表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
213/218

206話 婚約者のままでいさせて

遅くなりすみません!


本日更新分もよろしくお願いいたします!

 


「澪桜さん、朝のチューがまだだよ?」



 靴を履いた周が玄関に立ったまま、甘えるように首を傾げて両手を開く。

 気のせいか、耳としっぽが生えてる気がした。


 澪桜がゆっくり玄関に向かってる間も、ずっと腕を広げたまま嬉しそうに待っている。


 本気で甘えてくる周が可愛くてつい、吸い寄せられるように近づいてしまう澪桜。


 心は晴れないまま。


 周から拒否られた8月末のあの日から、もう1週間が経っていた。


 今まで気付かないように、気にしないようにしていたがこないだのは流石にあからさま過ぎてキツかった。


 何度も理由を聞こうとした。

 だけどどうしても喉が開いてくれない。


(どうして私はいつも肝心な時に勇気が出ないのだろう……)



 この大切な関係を壊したくなくて、澪桜は未だに悶々としていた。


 小さくため息をついて軽く上を向く。


「はいはい」


 50cmほどの距離に近づいた所で大きく開いた両腕が澪桜を捕え、優しく包み込んだ。




 触れるか触れないか……薄く重ねる唇。

 数秒間甘く重なった唇が静かに離れる。


 彼とのこのキスは毎日の恒例。

 朝と夜。

 私たちの日課。


 ただそれだけ。


 それなのに……未だにときめいて、澪桜は胸が苦しくなった。



(周さんは、こういうキスはもう……慣れてしまったのだろうか。ドキドキしているのはもう私だけなのだろうか)


 微笑む周の顔を見ても、機微は読めない。どう思ってるのか。何を感じているのか。



 ……あれから1週間、この挨拶のキス以外は何もない。


(いや、私の方から無意識に触れないようにしているのかもしれない)

 

 自嘲するようにまだ余韻を残す唇を塞いだ。


 もう一度拒否されたらきっと心が壊れてしまうから。

 それが怖くてハグも、手を繋ぐ事も。

 澪桜から何一つ甘えられなくなっていた。



「……? 澪桜さん?」



 俯いたままの澪桜を心配するように頬に触れる周の手をそっと下ろして笑う。



「なんでもないよ。さ、遅刻してしまう。出勤しますか」


「う、うん」



 何事もなかったかのように歩いていく澪桜の後ろ姿を見て、周は戸惑いながらついて行った。



 いつも通り、発進する車の中。


 何故か重い沈黙が続いて不安に駆られた周が思わず口を開いた。



「あ、あのね! 今日上層部の会議があるから少しだけ残業するんだ。30分程だと思うんだけど、この暑い中、君を待たせるなんて絶対に嫌だから、帰りはタクシーで先に帰ってて。ちゃんと俺のカード使ってね!!」


 いきなり物凄い大きな声でまくし立てる周に驚いた澪桜は肩を動かし呆れたように首を振って見せる。



「もう、気にしなくていいのに。でもまぁ、分かったよ」


「絶対だよ!? いつも自腹きろうとするんだから!! それと水分補給ちゃんとしてね!?」


「それ、いつも出来てないの周さんの方だろう」



「うっ! それはそうだけど! コーヒーばっか飲んでるけども!!」



 相変わらず過保護すぎる周に澪桜は柔らかく微笑む。

 その笑顔を見てホッとしたように、周は大きな手で指を絡めてきた。


 少しでも恋人の時間を味わいたい。

 そんな風に。

 澪桜の感じているように思っているのかは分からない。


 でもこうやって分かりやすく甘えてきてくれるのはすごく嬉しい。

 まだ自分が彼に必要とされてる。

 そんな気がして。


 澪桜は絡まった指の位置を変えてゆっくり力を込めた。



『大好きだよ』


 そう、周に伝えるように。

 精一杯甘える。

 ……今の澪桜に出来る精一杯。



 その大きな手は澪桜の気持ちに応えるように優しく包み返してくれた。


 その温もりがいつも以上に嬉しくて、幸せで。

 車内の空調が冷たい風を運び、澪桜の鼻を掠めるアンバーの香り。

 もう慣れたはずのその香りに包まれ、今日は何故か愛しくて堪らなかった。



 いつも通り、余裕をもってたどり着いた澪桜の会社の前。


 少しだけ周と雑談した後、澪桜は時間を確認して車を下りる。

 名残惜しそうな周の指は車を降りても離してくれない。

 澪桜は眉を下げて口を開いた。



「ほら、周さんも仕事行かなきゃ……ね?」


「……うん」


「……周さん?」



 周の指が澪桜の手を包む。

 ゆっくりと温もりが伝わってきた。



「また後でね。澪桜さん帰り気をつけて」



「うん。周さんもね」



「ぜ……絶対タクシー使って帰るんだよ!?」



 不安そうな周の情けない顔に嘘は何一つ感じられない。

 いつものように本気で心配してくれる彼に心がまた溶けていく。



「……分かってる。周さんも今日大変だと思うけど頑張ってね。お弁当、今日は周さんの好物入れてるから、楽しみにしてて」



 澪桜の言葉に

 ぱぁぁぁっと花が開くように明るく微笑む周。

 少年のように無邪気に喜んだ。


「本当に? やったぁ! 今日も頑張れるよ! ……じゃあまた後でね。お昼、絶対電話しようね」


「そうだね」


「澪桜さん」


 未だに離れない手に落としたままの視線を、ゆっくりと声のする方へ上げる。

 熱を帯びた瞳が真っ直ぐ澪桜を貫いた。


「愛してる。……心から」


「っ!」


 不意をつかれ一気に頬を赤く染める澪桜に、周は目を細めてゆっくりと手を離す。


「仕事、頑張ってね。無理しないで」


 そう、言い残して周は音もなく走り去って行った。


 澪桜はまだその指に熱を残したまま、直ぐに見えなくなっていく車を見送りながら思う。



 付き合ってからもずっと変わらず、私に恋をさせてくれる周さん。


 ごめんね。君には与えて貰ってばかりだ。


 私は愚かだ。


 君に拒否された理由すら聞けない。


 聞けば改善出来るかもしれないのに。


 物理的に改善出来ない未来しか予測できないんだ。


 失いたくない。


 だから怖い。


 君に失望されるのが。


 違う角度からでもいい、もう一度


 君に恋して貰える女性に


 私はなりたい。


 頑張るから。


 だからお願い、私を君の婚約者のままでいさせて。



 澪桜はこの日、初めて自分を見つめ直す為に動く事を決めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ