17話 サカバンバスピス
今回も……カエルという言語が多少出てきます。
それとその種類が数種類。
名称のみですが。
苦手な方はご注意ください。
クリスマスイブから書き始めた本作。お付き合いくださいました方本当にありがとうございました。
来年もどうかよろしくお願いいたします。
良い年をお迎えください☆
パチ。
明るくなる廊下。
そこを抜けると開放的なリビングが現れる。
白と黒に統一された生活感を感じさせない空間。
「……さてと」
そう言って荷物を片付けた後、歩きながら服を脱ぎ風呂場に直行する。その流れで着ていた服や、洗面台のタオルなどをドラム式洗濯機に入れ、シャワーを浴びる。
風呂上がりに顔や身体を保湿し、白のカットソーと黒い緩めのジョガーパンツを身に纏う。髪の毛をタオルドライしながらソファに腰を落とした。
手にはスマホ。帰ってからずっと澪桜にLINUを送っていた。
(へえ。映画館一人で休みの日に行くんだ。……安達さんの好きなジャンルって何系だろう)
いつか、映画に誘ったら一緒に行ってくれるかなあ?
なんて未来の想像をして、頬を緩ませながら次の返信を考えていた。そこにとんでもない邪魔が入る。
着信。
山本だ。
「……なんだよ、今いい所なのに」
舌打ちし、結城の顔から一気に表情が消える。
(そういえば朗報だのなんだの言ってたな……。出ないと延々かけ続けてくるからなあいつ)
諦めたように仕方なくスワイプする。まぁ電話しててもLINUできるし、とスピーカーにした。
「何だよ」
すると電話越しにイラついた様子の、ハスキーな声が返ってくる。
『そこはせめて、もしもしから入れよお前っ常識だろ!? いくらなんでも俺に対して雑すぎねぇか!?』
どうでもいいクレームだ。
「……ウザい。反応がウザい。で、朗報ってなんなんだよ? 俺忙しいんだけど」
澪桜に見せる表情や声とはまるで違う、酷く冷たい態度。だがLINUを打つ手は止まらない。
『……お前、どうせ今も安達にLINU送り続けてんだろ? 忙しい理由ってそれだろ』
クックックと電話越しに嘲笑う山本。結城はその言葉を聞き固まる。
「え、なんで知って……?」
『今日、安達から聞いた』
(安達さああああああああああああああん!!!!)
声にならない叫びと共にクッションに顔を埋め即死した。
電話からは山本の勝ち誇ったような高らかな笑い声。
結城は恥ずかし過ぎてなかなか復活出来ない。
『あはははは! 安達の言ってたこと……ガチだった! あはははははははは! ひー! 死ぬ死ぬっ』
爆笑する山本
「笑うなぁぁぁぁぁ! やめろぉぉぉぉ!」
クッション越しに叫ぶ。結城の魂の叫びだ。
『悪ぃ悪ぃ。で、でもお前さぁ。そ……即レスて。
あはははははははははははは! 余裕無さすぎてダッセェ!』
また山本は電話越しで爆笑する。
「ぎゃぁぁぁぁあ! 助けてぇぇぇぇ」
結城は大学時代からこうやって山本にいじられ続けてきた。だからあんなに警戒していたのだ。……まぁ、警戒していても結局いつもこうなので意味はないが。
『……あー笑った。でも朗報は本当だぞ。あいつ肩がこるんだとさ』
「……肩? どうゆう意味だよ?」
結城は少しだけクッションから顔を出す。
『お前とLINUしてたら即レスすぎて、肩がこるんだとっ! ぶっ!!』
「何が朗報だよぉぉぉぉ!! オーバーキルだよぉぉぉぉ!」
両手で髪をぐしゃぐしゃにして、結城は耳を真っ赤にする。
すると冷やかしつつも山本は笑って提案した。
『いや、だからさ。あいつの為に電話にしてやれよ』
……グシャ。手の動きが止まる。
『……電話?』
「そう、そしたらあいつも喜ぶよ。お前との会話すごく楽しいんだってさ」
(楽しい……?本当に?? )
ときめく結城。
「でっでも! 安達さんにもプライベートが……」
『お前ら同じこと言うな。お互いこんな即レスしあってんのに、プライベートもクソもあるかよ』
昼と同じことを言わされ、似た者同士にも程があるとゲンナリする山本。
「そうかな。ど、どうしよう緊張してきた。き……今日電話してもいいのかな!?」
やっと羞恥の底から復活した結城は山本き聞く。
『いいんじゃね? もうアイツ待機してると思うよ。……ていうかさ、お前何してんの』
その問いに眉をひそめる結城は聞き返す。
「ん? 何が」
『……カエル』
「カエル? ああ、昨日の話か。驚いたよ、安達さんがカエル好きなんて。なんとか話続けたくて、ネットで調べ―」
『あーあ。お前やらかしたな』
山本の呆れた声に途中で遮られ、結城は何が何だか分からない。
「え?」
『あいつ、お前のこと尊敬してたぞ。こんな話の合う聞き上手で聡明な方は初めてです。だってよ』
「全然そんな事ないけど。やらかしたって何が?」
山本は静かに――ホラー映画の伏線のような不穏な声で言った。
『あいつの専門は、カエルじゃねぇから』
「……は?」
『だから、あいつが好きなのは、カエルじゃないって言ったの』
「え? でも昨日カエルの話」
『昨日がたまたまカエルだったってだけの事だよ』
全く意味が分からない。あんなに楽しそうに詳しく語っていたのに?
更に山本は続ける。
『ブフォトキシン。聞いたろ?』
「ぶ……ああ、ヒキガエルの毒の?」
『そういうことだよ。あいつは両生類専門じゃない。というか生物専門じゃない。まぁ、これからせいぜい頑張れ』
「え? それってどういう――」
『じゃあな、電話してやれよ』
そう言って一方的に電話を切られた。よく分からない忠告だけが耳に残る。なんかモヤモヤして仕方ない。
「……結局何だったんだよ」
しばらくスマホを見詰めたあと、結城は首を振り満面の笑みに変わる。
(そんな事より! 安達さんと電話ができるなんて! やばい緊張してきたぞ!!)
ソファからベッドに移り、スマホを置いて何故かその前に正座した。
「まず、確認をとろう」
そう言って澪桜にLINUを打つ。
『あの、もしご迷惑でなければ今日お電話してもいいですか? 安達さんのご都合のよい時間があったらですが。いきなりすみません。断って頂いて全然大丈夫なので!』
震える手で送信。
すぐに既読が付いた。
一気に緊張と不安が結城を襲う。
すぐ返信が来た。
『いいのでしょうか? 結城さんにご迷惑なのでは? 私としては有難いですし、電話いつでも大丈夫ですよ!』
とても嬉しい返信に、不安は掻き消え慌てて返す。すぐに声が聴きたい。
『迷惑だなんてそんな! では今からかけていいですか?』
『はい。お待ちしてます』
「うわー! うわー! 安達さんと電話っっ」
嬉しすぎて思わずベッドでローリングする結城。
ひとしきり喜びを噛み締めた後、また正座に戻り緊張しながら、震える指先で通話のアイコンを……押す。
すぐ繋がった。
『もしもし?』
ずっと聴きたかった少し高めの透き通る声。
ドッ――
心臓が跳ね上がる。
「もっ……もしもし。こんばんは」
ガチガチに固まりながらやっと声を出す。少し上擦ってしまった。正座のまま何故かスマホにお辞儀をする。
『こんばんは。結城さん、お電話ありがとうございます』
流れるような優しい声に結城は聴き惚れた。心臓が口から出てきそうだ。
「いえ、とんでもないです。すみません俺、初めての電話で少し緊張しておりまして。はは、カッコ悪くて申し訳ないです」
照れ隠しに自虐する。先程まで上ずってた声が低く落ち着きを取り戻していった。
『あはは。私もですよ。家族以外と電話したのなんて本当に久しぶりです。あ、会社は別として』
(家族以外は、電話しないんだ)
つい、ホッとしてしまう。その言葉が妙に嬉しい。
「それを言ったら……俺もですよ」
無意識に“自分にも誰もいない”と伝えてしまう。安達さん以外には誰もいないって分かって欲しくて。
『ふふふ。そうなんですね。……にしても昨日はかなり白熱しましたねぇ! カエル談義!』
一気にいつものLINUのテンションになる澪桜、結城もその気が抜けた様子に緊張が少し和らぐ。
「……ですね! 安達さんがこんなにカエルが好きなんてとても詳しいし正直驚きましたよ」
『私そんなカエル詳しくないですよ! 好きですけどね!』
(ん? 詳しくない?)
結城は混乱する。だがそんなことお構いなしにペラペラと澪桜は続けた。
『私の知識は稚拙だし、間違ってる時も多いし、広く浅いので……』
稚拙? 一体どこが? 澪桜の返答に混乱しながら自分の求める回答を聞こうと必死に喰らいつく。
「え、でも昨日あんなに詳しくヒキガエルの話してましたよね? 広く浅いとはどういう?」
『はいっ私、浅いんです! あとはナマカフクラガエルとか、イエアメガエルとか、ヤドクガエルくらいしか知りませんからね。ねっ? 浅いですよね。あははは』
(いや、それ十分深いのでは?)
結城ショート寸前。だが澪桜は止まらない。結城と話すのが楽しすぎて。
『今日は何を話しましょうか? あ、結城さんはサカバンバスピスはご存知ですか?』
「さか……え?」
人生で一度も聞いた事もない語彙が飛んできた。反芻すらできない。結城は固まる。
『サカバンバスピスです! 古代魚でしてね! オルドビス紀に生息していた25cmほどの魚です。とても可愛いんですよ! それでですね――』
ペラペラと一気に捲し立てようとする澪桜を止める。流石に聞き流さない
「ちょっ! ちょっと待って下さい安達さん!」
『ん? どうかしましたか?』
「つかぬ事をお伺いしますが、その、安達さんはカエルだけが好きとか両生類が好きなのではないんですか?」
恐る恐る確認した。結城が固唾を飲んで返答を待っていると、嬉しそうに速攻で澪桜は答える。
『違いますよ! 私は虫、寄生虫、両生類、爬虫類、細菌、微生物、宇宙、古代生物、宝石、元素なんかが好きです! それから毒、素数、盆栽、寺巡り、釣り、あと最近は筋トレとかも好きですよ!! ダンベルを買いました。
まだまだあるけど、今思い浮かぶのはここらへんかなぁ。あ、でも私の知識なんかは間違えてるし、全く詳しくは無いんですがね! あははははは!』
「え……ちょっと待って。全く覚えられない」
結城、混乱の極み。
そして……
頭に響く山本の声。
――あいつの専門は両生類じゃない。
「この事かぁぁぁ!!!」
スマホの前で崩れ落ちる結城。その間も電話越しに何やらぺちゃくちゃと澪桜が饒舌に語っている。もう、誰にも止められない。
(こんなの、ついていける訳ない。いや、でも安達さんは期待してくれている。聞き上手だって褒めてくれたんだ!
頑張れ、頑張るんだ俺。サカ……サカ……何とかを思い出すんだ!!)
よく分からない澪桜の知識の暴力により、吐血しそうになりながらも、結城は一人必死にシナプスを呼び起こす。




