18話 我慢が玄界灘
すごいふざけたタイトルで2026年を迎えてしまいました笑
まだまだ序盤の二人。ここからどんどん親交が深くなって結城が沼っていきます。笑
どうか今年も変わらずお付き合い頂けたら嬉しいです。
皆様にとって素敵な一年となりますように。
あれから毎夜、澪桜と電話するようになった結城。
初めて電話をかけた日、できたら定期的に電話して声が聞きたいが、あまり頻繁だと嫌われそうで怖くて。頻度はどのくらいがベストか分からず、結城は、いつそのことを提案しようかタイミングを見計らっていた。
電話の途中、ふと澪桜の方から質問される。
『電話はどのくらいの頻度にしますか?』
願ってもない問いに内心、心臓が張り裂けそうになりながらも、結城は消え入りそうな声で自分の希望を伝えた。
『もしご迷惑でなければ、とても楽しいので……その、毎日だと嬉しいです』
と自分の希望を伝えた。すると直ぐに澪桜が明るい声で返す。
『楽しいですか!? 良かった、私もです! 是非毎日お話しましょう!!』
こうして気さくな彼女のおかげで、自然に毎晩電話が出来るようになった。
嬉しくて舞い上がっていた。――最初のうちは。
***
日本の企業はGWはだいたい連休になる。俺の会社は外資系、だからシステムが違う。GWは暦通り。連休ではなく飛び石になる。
安達さんに休みを確認したら……なんと27日から6日までの9連休だそうだ。
俺は26.27は休み。26日は電話し始めてまだ3日目。さすがに昼から電話は迷惑だと思い、会社から持ち帰ってきた別に急ぎでもない仕事をした。
27日も勇気が出なくて、サブスクの興味も無いシリーズ物のSF映画を見続けた、夜の電話まで。
この2日間本当に時間が経たなさ過ぎて、連休を恨んだのは初めてだった。
早く安達さんと電話したくて、どれだけ時計を確認したか分からない。
あれからもずっと、LINUは変わらず毎日してる。でも安達さんの肩が凝らないように、「返せる時で大丈夫ですよ」とカッコつけて送った。
そのせいで最近は少しだけ安達さんからの返信の回数が減っている。
正直……寂しい。
最初はLINUの返信が来ただけで大満足だったのに。俺はなんて欲深いんだと自分に呆れた。
そして28日の今日、俺は今絶賛仕事中。
***
真っ白な壁と床、そして簡易デスク、小さめの会議室の中でプロジェクターを使い、数人が会議をしていた。
「こちらの資料をご覧下さい」
女子力の高い、煌びやかな女性がスクリーンの横に立つ。結城はスクリーンに視線を向けた。
「今回はこちらの3社が候補となっております。全て最低限の条件をクリアしています。本社の方にも確認を取りましたがこのまま進めて良いそうです。あとは何処とプロジェクトを進めるかですが」
女性社員がそう言うと、若い社員が口を尖らす。
「このC社は赤字続きで機械の導入もままならないのでは? 技術力はずば抜けているようですが……従業員12人じゃさすがに無理がありますよ。個人の能力が高くてもこの人数で経営がままならないとはね。話にならない」
「ですが過去の資料ではここまで業績が悪化したのには理由がありました。技術力があっても需要と供給が合わなくなって採算が取れなくなることはあると思いますが」
食い下がる女性社員。それに対し、はん! と鼻を鳴らし若い男性社員は論破し返した。
「ですがそれならB社の方が良いのでは? 従業員数100人ほど。黒字ではないものの赤字でもない。技術力はさほどですがリスクは少ない。まずはリスクヘッジをしなくては」
「そこももちろんですが、まず今回の事業案のコンセプトを考えると――」
会議は滞りなく進んでいく。話半分で部下たちの会話を聞く結城。
トントンと、軽く人差し指でリズムを刻む。
(………安達さん、今ごろ何してるんだろう。声が聴きたい。
というか、もう一度会いたい。会って話がしたい。休みの日ってどんな感じなんだろう? きっと可愛いんだろうな)
プロジェクターをオフにし、今度は女性進行の元、手元の資料に目を落とす。広いガラス窓のブラインドを上げ、室内へ一気に光が差す。 とても開放的な会議室だ。
日中の日差しもあってかポカポカする。春の陽気な気温が余計に結城の心を乱す。
(散歩とか行くのかな?あの公園、広くて心地良さそうだった。いつか、二人で――)
「是非マネージャーのご意見をお聞かせください」
ハッとしたが、気取られないようゆっくり進行係の方を向く。
「……はい。僕はC社を今回の計画に上げるべきではと提案します」
即座に仕事の顔に戻る結城。コスパを重視する先程の若い部下が、それを否定する。
「C社のような弱小な町工場の技術なんて、属人的で分析しづらいですよ。再現性低いですし、AI化のコストに見合うのか疑問です」
それを聞いて最もだと周りの社員たちが固唾を飲む。結城は意見した社員を見つめ優しく語った。
「……弱小な企業だから、利益が取れてないから、従業員が少ないから。
それらは質を判断する材料にはなりません。次にコストに見合うかという問題ですが、会社が安定しているからという理由だけで判断し、独自性の無い何処にでもある技術をAI化したとして、即需要に繋がるとも限らないと思いますが。そこはどう思われますか?」
「それは……」
ぐうの音も出ない社員。
「今回の事業はまず第一に、一企業の可能性を広げる為のものです。廃れていく希少な技術力を守り、世界に発信する。もしかしたらすぐには採算は取れないかもしれない。それでも、類稀なる技術を、契約する会社の誇りを壊すことなくAIのデータに落とし込み、それを職人達の確かな目で精査していって頂きましょう。それが高品質の物を大量生産する唯一の近道だと僕は考えます。」
そう言って結城は視線を少しだけ窓に向けた。
長いまつ毛が揺れる。
(……早く仕事終わらないかな)
***
「C社との契約、上手くいくといいですね」
笑顔で言う女性社員。少し遅れて会議室から出て、電気を消しながら頷く。
「そうですね。大丈夫だと確信していますよ、僕はね」
そう言って微笑み返した。静かな大人の色気を漂わせながら。女性社員は少し目を泳がせた後、会釈する。
「っ……ではこの結果を本社に連絡して参ります」
「はい、宜しくお願いします」
微笑みながら結城は女性社員の後ろ姿を見送った。
一人ゆっくりとフロアを歩き、デスクに向かう。
気付くとまた、澪桜の事を考えていた。その度に頬が少し緩む。ガラスに映る穏やかな表情の自分と目が合った。自分の表情に少し驚き目を見開いた後。
結城は静かに目を伏せ、広い廊下で少しだけ足を止める。
一人静かに思考の海に沈み
ほんの一瞬だけ……
瞳の裏にいる澪桜を想う――
透き通る高めの声
アーモンド型のクリっとした目
濡鴉色の美しい髪
俺の知らない世界観
毎回驚かされる価値観
結城の心を徐々に埋めつくしていく恋心。
毎日が楽しくて切なくて
胸が苦しくて。
仕事がこんなに長く感じるようになるなんて、
終わった途端、こんなに心が弾んで浮き足立つなんて、思ってもなかった。
人生に意味なんて感じたことがなかった俺が、生きがいを覚えるなんて。
無色だった景色が、こんなに色鮮やかになるなんて誰が想像出来ただろう。
明日は休みだ。
彼女もこの連休に予定は無いと言っていた。
今日帰ったらネットで調べて、なるべく自然な理由を考えよう。
たった10分だけでいい、いや。
挨拶だけでも構わない。
会いたい。
安達さんに会いたい。
我慢……しようと思ったけど
やっぱり無理だ。
明日会いに行こう。
怖がらせないように……昼、場所は公園にしよう。
スタパの飲み物は好きかな。
飲んでくれるかな。
ときめく胸の高鳴りを抑え、また少しだけ頬を緩ませた。
仕事中とは思えないほど、柔らかく朗らかな表情で歩みを進める。
周りの視線を気にも留めず、結城はデスクに戻って行った。




