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幕間 追憶⑥

今回で過去編最終回です。


現実って実際こうだよねぇ……そんなお話。

澄んだ青空、群青色の海。

何処までも続く水平線の真ん中に、小さな黒い影。

貨物船がゆっくりと周の視界を通過していく。


揺蕩う小さな光の群れが閉じた瞼の裏に、残像を残していった。


「箱根の日帰り旅行って澪桜さんと行ったあの日が二回目でね。初めては18歳の6月だったんだよ」


「え?そうだったのかい?」


「うん。その話からするね」



高校三年の4月。模試を受けて1週間くらい経ったある日、三年の時の担任から呼び出されて、スカラシップの申請を受けないかって提案されたんだ。


俺的には有難い申し出だった。特待生になれば、全額ではないけど、少しはばあちゃんに迷惑かけずに通える。そう思ってね。


二つ返事で書類を持って帰って、相談した後速攻で申請したよ。


6月には無事審査が通った事を担任から聞いて、このまま問題無ければ9~10月には選考結果が出る。


ホッと胸を撫で下ろした俺はばあちゃんに伝えるために早く帰った。


自分の事のように喜んでくれたよ。

元々高校の国語の教師だったばあちゃん。


何度か担任も担当してたから大変さを分かってくれてて。


涙を流しながら労ってくれた。

俺は恥ずかしいけど、嬉しくて。

コツコツ貯めてたバイト代で何か、返してあげようって考えた。


当時はガキでサプライズなんかできないからね。

本人に照れながら聞いたよ。


そしたら嬉しそうにばあちゃんは言った。



「一度でいいから、周と二人で旅行に行きたい」



思ってもみなかった言葉に俺は少し困惑したけど、ネットで探して


『箱根、熱海を行く日帰り満喫ツアー』


てやつにネットで申し込んだんだよ。


ツアーらしく、朝早くから集合。昼飯にご当地グルメに舌鼓打って、お土産屋さん行きまくって、箱根を満喫した後、熱海に行って海を眺めながら夕飯食う。


そんな弾丸ツアーだった。

周りのばあちゃん達もパワフルで、うちのばあちゃんとすぐ仲良くなってさ。


『優しいお孫さんねぇ』


『羨ましいわぁ』


なんて褒められて、恥ずかし過ぎて俺はばあちゃんの傍を歩けなかった。


コソッと買ったばあちゃんの好きなうさぎのキーホルダーを持ったまま、少し離れてぶっきらぼうに歩いたよ。


……ダサいよね。


でもばあちゃんはずっと楽しそうで。

バイト代で連れてこれて良かった、また旅行に連れて行ってあげよう。今度は宿泊できるくらい、もっと稼いで。


そう心に決めたんだ。



その旅行が最後になるなんて思ってもなかった。


夏休みがあっという間に終わって、9月10日を過ぎた頃。


授業中スマホに何度も着信が入った。

よく分からない、都内の番号。

気付いた俺は先生に折り返していいか確認して、廊下に出た。


『結城裕子さんのご親族の方ですか?芝南(しばなみ)総合病院に救急搬送されましたので、保険証と診察券をお持ちの上、至急お越しください』



電話口から聴こえる冷たい事務的な声。

一瞬で血の気が引く。



「あのっ……容態は?」


「危篤状態で、今懸命に医師が処置しておりますので―――」



(き……とく?)


信じられない。

今朝まで元気いっぱいだった。

弁当だって作ってくれたし。


「今日の晩御飯は、周の大好物だから早く帰っておいで♪」


そう言って笑ってたのに。



そこからあまり記憶はないけど、俺は慌てて家に帰り、必要書類を探したと思う。

半ばパニックになっていて、急ぎたいのに足がもたつき、仏壇の部屋に置かれていたばあちゃんの手提げ鞄に躓いた。


ブーブー



また、あの番号から着信が入った。

息を飲む。

震える手で……電話をとった。


「芝南総合病院です。懸命に処置を行いましたが、13時26分に結城裕子さんがお亡くなりになりました」



まだ何か言ってたけど俺の耳にはもう言葉が通り過ぎていくだけで。


持っていくものを確認して、メモしているのに。

自分の体が勝手に動いてるみたいだった。



電話を切った後

ダイニングに立ち尽くしたまま、しばらく動けなくて。



ふいに部屋を見渡した。



ばあちゃんの好きな線香の香りのする、古い家。


テーブルに置いたままのまだ飲みかけのお茶。


ベランダに干してある濡れた俺の体操服。


冷蔵庫に入れたばかりの俺の好きな角煮。


後で買い物に行く時着ようと思ってたんだろう、椅子にかかったままのお気に入りの花柄のカーディガン。



俺が箱根旅行であげた、うさぎのキーホルダーが付いた手提げ鞄。



何もかも、つい数時間前までばあちゃんが生きていた痕跡。

こんなにいきなりの別れなんか受け入れられない。


そうだ、早く動かないと。

ばあちゃんに会いに行きたいのに。

涙が止まらなくて。

体が震えて、動けない。


それでも必死に体を動かす。


滲む視界の中、ばあちゃんの箪笥を開けると、保険証と印鑑があった。その下に、隠すように可愛い封筒があった。


手に取ると、そこに


周へ


と達筆な柔らかい字で書いてあった。

震える手で開けてみる。


「合格おめでとう!これで好きなものでも買いなさい。無駄使い上等!」


その言葉と共に10万円が入っていた。


まだ手紙には続きが書いてある。文字を目で追っていくと……



「追伸 いつか彼女が出来たら連れて来なさい。昔みたいに周の大好物を並べて3人でクリスマスパーティをしよう。彼女さんの好きな食べ物も作るから、ちゃんと聞いておきなさいよ!」



ポタポタ

手紙に涙が落ちて。

止まらなくて。


俺は誰もいない部屋で声を上げて泣いた。




「……その後の事はあまり覚えてなくてね。

実感は無いまま、何もかも一人でしなきゃいけなかったから。両親は仕事を理由に帰ってこなかったから」




「そっか。それは悲しすぎるよ……二人とも失うなんて」


澪桜は感極まったのか、涙を拭う。

だが真っ赤な目のまままくし立てた。



「え。ちょっと待った! ……てことは18歳で喪主!?」



「そう。だから悠長に泣いてる暇なんか無かった。幸いばあちゃんは葬儀場に積立してたから、なんとかなったけど……ほら、じいちゃんの時に揉めた親戚がさぁ」



「ああ、さっき言ってた……感じ悪い金の亡者な親戚」



「うん。田村さんに依頼してなんとかしたけど……てか、親父のやつも速攻で田村さんに依頼して相続放棄してやがったんだよ!!! 面倒になりたくないのか知らねぇけど!! ……ってまぁとにかく、俺が親と疎遠になった理由と、欲に溺れる人達が嫌いになった理由はそんな感じだね。若干厨二病拗らせてたんだよ、俺」



そこまで話して周は一息つくように澪桜を見た。

悲しそうに首を振って澪桜は口を開く。



「そんな事ないよ。……周さん、学生時代たくさん辛い経験したんだね」



「うん。二人とはもっと長い間一緒にいたかった」



「そうだよね」



遠くで聴こえる漣の音に二人は耳を傾けて少しだけ静かになった。

自ら沈黙をかき消すようにまた周が笑って口を開く。



「はぁ〜あの頃澪桜さんと知り合ってたら……。俺もっと青春出来てたのにな〜。忙しいながらに……澪桜さんに手続き、付いて来てもらったりしてさぁ」



「んん? 手続き?」



「そう……じいちゃんの親戚どもめ。あんな一瞬で人生詰むかもしれない負の財産が欲しかったなんて。マジでバカだよ」



「え? 財産て……貯金とか、資産運用のお金とかじゃなくて?」



「ちーがーうーよー! 土地! 麻布の土地なんだよ。しかも二棟。……片方の広い家が俺の実家だから」


「あっ……麻布!?!? 一棟でもうん十億じゃないか!!」


「そーだよ……そのせいで俺は巨額な負債を抱えない為に、残りの高校生活を全て手続きに費やしたんだ。周りが恋愛やら、受験やら、友達とカラオケやら……青春をこれでもかってくらい謳歌してる中」



「あ……周さん何してたの?」



「……俺はね……まず死亡届を出した後、ばあちゃんの貯金を手続きして全額遺産として貰った後、すぐに区役所で土地と建物の名義変更を済ませたんだよ。測量士と解体業者探して……」



「こ、高校生が解体業者に依頼……」



「そうだよ。物置きになってた一軒家を潰し、その土地をなるべく高く買い取ってくれる不動産屋を探し、税務署に行って、先に使った貯金も合わせ、全ての遺産の相続税の計算、俺の土地が特別控除対象なのかとか。で、税金引いた金で実家を賃貸用に立て替えたんだよ」



「それはどうして?思い出だって、たくさん詰まってただろうに」



周は静かに首を振る。



「思い出があり過ぎて、当時の俺が独りで住むには辛すぎたからね」


「そっか。それもそうだね」



「書斎と仏間は弄らないでそのまま残してるよ。いつか、誰も住んでない時に見せてあげるね」



「うん、そうだね」



「まぁ綺麗なことばっか言ってるけど、実際は不労所得が得られるようにしとかないと、毎年の固定資産税で一気に借金地獄だから……ああ。思い出しただけで、吐きそうだわー。行政手続き」



「大学生になるのに、実家のせいで借金地獄……それは、鬼だね」


澪桜が真っ青な顔をした。



「大学の特待生になれて本当に良かったよ、マジで。現金化した金なんてリフォーム代と相続税でほぼ飛んでったからね……あはは。親戚連中にくれてやれば良かった。そしたら確実に今頃、自己破産してるよアイツら。だって頭悪そうだったもん。……俺も田村さんいなかったらやばかったからな。知識無さすぎて……」



「頼りになる弁護士さんだったんだねぇ」



「うん、今でも連絡取ってるよ。今度紹介するね。俺の親戚のおじさんみたいな感じだから。結婚式来るって言ってたし」



「そっか、私もお会いできるの楽しみにしてる。……にしても海綺麗だね。降りてみようか、激暑で周さん溶けちゃうかもしれないけど」



「うん。俺は雪女の末裔でもありません! やめてくれます? すぐ何かのクリーチャーにしようとするの」



チラリと眉を上げて周は澪桜を睨む。

冗談めいた周の顔に、思わず吹き出した。



「ブハッ! 何故雪女だって分かった!?」



楽しそうに車を降りていく澪桜に続いて、周も車を降りる。

ジリジリと焼けつくような日差し。

目が冴えるような真っ青な景色。


その中で黒髪を靡かせる色白の彼女が綺麗で、目を細めた。

遠くで澪桜が叫ぶ。


「車に戻る時、足をよく綺麗にせねば!! サンダル砂まみれ☆」



周は静かに呟いた。



「そんなの、気にしなくていいっていつも言ってるでしょ」



シャツが靡くほど強い磯の香りを帯びた風が周を通り過ぎる。

サンダル越しにもわかるほど熱い砂浜をゆっくり歩いた。


真っ白な砂と真っ青の海のコントラストが視界に強くて。


波打ち際で周を呼ぶ澪桜の元に向かいながら


ゆっくりと頬を緩めた。




……ばあちゃんとあの日見たこの熱海の海。


もう一緒に誕生日は祝えないけど。

今の俺には澪桜さんがいる。


今年は久しぶりに楽しい誕生日を迎えられそうだよ。

あの頃みたいに、きっとはしゃぐと思う。

寂しいなんて、愛されたいなんて。


もう無縁の願いだから。


俺、今すごく……幸せなんだ。



少しだけ瞳を閉じた後

目の前の彼女に集中した。


周のふくらはぎに力が入り歩幅が一気に広くなる。凄いスピードで砂浜の足跡と共に砂が舞う。


あっという間に澪桜に近付き、後ろから攫うようにお姫様抱っこして海沿いを歩き出した。



「うっうわぁ!? 何をするんだい」



「澪桜さん大好き!」



眩しいほどの笑みで、照れて足をパタパタさせる澪桜の頬にキスをした。


ここまで長々とお付き合いくださいまして本当にありがとうございます!


明日から本編に戻りますので引き続きお付き合い頂けましたら本当に嬉しいです!


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