2話 山本と松井
あれから1週間。
何事もなく穏やかな日々を過ごしている。
悩まされることや焦る事も何も無くなり、澪桜はストレスフリーだった。
パソコンを軽快に操作しながらふと今までの事を思い出す。
昨日の太田さんとは知り合って2ヶ月ほどだったが、お互い残業もあり、休日しか会えない。たまに休日出勤もあった為、会った回数は手の数ほど。
会う時は殆どファミレスか喫茶店でお話する程度だったので、大した思い出もなかったし、会話も弾まないからいつも1〜2時間で解散していた。
パソコンのメールを確認しながら、ふと澪桜の指が揺れる。
(……会話が弾まなかったのはきっと私の話題の質が悪いからなんだろうな。話の合う人が、まして私との会話で爆笑してくれる人がこの世に居るなんて正直、想像出来ない。それにドライブなんて誘われても、私無理だしね)
澪桜は過去一度だけ、男性の車に乗った事がある。
初めて付き合った彼氏とたった一度きりのデートをした大晦日の夜、送ると言ってくれたから安心し車に乗った。
ところが全く違う方向に進み、ホテル街の方に向かおうとしたので、信号停車中に降りようとすると冗談だといって方向転換した。
それから澪桜は男性の車には乗れない。
太田さんにもドライブを誘われたが、丁重にお断りした
すると案の定、気まずい空気になり余計に会話が減った。
好きにもなれない、会話も変、ドライブNG。
そうしていくうちに進展もなく、会話もあまり無いから好きにもならずに呆気なく関係は終わる。
毎回こんな感じだったし、もう昨日のあれで最後。
澪桜は時計を確認した後スッと立ち上がり、お弁当を持って静かに歩き出す。過去の男性達に心の中で謝りながら。
彼らには本当に申し訳ない事をした。好意を寄せて待ってくれていた相手を好きになれないまま、その気持ちだけ利用する形で終わったのだから。
なんて馬鹿な事をしたんだろう。
なんて浅はかだったんだろう。
でももう二度と人の気持ちに縋って試す事はしない。これからは自分一人の未来だけを見据えて生きていくんだ。
この心に残る後悔と罪悪感と共に……
薄らと寂しそうな表情を浮かべ、澪桜は休憩室に向かった。すると後ろから野太くハスキーな声が響く。
「失恋か?」
元直属の先輩で今は澪桜の上司の山本拓海だ。
変に勘がいいし、何よりタイミングが最悪だ。何だかそれが余計に癪に障る。澪桜は思わず顔に出た。
「……それはセクハラに値しますが?」
澪桜は冷たい表情で少し山本に振り返った後、休憩室のドアを開けようとする。
「あーーーー! 生き辛ぇ! 何でもかんでもハラハラいいやがって!」
「いや、だって山本さん不快ですもん」
「あぁ!?」
普段仕事が出来て頼りになるが、休み時間はただの先輩としてしか見てないので澪桜も軽口を聞く。
こう見えて2人はまぁまぁ仲がいい。
たまに誘われては、何人かと飲みに行くくらいの仲だ。
(いつも通り仕事をしているつもりだったのに、何故バレたんだっ!? それに傷付いてなどいない! 反省して過去の記憶を弔ってただけだし!?)
澪桜は咳払いをして、今度は表情を崩さずに丁寧に返答した。
「大丈夫です、もう終わったことなので。それに彼氏は居ません。知り合った方とも付き合っていませんから“失恋”に値しません」
山本の発言を訂正した後、休憩室に入ろうとした。
それを見て何かを悟った山本は続けて聞く。
「安達、今日夜時間あるか?」
「時間はありますが、山本さんに使える時間とお金はありません」
ヒクッとする山本は諦めず続ける。
「今日、残念会するぞ。お前のな」
キョトンとして山本を見つめる。
「え? 残念会?」
(なんて残念なネーミングセンスだ)
心の中で悪態をつく澪桜。
「まぁ気にしてないみたいだけど、投げやりな感じがするからなぁ。今のお前」
そう言われて澪桜は少し動揺する。
確かに自分と合う人なんていないと決めつけてる自覚はある。でも何より好きになれないから要らないだけ。ただの投げやりだと勘違いされても困る。
もう一度しっかり訂正して断ろうと口を開いたタイミングで、明るい声が割って入ってきた。
「はいはいはいはいはーーーーい!! 私も参加します!!!」
元気よく手を挙げたのは澪桜の後輩の松井沙也加だった。
そして澪桜の両腕を掴み、横に揺する。
「残念会って何かあったんですか!? 恋バナですか!? 澪桜先輩可哀想ですっ。でもそれなら係長に奢ってもらってパーーーっとストレス発散しちゃいましょう!」
「いや、だから私は誰にも恋してないし今ストレスフリーで……」
山本と同じように勘違いされ、またきちんと訂正しようとしたがテンションの上がった目の前の二人には聞こえない。
ポカんとする澪桜を他所に、松井は両腕を上げ嬉しそうに声を上げた。
「いえーーーい!! 酒が飲めるぞー!」
「おおっ 飲め飲め! よし、仕方ねぇな奢ってやるよ! 食べたいものと店、考えとけよ二人とも! それとお前、相変わらず暗いぞ! はははは」
もう決定だと少し強引に話を進めて満足した山本は、豪快に笑いながら戻っていく。
その飄々とした後ろ姿を眺めながら澪桜は腹から声を出した
「前から言ってますけど、そのお前っての止めてください!」
遠ざかる後ろ姿のまま山本は片手を上げヒラヒラと手の動きだけで適当に返す。
澪桜は呆れて笑いながら松井と休憩室に入った。隣の松井もワクワクした顔で楽しそうだ。
(ったく……この2人はいつも強引なんだから)
休憩室、一番奥の右側に腰を落とし、晴れ渡る窓越しの景色に軽く目を向ける。ポカポカとした陽気に照らされるように、少しだけ心が温かくなるのを感じた。




