第十九話:魔王、自殺志願転移者と会話する
ある日、アンナちゃんから、ケーキを買いに行こうと誘われた。
私は甘いものが好きである。
やっぱり女だなあって?
大きなお世話です。
近くの大きな町に瞬間移動する。
アンナちゃんと歩いていると、高い建物の屋上に男が立っていた。
建物の下で周りの人が騒いでいる。
「どうしたんでしょう、防災訓練?」とアンナちゃんが聞いてくる。
「いや、もしかして自殺しようとしているのかも」
私は、すっと建物の屋上に瞬間移動する。
さえない顔をした男が、屋上の端っこに立っていた。
「もしかして、自殺しようとしているのでしょうか、やめたほうがいいと思われますが」と男に声をかける。
よく見ると、服装が別の世界のいわゆる『サラリーマン』の恰好だ。
「もしかして、あなたは転移者ですか」
「そうだよ、ブラック企業でうつ病になって、会社の屋上から飛び降りたら、神が勝手に助けて、この異世界に送り込みやがった。けど、うつ病は治ってねーんだ。だから、また自殺しようしているのに、邪魔すんな」
「ちゃんと治療をしたらどうですか」
「うるさい。もう何もいいことねーよ。だいたい、お前に、俺が死ぬのを止める権利があるのかよ」
なるほど、確かに。
では、そのまま、ただ見てればいいのだろうか。
私は悩む。
うーん。
いや、自殺が成功したら、死体の処理とか清掃するのが大変だ。
周りの人に迷惑がかかるではないか。
と、無理矢理自分を納得させる。
それに私は魔王である。
この世界の秩序を、維持しなくてはいけない立場にある。
「いや、生きていれば、何かいいことあるんじゃないですか」と男を説得しようとするが、
「そうかい。だったら、お前、一発やらせろ!」と私に飛びかかって来た。
なんだよ、結局、そっちの方向かよ。
どうしようかね。
とりあえず、股間を蹴り飛ばす。
「イテテ」と男が股間をおさえてうずくまる。
「あのー、私には元の世界に戻す力がありますよ」
「あんな世界に戻りたくねーよ」と男がさっと飛び降りた。
下で見ていた人たちの悲鳴があがる。
私はとっさに男を追いかけて、飛び降りる。
地面に落ちる寸前、魔法でその男を助けた。
ゆっくりと二人で下りる。
しかし、男はお礼をするどころか、
「何で助けるんだよ!」と股間を押さえながら、私に向かって文句を言う。
私はむかついたんで、お望み通り瞬殺して、あの世に送ってやろうかと思ったが、この男は病気だから仕方が無いと我慢した。
「何言ってんのよ、マオちゃんが助けなかったら、あんた死んでたでしょ!」とアンナちゃんが言い返す。
「ふざけんな、せっかくもの凄い勇気をだして飛び降りたのに。これで二回目だぞ。もう、あんな勇気出せねーよ。慰謝料払え、この野郎!」
そう言われてもね。
もの凄い勇気と言うわりには、さっと飛び降りたようだが。
だいたい、何であんな目立つところに立つのだろうか。
誰もいない山奥とかなら、全く邪魔されないで死ねたのに。
「とりあえず、慰謝料は拒否します」と私は答えた。
「何だよ、このケチ、訴えてやる!」と捨て台詞を残して、立ち去る自殺志願転移者。
そこに馬車が猛スピードでやって来た。
「ヒデブ!」自殺志願転移者が馬車に轢かれる。
「ギャー! 痛いよー! 死にたくないよー!」と転移者がわめきながら、馬車に引きずられていく。
馬車が停まって、御者が確かめているが、自殺志願転移者は死んだようだ。
不条理だ。
神は何を考えているのだろう。