1話 変人
私は安達澪桜 独身で会社員。
幼い頃から人の感情の機微が分からなかった。
だから代わりに頑張って空気を読んだり
余計な事には首を突っ込まず、平和に過ごそうと努力した。
でも、空気を読むだけではやはり限界がある。
そのせいで人を無意識に傷付け、何人も友達を失ってきた。
そんな私の傍にずっと居てくれた、たった一人の友達が24歳の時に結婚した。
どんな私の下らない会話も笑ってくれた大切な友達。
結婚式の彼女はとても幸せそうで息を飲むほど綺麗だった。
今まで見た誰よりも素敵で……耀いていた。
そんな彼女に憧れを抱いてしまった。
人を好きになったことも無い私が。
そこから私は少しずつ人並みの夢を見るようになっていった。
ときめきすら知らないのに……幸せを願ってしまう。
自分でも愚かだと思うがそれが人間なのだと理解して欲しい。
その後仕事関係で知り合った男性からの告白を受け、自身の事情を話した上で付き合う事になった。
あなたを好きではない事。
だから一切触れられない事。
これから努力して好きになっていくからそれまで待っていて欲しい事を
条件に付き合ってみた。
申し訳ないが告白してくれた相手を好きでもないのに、試したのだ。
「澪桜のペースで、ゆっくり俺を好きになっていってくれたらいいよ」
なんて優しい言葉をくれた。
素直に感謝した。
他人に触れられる事が苦手なわたしは早く相手を理解して、好きになろうと必死に努力した。
そうでないと指先すら触れられない
気持ち悪くて。
だからつまり、私は…ハグやキスはおろか、手すら繋いだ経験が無いのだ。(体育やダンスの授業以外は)
恋愛ドラマを観ていてもどこか遠い世界の事のように思えて仕方ないし、共感できない。
……結局最後まで彼を好きにはなれず、別れを告げられ、
人生で初めての彼氏とは呆気なくたったの1週間で幕を閉じた。
そもそも好きという感覚が分からないので到底無理な話だった。
好きな顔のタイプもないから致命的だ。
自分の願望とその矛盾に苦しんで
友達の幸せが蜃気楼のように霞む
もし次の機会があれば……今度は好きになれるかもしれない。
そう淡い期待を胸に秘め……
”拗れバージン”のわたしはどんどん間違った方向に突き進む。
そして現在27歳。
最初の失敗の経験を活かし
告白された後
相手に迷惑がかからないよう、
友達から始める事にした。
だがそれでも上手くいかない
会話が続かない。
何に対して相手が喜ぶのか分からない。
爆笑する所が想像つかない。
嫌気がさしてきた。
相手を好きになれないのに、努力する意味が見いだせない。
男は皆最初こそ優しい言葉をかけてくるが必ず私を見限る。
好きになれない私を。
今回でもう最後にしよう。
男性と関わるのは。
終わったとしたら、一人で生きていこう。そう思っていた。
それなのに。
残酷にもまた……この日がやって来た。
クラシックが流れる安らかな空間。
重厚な雰囲気の店内に広がるコーヒーの香り。
窓際奥に座る短髪で爽やかな男性と
手前にはスレンダーな女性。
濡鴉色の髪の毛をひとつに束ね姿勢よく座る。
男性は静かに女性に言葉を紡ぐ
「今日は……お話があってお呼びしました。」
「……はい。なんでしょうか?」
澪桜はまっすぐ相手の目を見た
しかしすぐに男性から視線を逸らされる。
「僕の方から告白して、お友達になって頂きましたが……その。実は他に好きな方ができてしまいまして。」
「……そうですか、おめでとうございます。」
「……ありがとうございます。それでその。今日限りでお会いするのをご遠慮させて頂きたいといいますか。」
「分かりました。わざわざ御足労頂いて申し訳ございません。」
澪桜は深々と頭を下げた。
「いえ、とんでもないです。では、これで失礼致します。
あ、ここは……僕が」
そう言ってそそくさと帰っていく男性。
またこのパターンだと思った。
私に好意を寄せてくれる人は皆
勝手に好きになって
勝手に告白し、
勝手に幻滅して
勝手に振る。
私にどんなイメージを持って告白してくれたのだろう。
分からない。
私は私のままなのに。
きっとそのせいで人は離れていくんだろう。
太田さんには……申し訳ないことをした。
彼を待たせてる間に好きになれなかったのだから。
友達でいる間に、好きになれる部分を見つけられなかった。
だって、会話すらままならないのに
好きになりようがない。
私の好きな会話では、相手を楽しませられない。
変人扱いされるだけ。
ドン引きされるだけ。
1人残された喫茶店で静かにコーヒーを飲む。
優しく香ばしい香りが澪桜を包んだ
静かにため息をつく。
もう。
人並みの幸せを願うのはやめよう。
人を好きになれない私にはきっと烏滸がましい夢だったんだろう。
独りで生きていったってきっと楽しい。
しがらみもストレスもなく、自由に生きよう。
大丈夫、今までもこれからも変わらない。ただそれだけだから。
そう、自分に言い聞かせて目を閉じた。




