200話 故人を憶う
ミーンミンミンミンー!!
蝉の声がけたたましく自己主張をする。
早朝で、少し気温が低いからなのか……すこぶる元気良いような気がした。
ジーワジーワ!
シャワシャワシャワシャワ!
色んな種類の奴らがそれぞれうるさい。
「クマゼミに、ミンミンゼミ、アブラゼミ。救いなのは竹大ツクツクが居ないことだな。あいつは特別うるさいから。ほら周さん、あの木にアブラゼミがいる!」
バケツにたっぷりの水を入れ、柄杓を持って澪桜は木々を指した。
「なんでそんなセミにも詳しいの。竹大ツクツクって何?」
「えぇ〜それを今聞いちゃうのかい? 指定外来種に認定されている、ツクツクボウシだよ。大きくてねぇ、鳴き声がうるさいんだよ」
「ど、どんな声?」
「うーん。ここじゃマネできないけどサイレンみたいな声」
「うわぁ……気になる。後で本気でマネして」
「いいよぉ? マネしてやろう♪」
そんな冗談を交わしながら澪桜は墓の前にしゃがんだ。
近所のスーパーで買ってきた白や黄色の菊の花と薄ピンクの小菊、そして澪桜イチオシの鬼灯を包装紙から出して、茎を器用に剪定バサミで切りながら花を飾り付けていく澪桜の手元に目を落として、周も笑いながら掃除する。
しっかり管理されている港区にある霊園。
深い緑の葉っぱを揺らす木々が目にも鮮やかで、美しく整列されたお墓が敷地いっぱいに並ぶ。
その中の右から2番目の列、奥から3番目が結城家の墓。
早朝にも関わらず、結構な人数の家族連れが訪れていた。
敷地内ではしゃぐ小さな子供に目を細めながら周は熱を持った薄墨色の墓石に冷たい水を掛ける。水を飲むように一瞬で乾く石に何度も繰り返し掛けた。
全体が綺麗に濡れた所で線香を取ろうとしたら
澪桜が後ろでもう、準備してくれていた。
「ありがとう」
線香を香炉に挿して静かに手を合わせる。
薄紫色の細くて頼りない煙の柱が天に昇っていった。
目を閉じて、故人を憶う。
サワサワと揺れる楓の葉の音。可愛らしい子供たちの声。
そして鼻を掠める清らかで懐かしい線香の香り。
ゆっくりと目を開けて長いまつ毛を揺らした。
少しだけ墓を見つめたまま立ち尽くしていた周は斜め後ろの澪桜に視線を向ける。
目を瞑ったまま、しゃがんでまだ手を合わせている。
(何を伝えてるんだろう。俺の家族に)
そう考えただけで、心が綻んだ。
ゆっくり目を開けて澪桜は笑う。
「周さんのご家族にご挨拶して、来年また来ますって言ったけど良かったかな?あ……私はバケツとか片付けてくるね」
「ごめん、助かるよ」
気を利かせてくれたのか、借りていた柄杓とバケツ、ゴミなどを纏めて、澪桜はゆっくりとした足取りでその場を離れて行った。
もう一度墓に視線を戻す。
漂う細い煙と、濡れて鉛色を艶めかせる墓石。
幾度となく訪れたこの場所に
もう悲しみも孤独も無い。
慈しむような穏やかな微笑みを浮かべて周は微かに口を開いた。
「……来年もこの時期にまた来るよ。……次は夫婦として」
周の髪を柔らかな風が撫でた。
祖母が好きだったスミレの香りの線香。
名残惜しむように、もう一度だけ深く吸う。
過去に触れて少しだけ胸が軋んだ。
ジャリッ
後ろから人の気配がして振り返る。
澪桜が何も言わずに微笑んでいた。
周は柔らかな表情で見つめる。
何も追求する事なくいつも同じ歩幅で歩いてくれる彼女。
俺が語るそのタイミングを全て委ねてくれているように。
君のその優しさが今の俺にはとても切ない。
周は低く呟く。
「少し……ドライブでもしようか」
澪桜の手をかすめ取り、周は駐車場に向かう。
嬉しそうに澪桜は頷いた。
「クラゲが大量発生してるだろうが、海が見たいね。夏の海は青が深くて色鮮やかで、私は好きだよ」
独特な言い回しに周は目を細めた。
「波が穏やかでいいよね。俺も好きだよ、じゃあ少し遠出して、海を見に行こうか」
駐車場に着いた途端、澪桜が車の助手席を開けていち早く乗り込む姿に目をやりながら、周は一言呟いた。
「あのさ―――」
「ん? どうした??」
乗り込むのをやめて、軽く微笑んだまま澪桜は周に視線を向ける。
「今日は墓参り、付いてきてくれてありがとう。じいちゃんとばあちゃん、澪桜さんに会えてきっと喜んでたと思う」
「うん。私もご挨拶できて良かった。来年はお盆の前に来よう! もっと綺麗なお花が沢山売ってるからね!」
澪桜は嬉しそうに笑って車に乗り込んだ。
言いたいことをまだ伝えられてない周は、澪桜に続いて乗り込みハンドルを握ったまま、動きが止まる。
「? さっきからどうしたんだい? 周さん」
「……ドライブしながら、その。ものすごく面白味のない話していい?」
「うん? いいよ! オチのない話、好きだよ。どんなジャンル?」
「……俺の生い立ち。昔話……かな」
先程まで笑っていた澪桜が止まる。
空気が静まり返り、エアコンの音だけが車内に響いた。
「それって」
「結婚式、挙げるでしょう? 本格的に動く前に近いうち話さないといけないと思ってたんだ。俺の方の親族席にはきっと誰も来ないだろうから」
「え? でもご両親はいるよね? 前に連絡するって……」
「連絡はしたよ、でもLINUだけね。おめでとうだって」
「そっか」
「君からしたら、意味がわからないよね。絶縁してる訳でも確執がある訳でもない。ただ互いに干渉しないだけ。でもこの前俺は君のご家族やご親族に触れて、このままじゃいけないって思ったんだ。親との関係は変わらないけど、君にはちゃんと話さないとって……今更こんなこと言ってごめん」
「いや、いいよ。誰だって話したくない事もあるだろう。打ち明けようと思ってくれた事が嬉しいよ。正直言えば……私も聞かせて欲しいからね、君の事」
噛み締めるように呟く澪桜から
フロントガラスに視線を戻して周は運転を始めた。
滑らかに動き出す車。
ハンドルを切りながら周は口を開く。
「それと―――」
澪桜が周に視線を向ける。
綺麗な横顔が少しだけ傾いた。
「俺の”女嫌い”について。若干の誤解を解いておきたい」
「……誤解?」
車内に澪桜の疑問だけが響いた。




