひるがえす周。


手の中にある例のハレンチ(と思っている)なハウツー本に視線を落として震える。



「え、えらいこっちゃ! どどどどどどどどどうしよう!?!? お、雄しべが覚醒したぁぁぁぁぁ」



ガシガシと頭を掻きむしる澪桜の背後からは、鼻歌とシャワーの音が響いていた。



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